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図書棟


暑い夏が近づいている。


強い日差しが差し込む開け放たれた窓辺を避けて、私は珍しくクランフェル様の研究室とは別の場所へ向かう廊下を進んでいた。


目的地は本の森とも言える知識の結晶を、様々な形で数多収める学園の図書棟。許可さえあれば部外の方々も閲覧出来る1階〜3階、関係者のみが閲覧できる4階〜10階、選ばれた…若しくは辿り着いた者のみが閲覧することを許される地下1階。


噂では11階と地下2階も存在するらしい。




「…涼し。」




両開きの大きな扉。片側だけ開いて中に滑り込むようにして入れば、心地よい冷気が体を包んだ。


日差しとは縁遠い空間は魔力を蓄積させた魔道具によって明かりが保たれており、仮にも今は授業中ということもあってから人は疎らだった。




「ようこそいらっしゃいました、優秀なお方。」




不意に聞こえた声にそちらへ視線を向けると、丁寧な言葉だったのにヒラヒラと軽い態度でこちらへ手を振っている女性が一人。


結い上げられた黒髪は一切動く気配もなく、髪と同色の目元を細め、柔らかく口角を上げ、キレイな笑顔の女性は左右に振っていた手を上下に変えて手招きした。




「何をお求めですか?」


「ホグラヴィッツについて詳しく書いてある物と、王国魔法薬学士についての物…あ、あと貴女のオススメの恋愛物を一冊お願いします。」




ホグラヴィッツは薬草の一つで、これはクランフェル様からの課題。この薬草についてのレポートを書いてクランフェル様に提出すると、単位とは別に特別課題の点数が加算される。


『高得点であればスキップも期待できるぞ』と未だに私の思いが伝わりきっていない様子だけれど、クランフェル様からの課題をスキップしないために怠けるだなんてこと、私には出来るわけがない。


クランフェル様にはいつでも全力でいなくちゃ。




「ホグラヴィッツ…五階の特殊取り扱いの棚に、詳しく閲覧が可能な本がニ冊ございます。王国魔法薬学士については…十階のケイリシア教授著書を集めた棚か、三階の魔法関連職務の棚に。」




図書棟に納められている書物の管理はとても繊細で難しいらしい。そして多岐にわたる分類は特殊を極め、今目の前でスラスラと適した場所を教えてくれる女性に聞かなければ、望んだ本に最悪一日かかっても出会えないと言われるほどだ。


女性は二種の書物の案内を口にすると一度言葉を区切り、私を迎えた時のように口角を上げた。




「そして、私のオススメは異種族の婚姻をテーマとしたもの、です。」


「是非。」


「優秀なお方、確か長命なお方に懸想しておられるとか。でしたら八階の一冊が良いでしょう。」




何だか聞き捨てならない言葉が聞こえた。私の想いは隠すものではないけれど、言い触らしているつもりも無い。


聞かれたら答えているに過ぎない。ココ、重要。


思わず見つめた女性の瞳はキラリと極彩色に輝き、彼女は口元に手を当てた。




「ふ、ふ、ふ。優秀なお方、我々の情報網を甘く見てはいけません。横は王命の内容から道端の石が囁く声まで聞こえ、縦は建国よりも前からこの国が行く先も知り得ます。」




笑いというより得意げな声を出した後に、謳い文句のような言葉をサラリと口にする。初めて聞く者は思わず二度見してしまうだろう情報だが、残念ながらこの女性が人間業を超えた情報通であることは、この図書棟を利用し始めた当時から聞き続けている。


だって自分から言うんだもの。


彼女にとって“何故知っている”と問いかけるのは、何を問うよりも愚問というものだ。




「この国の行く先って?」


「おや、優秀なお方、預言者になることをお望みで?」




キレイな笑顔はニンマリとした笑みに変わる。試すように私を見てくる彼女に私は首を横に振った。興味は勿論あるけれど、預言者になりたいわけではない。




「私がなりたいのは、クランフェル様のお嫁さんだもの!」


「それでこそ、優秀なお方と言えましょう。かつては居た我が主様も、我々を手にしていながら使わぬ御方でございました。」




遠くを見る目は何を見ているのか。


長く生きている彼女たちの思いを、私が察することなど到底できない。整えられた空気の中で暫しの時を過ごしていると、彼女は徐に私の方へと指先を伸ばした。


淡く光る指先は優しい色を帯びていて、動かずに待っている私の額を撫でた。




「貴女は、主様によく似ておられます。」




額から、何かが暖かく体を巡る。


離れた指先は拳となって固く握りしめられ、何か作り物のようだった彼女の表情がその時初めて眉を顰めて困ったように笑った。




「お時間頂戴いたしました。他になにか、御用はお有りでしょうか?」


「いいえ、ありがとう。」




笑みを浮かべた私に彼女は初めのようにヒラヒラと手を振った。


背を向けて教えてもらった場所へ足を向けたその時、後ろから小さく声がする。




「またね。」




その砕けた口調の言葉に、上げた口角をそのまま振り返らず手を振った。



お読み頂きありがとうございます。

本作は不定期に午前10時の投稿をしておりましたが、午後10時に変更することにしました。明日も同じ時刻に投稿いたしますので、お楽しみいただければ幸いです。

ほぼ毎日投稿している『転生した先で悲劇のヒーロー拾いました』に関しましては、変わらず午前10時の投稿です。お好みに合いましたらそちらもよろしくおねがいします。

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