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修復 2


空気が止まるのがわかった。


私も針を置いてクランフェル様を見れば、彼のお方は試験管を持ったまま窓の外を見ている。大きな学園の校舎の背景には青空が広がっていた。






「知人って、誰ですぅ?」


「本当に古い知人だ。百年近い前にこの学園で共に学んでいた。」


「それって友人じゃないんですか〜?」






テイネ先輩の問いかけに、クランフェル様は首を横に振る。そして「いや、知人だ。」と強調して言った。


亡くなったことで引きこもるほどその方に情があったのではないのか、とは聞けなかった。彼のお方が自嘲的な笑みを浮かべる様が、あまりにも痛々しくて。







「人間とは儚いな。その寿命でさえ我々の十分の一、なのにも関わらず戦乱の中に更に短い生で終わる者が跡を絶たないのだから。」






クランフェル様の言葉で、“知人”は戦争で命を落としたことがわかる。百年近く前だと隣国と過酷な争いをしていたという私達が授業で習ったような、歴史的にも戦乱の時代とされる時期だ。


そこで思ったのは、クランフェル様の言う“知人”が一人を指しているわけではないのだろうということ。


エルフという長寿な種族。そしてエルフには他種族の内輪揉めには干渉しないという暗黙の了解がある。それはエルフが長寿故に他種族とは隔絶した強さを誇っているから。







「“知人”さんは、きっと幸せですね。」






私の問いかけに、クランフェル様は苦く笑う。


大切な人を種族の掟によって守れなかった事実はさぞ辛かっただろう。慰めを必要とされるほどクランフェル様は弱くはないし、今はもう過去の話かもしれない。それでも。






「クランフェル様、人間はせっかちな生き物ですよ。」


「そうだな。」


「だからエルフの皆さんが生きる寿命の十分の一の長さで、十倍の経験をするんです。」






私はテイネ先輩のスカートに繋がる魔力糸を裁ち、縫い目に指を添わせる。そうすることで魔力とスカートの素材が定着して、上手く行っていたら魔法付与の効力が戻るのだ。


問題が無いことを確認して、私は道具を片付けてクランフェル様へ目を向けると、彼のお方はこちらに振り向いていた。


その瞳は私を私としてではなく、寿命の儚い人間として見ているのだと分かる。今は、それで良い。






「何気ないクランフェル様の優しさが、きっと“知人”さんの一生を幸福なものにしている場合もありますよ。」






私みたいに、とは言わなかった。


クランフェル様に出会って恋をした。近づきたくて知識を求めた。追いかけるためなら何だってする。この思いを伝えるために、私は今もクランフェル様の傍で生きているのだから。


だから、失うことだけを嘆かないでほしい。







「エイレア嬢は…」






クランフェル様が何か言いかけ、口を閉ざした。たまに見るその仕草を言及するつもりは無いけれど、私の言葉は本心からくるものだということを信じてほしくて、私は徐に魔力糸を数本生成する。


指だけでその糸を編み、作り上げるのは私が知っている中でも“願いが叶う”とされている、リャッカスという白い花。


出来た花はクランフェル様の胸元のポケットに詰めておく。






「差し上げます。」


「…は?今何をした!?」


「魔力糸のみでの付与魔法付き装飾品の生成です。簡単に言えば、魔力の塊ですかねえ?」






内職で糸を用いて工芸品を作ることをしたことがある。クランフェル様に渡したのは国の一部で伝統工芸品となっているそれを、魔力のみで編み上げたものだ。人間が作った工芸品を私がアレンジしたものなのだから、クランフェル様も知らない技術と言っていい。


ポケットから花を取り出したクランフェル様は食い入るようにそれを見つめ、「繋目が見当たらない…」「魔力が場に保たれているなんて…!!」「魔力糸の長さと魔力量で換算するとこの花の魔力量は…」と先程の元気の無さが嘘のように一人で呟いていらっしゃる。







「さあっすがエイレアちゃぁん。クランフェル様をあんなに動揺させるなんてぇ。」


「人生の殆どをクランフェル様と共に過ごしてますからね!私が新しいことを見せたら驚くのは経験済みです!」






クランフェル様が何時までも花を見ているのを良いことに、魔力糸での花作りを続ける。途中テイネ先輩が「私にもぉ!」と言ったので、リャッカスとは違う花をいくつか作ってあげた。


暫く経ってもクランフェル様は花を手放すことなく、私も魔力が半分くらいになるまで花作りを続けたので、色とりどりの花々が机に山になっている。






「すっかり花に夢中ねぇ?」


「作戦成功です。…人間は、こうして他種族の皆さんとは違う発想がありますからね。国の発展であれ、戦争であれ、短い寿命で多くのモノを残します。」






テイネ先輩は私を見つめ、何時も絶やさない笑みを崩した。その表情は悲しげで、そのまま私の頭を撫でてくれる。


優しいテイネ先輩の手を受け入れながら、私は言葉を続けた。






「クランフェル様が放っておけないくらい、人間は生きることに全力なんですよ。」


「…そうねぇ。ここに残ってる“数十年前の”エイレアちゃんの魔力も、全力で澱みの無い綺麗な魔力だもんねぇ。」


「なんのことでしょう?」





とぼける私にテイネ先輩は「嫌だわぁ、はぐらかされちゃったぁ!」と追求せず修復したスカートを翻して私から離れる。そのまま研究室の扉へ向かったテイネ先輩は、少し扉を開けて振り返った。






「エイレアちゃんの愛も、十倍なのねぇ。」





その慈悲深い笑みは、彼女が全てを見通しているような、そんな気がした。



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