修復
クランフェル様の研究室には、私を含めて三人の所属者が在籍している。研究室は開放時間に所属者であれば出入り自由で、私はほぼ毎日入り浸っているのだけれど他の二人は不定期にふらりと現れる。
「こんにちは〜」
「テイネ先輩、こんにちは。」
一人目、テイネ・グランデイン・ハッフェルト先輩。
フワフワと揺れる桃色の髪と気怠げな茶色の瞳が特徴の先輩で、何というか、悩ましい体を存分に露出している先輩。指定のブラウスは半分までボタンを外しており、項や鎖骨が見えるように後ろへ引っ張られている。それだけでも貴族の男性は鼻の下を伸ばしている姿を見たことがあるけれど、今日は指定のタイトスカートが何故か破れていた。膝下丈のスカートだが腿の半ばまで右側が破けており、素肌が晒されている。
ハッフェルト侯爵家の次女なのに貴族らしくない。
「クランフェル様ぁ〜媚薬作ってぇ〜」
「テイネ嬢、自分で作るのは見逃すが私に依頼するなと何度言えばわかる。それよりその服どうしたんだ。」
「これぇ?気になるぅ?」
破けたスカートのまま空いた席に足を組んて座ったテイネ先輩。細い脚が目に毒だ。
「先輩、私直しましょうか?」
「エイレアちゃん、良いのぉ?」
「良いので!!そのまま縫いますから!!」
嬉しそうにその場で脱ごうとするテイネ先輩を必死に止めて、座ったテイネ先輩の足元に膝をつく。持っていた裁縫道具に魔力を流し、糸を生成。針にその魔力の糸を通して先輩のスカートを縫っていく。
「あらぁ!魔力修復なんてしなくていいのにぃ!」
「制服には魔法付与がされているので、それも修復するならこれが一番早いですから。」
制服に施された魔法付与は『裂傷防止』と『魔力補助』の2つ。魔法付与は施した対象が欠損した場合に効果を無くしてしまう。欠損は破れることも含まれているので、テイネ先輩のスカートは魔法付与が機能していない状態だ。
魔法が付与される衣類や物体には、魔力を含んでいたり織り込んでいたりする特殊な素材が使用されているので、普通の糸で繕っても魔法付与が再び行えなくなる。
なので今私がしているのはテイネ先輩も言った『魔力修復』という魔力で対象を修復するもの。魔力が含まれている部分を魔力で繋ぐ方法なので、見た目には違和感無く魔法付与も元通りになる便利な方法だ。
「いやぁん!相変わらずハイスペックぅ!!」
「先輩抱きつかないで!!手元が狂います!!」
先輩に抱きつかれ、悩ましい感触が当たったり視界がフワフワの髪で遮られたりと、危ないことこの上ない。
「美脚に傷がついたらどうするんです!?」
「あらぁ?そうなったらエイレアちゃんにセ・キ・ニ・ン、取ってもらうわよぉ〜」
つぅっと顎のラインを撫でられ、ゾワリとした感覚が背筋を這う。手を完全に止めて先輩を見上げれば、柔らかな唇は弧を描き、熱を持った瞳が細められていた。
クランフェル様以外の男性がこの場にいたなら、一瞬で虜になっていたことだろう。
「エイレア嬢、刺していいぞ。」
「やぁあん!教授ったら過激ぃ〜」
本当に手元が狂いそうだ。
試験管を揺らしながらこちらを見ることもせず淡々と言うクランフェル様もそうだけれど、先程から危ないと言っているのにクネクネとした動きが止まらないテイネ先輩も、針が刺さると痛いのに。
「テイネ孃が居ると研究室の秩序が乱れる。」
「あぁんっ、私が居なくても乱れてますよぅ!昨日だって具現魔法なんて高度な魔法使って、何してたんですぅ?」
早く終わらせようと二人の会話に加わらなかったけれど、スラリとした指先でテーブルを撫でた先輩の言葉には、ほぅと感嘆の息を思わず溢してしまった。
確かに先輩の触れているテーブルで、私達は盤上遊戯をしたから。
「魔力はエイレアちゃんねぇ?時間は1時間も無いけれど、それよりも新しいエイレアちゃんの魔力が残っているから…具現魔法を使っても平気な顔してクランフェル先生の補佐してたんでしょ〜!」
「…相変わらず、凄いものだ。」
一つため息を吐いたクランフェル様は、試験管を見て結果をサラサラと書き留め、次の試験管を取る。それを見るテイネ先輩は「つれないんだからぁ」とクスクス笑った。
「エイレアちゃんも、凄いわねぇ具現魔法なんてぇ!」
「先輩の魔力探知能力には及びません。」
「えぇ〜?こんなの手品みたいなものよぅ!」
空気中、或いは物質に残った魔力を体で感じて情報を読み取ることを『魔力探知』というのだが、これは魔法ではなく聴力や視力のように体に備わる能力に分類される。
精度は人によって変わり、一般的には何処にどれだけの大きさの魔力があるかが判る程度なのを考えると、テイネ先輩の能力は常軌を逸している。
「エイレアちゃんだって、わかるでしょぉ?」
「ええ、まあ。ですが、使用時間までは無理ですよ。」
私が魔力探知で判るのはどんな魔法が使われたのかまで。探ろうと思えば探れるのだけれどそれをしてしまうと体が保たず、吐き気や目眩、最悪の場合はあらゆる所から出血してしまう。
「それだけ分かれば十分だ。テイネ嬢のレベルまで日常使いすると、過分な情報まで拾ってしまうからな。」
「そうなのよぉ。ここで大規模な召喚魔法が行われたこととか、クランちゃんの外部遮断魔法とかぁ。」
「誰がクランちゃんだ。それより、遮断の魔法も察知できるのか。」
「褪せた感じだけど、濃度が高めで透明度も高めなクラ様の魔力が残ってますよぉ〜。随分前に、隠し事でもしてたんですかぁ?」
外部遮断魔法は名の通り外部からのあらゆる干渉を遮断する魔法で、物理的な攻撃や音、魔法に込める魔力の強さで光までもを通さないものにできる。
テイネ先輩の『濃度が濃いめ』という言葉が正しいとすれば、クランフェル様の使った外部遮断魔法もかなりの強さを誇っていたことだろう。
「ああ…その時は知人が世を去ったから引きこもっていたんだ。」