第24話
かつて、胸躍る冒険に憧れた。
あるいは、今なお焦がれ続ける、すべての冒険者たちへ。
盾が欲しいな。
そう思い立った俺が、ティオとアーミティジの店に向かったのは、客足の絶えた昼過ぎのことである。
カザムコールやトロールとの戦いを経てはっきりとしたことだが、パーティを組んで戦う時の俺の役割は、防衛だ。前衛に立って皆を守るべき俺の装備が、剣一本というのはいささか心もとない。剣であらゆる攻撃を捌けるとでもいうなら話は別だろうが、もちろん俺にそんな技量はない。
そこで盾というわけだ。幸い、アイラさんから譲り受けた剣は片手で振るにも支障はないし、その程度の力は俺にもついた。鎧の新調となるとかかる金額が跳ね上がるが、盾であればまだしも手が届く。
「どんな盾にするかは決めてるんですか?」
「そうだな、大体これってのは考えてるんだけど」
剣や斧が所狭しと置かれた店内の一角、盾の並びの前でティオと二人で物色する。
一口に盾と言っても、物は千差万別だ。形状、大きさ、握りの付け方……用途や得物によって求めるところは変わってくる。
「前衛を務めるわけだから、小盾じゃなくて大盾。あと握りは腕と拳の二点で持つのがいいな」
「そうすると、この辺りの丸盾か、騎士盾ですかね」
「俺もそう考えてたんだけども……」
試しに騎士盾……いわゆるカイトシールドを持ってみる。重たい。なにせ全面金属製の盾だ。これを片手に付けて剣を振り回して、と考えると、俺の筋力がまだ追いつかない。
では、と丸盾に持ち替えてみる。切り出した木材を金属の枠や芯で補強したラウンドシールドは、十分な強度と俺にも取り扱えそうな重量を兼ね備えている。やはりこれが現実的なラインか。
「どうかな」
盾を腕につけ、具合を確かめるために持ってきた剣を構えてティオに見せてみる。俺としてはまあまあ決まってると思うのだが。
だが、ティオは今一つ納得のいかない顔をしている。何がいけないのか。
「んー……赤よりも、青の方にしてみませんか?」
なにかと思えば!
まさかの色でダメ出しを食らった。装備の色で悩むのなんて男の子だけだと思っていたのに。
「赤のほうがかっこいいと思ったんだけどな……青い盾だと、こっちか?」
色以外はほとんど変わらない盾に持ち替えて、また構えて見せる。今度はティオも、満面の笑みだ。
「やっぱりリックには青が似合います! どこからどう見ても立派な剣士って感じじゃないですか」
どうやらお眼鏡にかなったらしい。ぐぬう。俺には赤は似合わないとでもいうのか……。
とはいえ、ことファッションの審美眼で女性の目を軽んじるとろくなことにならない、というのは元の世界にいた頃から刷り込まれているので、ここは素直に従うとしておこう。
「じゃあ、これにするか」
決めた品を店主に見せて、代金を払う。
思ってた色とは変わったものの、自分のものになった盾を革のベルトで背負ってみると、やはりにわかにテンションが上がってくる。冒険者としての装備がまたひとつ揃ってきた。最初は二の足を踏んでいた俺も、戦士としての立ち位置が固まってきて、ますます身も心も冒険者になっていくようだった。
「ふふ、うれしそうですね、リック」
「やっぱり自分で購入すると、感慨もひとしおだな」
不思議と、自信もついてくるような気がした。今ならどんな攻撃にだって耐えられそうだ。盾は受け止めるものじゃなく受け流すものだが、とにかくこれで、タンクとしての戦い方を確立していける。
思えば、ずっと遊んでいたMMOでも、俺のポジションは前衛の盾役一本だった。もしかすると、この立ち位置が俺に向いているのかもしれない。
さておき、俺の買い物はこれで終わりだ。次は俺が付き合う番だろう。
「それで、ティオは何を買うんだ?」
「え、なにもありませんよ?」
あれ?
俺が買い物に行く、と言ったらついてくるというので、てっきりなにか買うものがあるかと思っていたのだが。
「小瓶はもう買い足してありますし、精霊が嫌うので金属製のものは持てませんから」
「てっきりなにか用があってついてきたんだと思ってたんだけど……」
どうやらそうではなかったらしい。
「リックが冒険者生活を楽しんでいるところが見たかったんですよ」
「なんだよそれ」
そんな風に返すティオに、俺はおかしくてなんだか笑ってしまった。
そりゃまあ、剣一本で仕事をして、報酬で防具を買う今の生活は、この上なく楽しいけれども。
「もう、なんで笑うんですか!」
だって、そういうティオのほうが誰よりも楽しそうな顔をしているのだから。
「なんでもないよ。それならついでに他の店も冷やかして帰るか」
「あ、ちょっと待ってくださいよ! もう!」
ぷんすこしながらついてくるティオと一緒に店を出て、俺たちは街へと繰り出した。
◆
それから俺とティオは、行き先を特に決めるでもなく、商人通りを覗いて回る。傷薬や解毒薬を扱うという薬屋に、防具の店。他の武器屋も覗いてみたが、品ぞろえはアーミティジの店の方が上だった。
服飾店を覗いたときは、ティオの複雑そうな顔が印象的だった。
「カザムダリアで服を買おうとすると、どうしても子供の服になってしまうんですよ……」
だそうだ。
目も大きく鼻筋も通った美少女のティオだ。仕立てのいい服を着れば、それはもうどこぞのお姫様でも通りそうなものだが、さすがにそれを口に出す勇気はない。今のフード付きローブ姿が似合っているのも確かだが、いろいろと着せ返してみたい、という気持ちはそっと仕舞っておいた。
そうして商人通りを回り終えて、俺たちは宿への帰路につく。商人通りを抜け、石と水の広場を通り、宿屋通りへ。
今日も昼から人の絶えない剣とつるはし亭の前を通り過ぎる。
まだまだこの店には敵わないが、碧いとまり木亭も最近は依頼人や、そして冒険者の利用も増えてきた。俺たちがカザムコールに続いて、トロール退治もやってのけたことは、やはり店の大きな評判になっているらしい。
ここしばらくは、商人や素材を採りに行く錬金術師の護衛依頼、それに狩人からの同行依頼なんかが入るようになってきている。狩りはできても戦いを知らない狩人たちは、狩場でのトロール出現にまだ怯えているようだ。
それらを受けるのは、最近店に来るようになった若い冒険者たちだ。まだ駆け出しといった風情の彼らは、冒険者の供給が過多になっている繁盛店からあぶれ、こちらに顔を出すようになったらしい。碧いとまり木亭も、どうにか需要と供給のバランスが取れてき始めていた。
一方で気になるのは、近隣の村の近くでドラヴが出たという依頼だ。ティオの不安が物語っていたように、以前にもましてドラヴの活動が活発になってきているようだった。それがなにを……果たしてティオの言っていたように、闇の軍勢の復活を意味しているのかはわからない。俺としては、冒険者の需要が高まっていることを喜ぶべきか否か、難しいところであった。
ちなみに、トロール退治以降、四人で受けた仕事はない。にわかに店の客入りが増え、いくらリーリアの手伝いがあったとしても、いよいよアイラさんひとりでは切り盛りが難しくなっていたのだ。今では二人から三人で仕事を受け、残った人間が店の手伝いをする、という体制ができつつあった。
俺一人が残るべきだと何度も進言はしたのだが、ティオもジジも、そしてリオンも、仲間なら協力すべきだ、と言ってくれた。結局、誰かもうひとり人を雇えるまで、という約束で、ローテーションを続けている状況である。
そろそろ、潮時なのかもしれない。
そんなことを考えていると、ティオに脇腹をつつかれた。何をする。
「難しい顔してますね。なにかひとりで考え込んでませんか?」
「ああ、まあな……今後の身の振り方をな」
「お店のことですか。でもそれは、リックがひとりで悩んでも仕方ありませんよ。アイラさんの決めることでもありますし」
もちろん俺にあの店のことをなにか決める権利なんてない。だが、散々世話になった身としては、無責任に放り出すようなこともしたくはないのだ。
「もうリックは十分貢献してると思いますけどね……」
そうなのだろうか。確かに店の景気は良くなったと思うが、俺が冒険者も兼業してるせいで、アイラさんの苦労を増やしている気もする。せめてもう少しなにか、アイラさんの負担を減らせるようにしたいのだが。
「あ、あの」
不意に後ろから呼び止められた。
「はい?」
誰だろうか、と振り返ると、そこには見覚えのない女がいた。
女が……いや、少女だろうか。判断が難しい。
背の高い女だった。俺よりも十センチは目線が上にある。赤褐色の肌に、金の瞳……だがその頭部にある一対の角は、折れずに先端まで尖っている。
ダスカートによく似ているが、角の折れていない種族……ウォルデンだ!
長い前髪で片目の隠れたそのウォルデンは、黒い外套を着込み、腰には分厚く革で装丁された本をベルトで括って下げている。こちらに来てはじめて見る本だった。背中には荷物を背負っており、今日この街に着いたばかりという様子をうかがわせる。
背は高いがどこかおどおどとしたウォルデンからは、どことなく幼さを感じさせた。
「えっと……なにか用か?」
「あ、あの、私、冒険者の店を探してるんです」
はじめて出会う大柄な異種族にやや気圧されながら聞いた俺に、負けず劣らず気圧された様子でウォルデンはそう答える。
その返答と様子に、俺は首を傾げた。
「冒険者の店なら、すぐ後ろですよ?」
ティオが、つい今しがた通り過ぎた剣とつるはし亭を指さす。碧いとまり木亭を紹介するべき場面なのだろうが、それには対抗馬の場所が近すぎた。あんな人で賑わう大きな店を、見逃すとも思えないのだが。
すると、そのウォルデンは小動物めいて首を振って、ひどく落ち込んだ様子を見せる。
「あのお店じゃ駄目だったんです……誰も知らなくて」
俺とティオは顔を見合わせて、ますます首を傾げた。どうやら、ただ冒険者の店を探しているわけではないらしい。
「他の店も紹介はできるけど、その前に、あんたは?」
ウォルデンは、一層肩を縮こまらせながら答えた。
「わ、私はアケビア。言学院のアルカナ使いです……私、姉さんを探してるんです」