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リングアンドの冒険者たち  作者: ふぉるく
第二章 剣と魔法
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第18話

 かつて、胸躍る冒険に憧れた。

 あるいは、今なお焦がれ続ける、すべての冒険者たちへ。

 目の前の岩壁には、巨大なトンネルがぽっかりと口を開けていた。


 石と水の広場から北へ進むと、カザディルの市民たちが暮らす住宅街が広がっている。広場から続く大通りを中心として、街は東西に広がっている。大通りは時折上りの坂道を挟み、北へと進むにつれて街全体が段を重ねるようにして標高を上げていく。山肌にそのまま築かれているというのがよくわかるような造りで、上っていくにつれて坂が増え、徐々に勾配が急になっていくのが感じられた。


 その積み重なった街を最上段まで上り切った先にあるのが、ディオムの抜け穴だった。


 抜け穴なんて可愛らしい名前、誰がつけたというのだろうか。サウラ・カザディルとノウラ・カザディルをつなぐその道は、山の中をそっくりくり抜いてできた、それはそれは大きなトンネルだ。道幅はイルク車が五台は並んで通れそうなほどにあるし、高さと言ったらゆうに五メートルはありそうだ。


「これのどこが抜け穴だよ。山の向こうのとどうやって街を繋いでるのかと思えば」


「話には聞いていたけど、山に穴を開けるなんて、本当にできるものなのね」


 山を貫いたトンネルなんて、元の世界では見慣れたものだが、それをこのファンタジーの世界で成し遂げられると、今までとは違った感動があった。


「もともとはディオム大鉱山への入り口で、その役割は今も続いています。その証拠に」


 ティオの指さす先には、確かに採掘した石などを運ぶためのものと思しき手押し車が、中につるはしやスコップを乗せて置かれている。今日も鉱山夫たちは、ここから採掘のために、文字通りの意味で山の中に潜っていくのだろう。


 ここで採れた鉄や銅の金属、そして金や銀といった貴金属が、カザディルの大きな産業の支えとなっているわけである。


 そんなティオの案内を聞きながら、トンネルの中を進んでいく。長いトンネルだ。薄暗く、両側の壁に並んでかけられた角灯が、どうにか歩くのに支障のない程度に中を照らしている。


 トンネルは向こう側まで真っ直ぐ突き抜けており、そのちょうど中央に一本の巨大な柱が立っている。山を支えるように、天井まで伸びた真っ直ぐな柱だ。側面には、ひとつの丸い彫刻が施されている。柱には、番兵が二人ついて、その彫刻を守っているように見えた。


「あれ、なんだ?」


「ここを叩くと柱が壊れ、この抜け穴全体が崩れ落ちるそうです。敵がノウラ・カザディルまで攻め込めないようにするための、非常手段だったそうですよ」


 まさしく城塞都市たる話である。見張りがつくのも納得だ。


「それにしても詳しいわね、ティオ。ここの出身だったかしら?」


「好きなんですよ、知らないことを調べたりするのが。そして、それを誰かに教えるのも」


 そのおかげで本当に助けられているので、俺はまったくティオに頭が上がらないのだ。


 柱に近づかないように進んで、鉱山の入り口と思しき大きな格子戸の前を通り過ぎ、いよいよトンネルの終わりが近づいてきた。


 外との明暗の差に、一瞬目が眩む。


 手でひさしを作りながら目を開けると、そこにはまた、新たな光景が広がっていた。


「おぉ……」


 ノウラ・カザディルは山間の巨大な盆地に築かれた街だ。高台にある抜け穴の出口からは、街を一望することができた。足元にはサウラ・カザディルと同じく、石造りの家々が立ち並び、その間を山から流れてきた川が通っているのが見える。中には水車のついている家もあった。西側の奥手には山肌から突き出た高台のような場所がある。その高台には、大きな建物がひとつ設けられている。高台の周りには、広場のようになっている場所もいくつか見られた。


 高台にあるディオムの抜け穴から街へはまず、盆地をぐるりと弧を描いて回るような坂道を下っていくことになる。坂道を下り終えると、ちょうど正面に高台が見える塩梅だ。


「坂を下り終えて、手前が職人街、奥が戦士団の居住区や訓練場。正面に見えているのが、金剛槌の館です」


「カザムダリアの王の館、ってわけだ」


 俺も実際に見るのははじめてだったが、名の通り豪勢な館なのかと思いきや外見はそうでもない。他と同じ石造りの館で、むしろ質実剛健というような印象のほうが強かった。鉱山開発で拓かれたという国だけある、ということかもしれない。


 遠目から見る以外に用のない館はさておくとして、ノウラ・カザディルの職人街は、冒険者としての営業活動の重要な売り込み先でもある。


 護衛の依頼をしてくる商人や脅威にさらされる村人に次いで、冒険者を最も使うのは、やはり各種の職人たちだという。やれ危険な獣の素材を取ってきてくれやら、僻地にしか育たない植物を採取してくれやら、冒険者として名を上げる大きなチャンスとなるのは、そうした依頼のようだ。


 俺たちが狩ったような大山羊は、それでもまだ、狩人だけでも人がそろえば狩れる相手だ。だが、もっと危険な生き物がこの世界には跋扈している。その代表格ともいえるドラゴンをはじめとする、恐るべき獣たち。それらと戦うことができるのは、腕と人材と知識を揃えた冒険者たち、というわけだ。


「それだけではなく、戦利品を売ったりするにも、商人相手より直接職人に持っていったほうがいいこともありますからね」


 それが珍しい素材であればあるほど、我先にと手を伸ばす職人が値段を吊り上げてくれるというわけだ。


 街に入ってまず、俺たちは各職人の工房を回って行く。革職人や錬金術師は特に世話になることが予想されるので、重点的に回って行った。


 そして最後に、鍛冶屋の工房。言わずもがな、ゲオルグさんのところである。


「ゲオルグさん、いる?」


 工房の中はひどく暑い。それもそのはずだ、入り口からでも見える巨大な炉には煌々と赤い火が灯り、鉄を溶かして余りある熱を辺りに振りまいている。鉄を打つための金床や水入れが所狭しと置かれ、工房はどうにも雑然としている。


 奥から、革の前掛けをしたゲオルグさんが姿を見せた。顔と腕と言わず汗だくで、ここで仕事をしていればそうもなるだろう、といった有様である。


「なんだ坊主、ぞろぞろとなんの用だ」


「なんの用って、ご挨拶ですね」


 相変わらずつっけんどんだが、裏では俺たちのことを褒めてくれてると知ってしまっていると、それもなんなら愛嬌のように思えてしまう。


「知るかよ、お前みたいな半人前がどの面下げて来やがった」


 しまうのだが、さすがにこの言われようは酷くないだろうか。それに、どうもいつも以上に不機嫌な顔をしているように見える。


「こんにちはゲオルグさん。今日は私たちの売り込みがてら、街を案内していたんです。ジジもですし、リックもまだこちらには来たことありませんでしたから」


「おう、お嬢さん。こんにちは」


 明らかに俺とティオとで対応が違うのがまたわかりやすい。なんだというのか。


「それにジジって言ったか。なんだ、お前ら結局三人で組むのか」


 ん?


 言われて、そういえばと三人で顔を見合わせた。


 俺とティオはいいとして、そういえばジジは、仕事の最中に知り合い、臨時で協力し合ったのだった。そのまま流れで宿に同行し、なし崩し的に今日も一緒に行動しているが、別段今後どうするという話はなにもしていない。


 当たり前だが、三人で売り込んでしまうと、これから先も三人で行動することになる。正直そこまで考えていなかった。


「だから、あたしも一緒でいいのかって聞いたんだけど」


「いや、なんかここまでの流れでそのまま来てた……」


「そうですね、なんだかすっかり馴染んでました。ジジは、これから先の見通しとかはあったんですか?」


 そうティオに振られ、ジジは首を横に振った。


「別にないわ。あたしは、自立して活躍したくてカザムダリアに来たけど、そこからどうしようなんて特に考えてなかったもの」


 ロザムンドでは母親たちと狩人をしていたと、そう言っていたか。そこから脱却したかったというのが、ジジが冒険者となって、この国に来た理由だったらしい。


「まあ、だから、その」


 ジジは髪先をもてあそびながら、そっぽを向く。


「別にいいわよ、あんたたちと組んであげても。剣士や魔法使いと組んでいたほうが、なにかと便利だし」


 どこまでも上から目線な口ぶりだったが、それが本心からの言葉じゃないのは、さすがに分かる。ほら、尻尾が足の間に隠れてるし。


「だ、そうですけど、どう思いますかティオニアンナさん」


「うーん、悩むところですね。仲間になるためにはまず試験をしませんと」


「え、ちょ、ちょっとなによそれ! いいわよだったらこっちからお断りよ!」


「うそうそ冗談だよ! ジジも仲間になってくれたらうれしい!」


「ごめんなさいジジ! ぜひ一緒に冒険しましょう!」


「知らないわよもう!」


 顔を真っ赤にしたジジと、平謝りする俺たち。でももう、どちらもそんなに本気じゃないのはわかっている。


 ジジと過ごした時間はまだ短いが、あの大山羊狩りの一幕は、そんなこともお構いなしに、俺たちの間に仲間意識を芽生えさせた、そんな気がしていた。


「ジジはもう、俺たちの仲間だよ」


「はい、その通りです。ですから、ね?」


「そう思うなら最初からそう言いなさいよ、まったく……」


 機嫌を損ねたジジをどうにか二人でなだめていると、後ろから大きな咳払いが聞こえてきた。


「なんなんだお前ら、内輪もめを見せに来たのか」


 おっと、そうだった。人様の工房に来てこんなコントをしている場合ではなかった。


「そうそう、売り込みもだけど、工房に来たのは剣を受けとるためですよ」


 カザムコール狩りのあと、俺は剣をゲオルグさんに預けていた。大山羊の血脂が着いたのもあるが、そもそも俺の剣は、今は亡きアイラさんのご主人が使い、その後はずっと使われていなかったものだ。アイラさんが時々磨いていたとはいえ、一度本職の人間に見てもらいたい。そう思って、店に来たゲオルグさんに渡したのだ。


 だが、なぜかゲオルグさんは首をかしげた。


「剣?」


「俺が預けた長剣のことですよ」


「そんなことはわかってる」


 ではなんだというのだろう。代金も既に払っているし、なにも不思議がられるようなことはないはずだ。


「それならもう渡したぞ」


 なんだって?


「誰に!?」


「リーリアだよ。なんだ、お前さんが頼んだんじゃなかったのか」


 そんなことは一言も頼んでいない。俺が首を振ると、ゲオルグさんはううん、とまた首をかしげた。


「俺はてっきりお前さんが使いにリーリアを寄越したのかと思って渡したんだ。自分の得物くらい自分で取りに来いって言伝てして」


「この通り来てるよ、自分で」


 だから俺が入ってきたとき、やたらとつっけんどんな態度だったのか。


 それはわかったが、なぜリーリアが俺に黙って剣を回収に来たのか、それがわからない。


「どうなってるんだ」


「とにかく、一度宿に戻ってみましょう。もう帰ってるかもしれません」


 確かにその通りだ。


 俺たちはゲオルグさんに暇を告げ、大急ぎで工房を飛び出していった。


 結論から言えば、リーリアはまだ、碧いとまり木亭に戻ってはいなかった。





「リーリア先生! いたら返事をしてくれ!」


 サウラ・カザディルの中を右へ左へと駆け回り、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。道行く人が何事かと振り返るが、そんなことを気にしちゃいられない。


 慌ただしく駆け戻った碧いとまり木亭の中にはしかし、リーリアの姿はなく、それどころかリーリアは、アイラさんにすらなにも告げず、いつの間にか宿を抜け出していた。


 当然ながら、俺たちから話を聞いたアイラさんは顔を青くしていたし、その場にいたリオンも、なぜかアイラさん以上に顔を青ざめさせていた。


 手分けして探すことにした俺たちは、万一自力で帰ってきたときのためにと、アイラさんに宿に残ってもらい、散り散りに街中を走って回っている。


 俺も裏庭からはじめ、井戸や市場、商店通りと思い付く限りの場所を探し回ったが、いまだにその姿を見つけられていない。


 時折出会う宿の常連にも聞いて回っているが、リーリアを見たという人も、また皆無だった。


 嫌な想像が、頭の中にこびりついて離れようとしない。


 セイロガでリーリアが拐われたあの日。空のベッドと、リーリアを抱えて逃げていく人影が幻のように浮かぶ。


 もしも、俺たちが間に合っていなかったら。もしも、あの森でドラヴたちを見失っていたとしたら。


 回避したはずのもしもが、どうしてまた現れるのか。


 きっとそんなに悪い話じゃない。今回はリーリアが自分で抜け出してきたんだ。きっと、帰り道がわからなくて迷子になっているだけに決まっている。


 そう自分に言い聞かせても、不安と恐怖を誤魔化せるわけではない。


 頼むから、何事もなかったかのように、元気な姿で戻ってきてくれ。


「リーリア先生ー!」


「リック!」


 通りの向かいから呼び止められる。ジジだ。


「見付かったか!?」


 だがジジは、首を振りながらこちらに駆け寄ってきた。


「サウラ・カザディルにはいない、ノウラ・カザディルのどこかよ!」


「誰か見かけたのか?」


「その逆。ティオが抜け穴の番兵に聞いたのよ。南から北にひとりで抜けた女の子はいたけど、剣を抱えて帰ってくるのは見てないって」


 そうか、少し考えればわかることだった。サウラ・カザディルまで戻ってこれたのなら、石と水の広場までは真っ直ぐだ。そこまで来ればリーリアもアイラさんと買い物に行ったことがある。


 だとしたら、迷ってるのは抜け穴の向こう側でだ。


「抜け穴でティオが待ってるわ。合流して一緒に探しましょう」


「ああ、急ごう!」


 ジジと二人で坂道を駆け上がっていく。息が切れるのも気付かずに走っていくと、言った通りティオはそこで待っててくれていた。


 三人で大急ぎで山の下を走り抜ける。途中、番兵にもお願いし、もしもここを通ったら引き留めておいてほしいと伝える。そして、俺たちは再び盆地の街へと入った。


 坂道を転がるように下りながら考える。問題はここからだ。リーリアはどこで迷っているのか。


 落ち着いて考えろ。そんなに難しい話じゃない。リーリアはここまで来れたはいいが、帰れなくなった。考えられる行動範囲はどの程度だ? 子供の足で、慣れない場所、剣だって十歳の少女には重すぎる荷物だ。であれば。


「ゲオルグさんの工房から広げていくように探そう」


「私もそれがいいと思います。ここからは完全に別行動ではなく、三人で路地をひとつずつ潰していきましょう」


 まずはゲオルグさんのところでもう一度聞いてみましょう。そう言うティオの指揮に頷き、また走り出す。


 工房にたどり着いて聞いてみれば、ゲオルグさんも周囲の職人たちに聞き込みをしてくれていた。


 剣を抱えた少女というのは、やはり目立つ存在だったらしい。聞けばリーリアがどちらに進んだのかは、すぐにわかった。


 来た道を戻るはずが、途中で逆に曲がっている。きっとそこで道を見失ったのだろう。


 もうすぐ陽が傾き始めそうだ。なんとしても、暗くなる前に見つけ出さなければ。


 お願いだリーリア、どうか無事でいてくれ。

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