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リングアンドの冒険者たち  作者: ふぉるく
プロローグ
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プロローグ

 淀んだ空気に満たされた暗い石造りの通路は、ひとつ気を抜けば、あっという間に壁や天井に押し潰されてしまうのではないか、と思わせる、言い知れぬ圧迫感を覚えさせた。通路を支配しているのは、掲げた松明の灯りからほんの少し離れれば、指の先だって見えなくなってしまうような闇だ。


 ここが、数百年前に築かれ、今や正確な記述も残らぬ歴史の闇に埋もれた、同時に物理的にも地面の中に埋もれてしまった、今は亡き文明の遺物だという事実もまた、その感覚を増長させていることに違いない。


 こんなもの、ほんの少し前までの俺にとっては、ゲームや物語の中にしか存在しえない世界だった。古代文明の遺跡を、松明片手に探索していくだなんて。


 松明だけではない。俺が上着の中に着ているのは鎖帷子だし、腰にはひと振りの長剣を佩いている。フードのついたマントを羽織り、肩にかけた鞄には、火打ち石や干し肉。これが今の仕事着だ。ほんの少し前まで、スーツが鎧でパソコンが武器だったというのに。


 俺と共に遺構を進む仲間たちもまた、以前の常識には存在しえなかったものたちだ。


 先頭を進むのは、猫に似た耳と尾を持つ種族、ミュークスの女。鋭敏な感覚や、暗闇でも見通せる目、そしてしなやかで身軽な肉体を持つ彼女は、優秀な偵察役として一行の進む先を探ってくれる。ひとたび戦闘になれば、その背に負った弓が猛威を振るうことだろう。


 俺たちを挟んで、最後尾で殿を務める男は、ダスカート。二メートルはある大柄な体躯の種族だ。赤褐色の肌に、怪力、頭には半ばで折れた山羊のような角が一対と、恐ろしげな風貌をしているが、黒目に金の瞳を持つ眼差しは、理知的で物静かな印象を与える。得意とする戦斧をどれ程巧みに扱うかは、俺もよく知っている。


 俺の隣で羊皮紙に地図を書き込んでいる少女は、フェルメルの精霊術士だ。身の丈は一メートルと三十センチ程度、顔立ちもせいぜい十三歳程度にしか見えない、小人のような種族だが、彼女の正確な年齢はまだ聞いたことがない。目深に被ったフードの下には、わずかに先のとがった耳が隠れている。手にした身長よりも長い木の杖が、彼女の強力な武器であることは言うまでもない。


 そして、俺は。なんら変わったところのない人間。今の言葉で言えば、ヒューマと呼ばれている。剣を佩いて、異種族の仲間と遺跡に潜るなんて、妄想はしても想像もしていなかった、そんな人間だった。


 これが、今のところの俺の仕事と、その仲間たちだなんて、誰に話したって、昔の自分だって絶対に信じないだろう。


 それでも俺は、今ここにいる。


  先頭で曲がり角の先を探っていたジジが、片手を挙げて俺たちを制止したのを見て、俺はそっと、剣の鍔口に左手を添えた。松明を握る右手に力が籠るのを自覚する。


 音もなくジジが戻ってくる。ティオの精霊術が、俺たちの周囲の音を遮断してくれているが、それとは無関係に、ジジは音を立てることなく移動する術を身に付けていた。


「この先は広間になってるわ。広さは十ヤノク四方ってところ」


 一ヤノクで九十センチ程度なので、九十平米はあることになる。まあまあの広さだ。


 ティオが早速地図に書き込んでいく。


「何がいた」


 俺の頭越しに、リオンが低い声で聞く。ジジは、待ってましたとばかりに、手のひらを開いてこちらに向けながら答えた。


「ドラヴが五匹。お食事中みたい」


 俺は顔をしかめた。


 ドラヴは汚れた蛮族だ。体つきはヒューマとさして変わらないが、青ざめ、黒ずんで荒れた肌に、落ち窪んだ眼窩と黄色く濁った目、乱れた歯並びに尖った耳と、歪んだ風貌をしている。いつも身を屈めて動き回り、獣のような暮らしをしているという。


 この世界の人間、つまりヒューマやフェルメルを含めたエイーラの子らにとっては、忌むべき敵とされている。


「ここ、連中の棲みかですかね」


 ティオの質問に、ジジは首を振る。


「たぶん違う。あいつらも、最近外から入り込んだ感じだったわ」


 それならば、他に仲間がいたとしてもさしたる勢力にはならないだろう。その回答に密かに胸を撫で下ろす。


「たいした武器も持ってないし、警戒もさっぱり」


「その様子のドラヴが五匹なら、相手をするのに問題はないでしょうけど……どうします?」


 ティオが俺を見上げながら聞いた。


 俺がこのパーティのリーダーだから、ではない。この中で一番実戦経験が少なく、駆け出しなのが俺だからだ。


 ティオの、ジジの、リオンの視線が俺に集まる。やるか、やらないか、決めろという。まだたいした場数も踏んでいない、剣を振って戦うことにだって、慣れてるとは口が裂けても言えない俺に。


 そんなの決まってるだろう。


「やろう。ここで引き返す理由なんてあるか」


 俺の答えに、全員が満足げに頷いた。


「少しでも悩んだらひっぱたくところだったわ」


 と、ジジ。


「この顔ぶれでは初仕事なんですから、みんな同じですよ」


 と、ティオ。


「力むなよ」


 と、リオン。


 それぞれの励ましを受けて、俺は大きく深呼吸する。それから改めて、段取りを確認する。皆の言葉は優しいが、実戦に優しさはない。誰かがしくじれば、誰かが死ぬだろう。そうやって、逸りそうな心を戒める。


「はい、ジジ。ちゃんとお礼を言って投げてくださいね」


「わかってるわよ、もう」


 ティオは地図を荷物の中に仕舞い、外套の下から取り出した小瓶を、ジジに渡す。小瓶の中では小さな光が舞っている。それを受け取りながら、ジジは背中から弓と矢を外し、つがえた。


 ぎり、と戦斧の握りを確かめる、リオンの拳の音が聞こえた気がした。


 俺は、松明を左手に持ちかえる。


 全員の準備が整ったのを見て、ジジがまた曲がり角まで前進した。


 あとは彼女の合図で、一気に動き出すことだろう。


 右手で剣の柄の場所を確かめていると、不意に、ティオが俺の顔を覗き込んできた。


「どうした?」


「いえ、やっぱり素質あるな、って」


「なにがだよ」


「楽しそうな顔してるってことです」


 楽しそう? 俺が?


 通路の奥で、ジジが弓を引き絞った。お喋りは終わりだ。


「エイーラ!」


 ジジは弓を放つと同時に、掛け声を上げた。それが合図だ。


 俺とリオンが、一気に走り出す。ジジが小瓶を投げ、ティオが契約を交わすと、小瓶から飛び出た光が目映く膨れ上がり、広間の中を照らし出した。


 俺は広間に駆け込んで、松明を投げる。ティオがその精霊と契約できるように。小瓶から飛び出した明かりによって、混乱するドラヴたちが見えた。一匹は既に、ジジの矢によって事切れている。


 俺はドラヴの一匹に向かいながら、剣を引き抜いた。


 楽しそうだなんて、そんなの。


 恐怖はある、緊張もしている。


 けど、楽しいに決まっている。


 何故ならこれは、この異世界、リングアンドの世界に来て冒険者となった俺の、初めてのダンジョンアタックなのだから。

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