ハルさんとシッシーのキノコ採り
kobito様主催の【ほっこり童話集】の企画作品です。
ハルさんとシッシーのキノコ採り
野ぶどうの小さな実が、カラフルに色づき始めて、野山がだんだん秋の装いを始めました。
そんなある日のこと。
「ハルさん、キノコがたくさん出ているぜ」
シッシーが、キノコ採りの誘いにやってきました。
「あらま、嬉しいねえ。今夜あたり、キノコ鍋が食べたいなあって思ってたんだよ」
「おっ、いいねー。キノコ鍋、食いてえ、食いてえ」
ハルさんは、いそいそと準備を始めます。
シッシーがいっしょなら、うす暗い林の中だってへっちゃらです。
何しろ、頼りになる、大きなイノシシのボディーガードなのですから。
ハルさんはシッシーに案内され、サクサクと落ち葉をふみながら、うす暗い木立の中を歩き進んでいきました。
シッシーは慣れた調子で、フンフン匂いをかぎながら、キノコを見つけていきます。
「ハルさん、これはオオイチョウタケ。食べられるよ」
「これはコガネタケ。これもオッケーだ」
「こいつはあぶねえぞ。スギヒラタケ。ぜったい食べるなよ」
「すごい! シッシーはものしりだねえ」
ハルさんはすっかり感心してしまいました。
「あったりまえよ。イノシシたるもの、もしまちがって毒キノコなんぞ食べてしまったら一巻の終わりだもんな」
とつぜん、シッシーがはたと立ち止まりました。
「やばい、やばいぞ……」
「どうかしたのかい?」
「アゲアゲキノコがなくなっちまってる。だれが食べたのかわからねえが、もし、それを食べたヤツと出くわすと、かなりめんどうなことになるぜ」
「アゲアゲキノコ?」
ハルさんは思わず聞き返しました。そんなキノコの名前を聞くのは初めてです。
シッシーの話によれば、アゲアゲキノコとは、しめじによく似たキノコで、かさが逆に開いているものを言うのだそうな。生える本数は、ごくわずかなので、だれにも見つけられないことがほとんどらしいが……。
「そうは言うけど、時たま、運の悪いやつがいるのさ」
万一食べても死にはしないけれど、しばらくの間、気持ちが高ぶってしまう。ふだん無口なら、おしゃべりに。おしゃべりなら、さらにおしゃべりに。泣かない人は泣き虫に。泣き虫なら、さらに泣き虫に。
「要は気分がハイになるってことだな」
「ほんとにめんどくさそうだね」
ハルさんが、顔をしかめたそのときでした。
「ハールさんっ」
いきなり背後から肩をたたかれ、ハルさんは、ギョッとしました。
おそるおそるふりかえると、そこに立っていたのは、目をカッと見開き、赤い顔をした天狗さまではありませんか。
「うわっ! 天狗さま!」
ハルさんとシッシーは、思わずのけぞると、すぐさまその場にひれ伏しました。
何はともあれ、山の神様です。失礼のないようにしなくてはなりません。ところが……。
「なあ、ハルさんよ。連れのシッシーとやらも聞いてくれ。そんなふうに崇められても、わたしは恥ずかしいのだよ。こんな鼻の低い、短い天狗など、どこにもおるまい。中身は天狗でも、わしは天狗のなりそこないじゃ。ああ、はずかしい、はずかしい」
ひと息にそう口走ると、天狗さまはぺたんとその場に座りこみ、おいおい声を上げて泣き出してしまったのでした。
なるほど。天狗さまの顔がそう怖くないのは、鼻が高くも長くもないせいにはちがいなさそうです。
けれども、おそらくそのことが、天狗さまにとっては長い間の悩みで、恥ずかしがりやの理由かもしれないとハルさんは思いました。
ですが、ふだんはおくびにも出さない天狗さまがどうして急に…?
「天狗さまだな……。あのキノコ食ったのは」
シッシーとハルさんは思わず顔を見合わせました。
ヒックヒックしゃくりあげながら、肩をふるわせて泣き続ける天狗さま。
ハルさんはその横にひざまづきました。そして、がっしりした背中をなでながら、優しく話しかけたのです。
「ねえ、天狗さま、あたしにとっちゃ、天狗さまは鼻が高くても低くても、長くても短くても、本当の天狗さまなんですよ。だって、天狗さまはかげながら、あたしたちの村のことをいつも見守ってくださってるじゃありませんか。あたしはそんな天狗さまに、いつも感謝してるんです。今回初めて、すぐ近くでお顔を拝見いたしましたけれど、優しいお顔じゃないですか。そういうお顔はかえって親しみやすいんです。あ、神様だから、親しみやすいといったら失礼かもしれませんけど、愛嬌があるといいますか……いや、愛嬌も失礼ですかね……」
「要は、好かれる顔といいたいんだろ」
シッシーが小声でささやきました。
「そうそう。みんなに好かれるお顔なんですよ。ですから、天狗さま、どうか自信と誇りを持ってください。そして、末永くこの村を守ってください。来月は秋まつりもやってきますが、この村はどんどん人がいなくなってしまって、お祭りができるかどうかも心配なんです。ですから、天狗さまのお力はぜひ必要なんですよ」
そう言い終わらないうちに、ハルさんはあれれ?と思いました。
なんと天狗さまは、いつのまにか、すうすう寝息をたてて眠ってしまっているではありませんか。
「ハルさん、こっそり引き上げようぜ。目覚めたときには、これまでのことはきっと忘れてしまってるから」
ハルさんとシッシーは、ぬきあしさしあしでその場を離れました。
「おどろいた。天狗さまにも悩みがあったんだねえ」
ハルさんがつぶやくと、すかさず、シッシーがこたえました。
「そりゃそうだろ。オレ様にだって悩みはあるよ」
「おやおや、シッシーはどんな悩みだい?」
「なんでこんなにでっかい体なんだろう。小さくて犬やねこみたいにかわいければ、もっと気がねなくハルさんちに来られるのになって……な」
シッシーが何気なく言った言葉に、ハルさんの胸はぐっとつまりました。
山から下りてくる途中、シッシーには、常にいろんな危険が待ち受けているのです。
犬やねこなら見のがしてもらえることも、大きなイノシシならむずかしいことでしょう。
それでも、シッシーはハルさんに会いに、足しげくやってきてくれるのです。
ハルさんはわざと平気をよそおって言いました。
「もし、あんたが犬やねこみたいにかわいければ、だれかがひょいと連れていっちゃうかもしれないじゃないか。そんなのはイヤだね」
「じゃあ、オレ様はかわいくなくてもいいってことかい?」
ハルさんは、シッシーの首をぎゅっと抱きしめていいました。
「かわいいよ、あんたは、あたしにとっちゃ、だれよりもかわいい息子さ」
庭に咲いたおそ咲きのコスモスが、そうそうと言いたげに秋風にゆれていました。