e01-01『知らない土地で、人に声を掛けるときはちゃんと相手を選びましょう』
視界が真っ白になり一瞬意識が遠のいた所までは覚えてる。
その後は段々と全身の感覚が無くなり、自分が上を向いてるのか下を向いてるのか、浮いてるのか落ちてるのか、それすらも分からない感じだった。
そんな感じが5分……いや、時間の感覚すらあやふやだ。
数分間……もしかしたら数時間続いてたのかもしれない。
そんな何とも言えない感覚が続いた後、ようやく意識が戻ってくる。
――まず手の感覚。
地面がそこにあり、自分はそこに倒れているのだという事が分かる。
ほのかに冷たい。土の上だろうか。
続いてぼんやりと視界が戻ってくる。
緑、生い茂る木々……。
茶色、地面……。
青は、空……。
白い雲。
どうやら森の中の少し開けた場所……腰くらいまで茂った草むらの中に倒れているみたいだ。
倒れたまま見上げると、どこまでも透き通った青空にゆっくりと雲が流れて行くのが見える。
そして……最後に聴覚が戻ってくる。
何だろう……話し声が聞こえてくる。
「……って……だろ!」
「…達…命までは取ろう……じゃねぇよ。……だ、金目の物だけ恵んでくれりゃ…」
ぼーっと、寝転んだまま声のする方を向く。
草むらの外……10メートル程先に、おっさんの後ろ姿がいくつか。
……またおっさんか。
「……そんなありきたりな脅し文句、今時誰も怖がりませんよ」
――!
ここ数時間、おっさんと謎の小動物の声しか聴いてなかった俺には新鮮過ぎる、透き通っていてそれでいて何処か芯のある可憐な少女の声が耳に入る。
一瞬にして我に返る!
そうだ! 俺は異世界に来たんだった!!
そんでもって、これはもぉ、完全にお約束の展開じゃないか!
オッケー、完全に理解した!!
周囲の状況を確認する。
おっさんは5人。
分かりやすく盗賊風な格好をしたおっさんがこっちに背を向けて立っている。
肝心の声の主は……?
静かに上体を起こし、おっさん達のさらに向こう側を覗く。
おっさん達に対峙する形で、人影が見える。
影になってよく見えないが、朱色のローブで頭から膝下まですっぽり覆った、小柄な女の子がおっさん達に取り囲まれている。
これは間違いなくイベントだろ!
ヒロインは無しとか言ってたけど、無けりゃ自分で用意すればいいだけの話!
某伝説の傭兵だって武器は現地調達だったろ!?
異世界に必須のヒロインも基本は現地調達だ!!
……ん、そう言やうちのおっさんは何処行った?
一瞬、あのイケメン……ローガンの事を思い出していると……
「ふん……可愛い顔して中々言うじゃねぇか。金目の物だけ置いてけば許してやろうと思ったが、これはちょっとばかし辛い思いをして貰う事になるかもしんねぇな」
おっさんの中の一人が、分かりやすく悪いセリフを吐きながら少女にゆっくりと手を伸ばす。
今だ!
今だろ!!
今しかないだろ!!
今まさに、ここから、俺の異世界無双ざまぁ令嬢物語が始まる!
「ちょっと待ったーー!!!!」
もっと気の利いたセリフもありそうなもんだが、いかんせんこういう状況には慣れてないもんで、随分とありきたりな台詞を叫んで飛び出す俺!
「…あん!?」
5つの後ろ姿が同時にこちらを振り返る。
どれもこれも、見るからに品の無い盗賊風なおっさんの顔が5つ。
「何だお前!? いつからそこにいた!」
中央に居た、ガタイの良いおっさんが体ごとこちらに向き直る。
一瞬驚いた顔をしていたが、直ぐに睨みつけるような表現に戻り、ズカズカと詰め寄ってくる。
見ると手には、包丁の倍程はありそうなギラギラと光る刃物が握られている。
あんなデカイ刃物でいった何を切るのかなぁ……。
まぁ、少なくとも料理や園芸用の物では無い事は理解できる。
少しビビって後ずさりしそうになる。
5,6歩程の距離まで間合いを詰めて立ち止まる。
「何だお前は? あの女の仲間か?」
そう言って、顔と身体はこちらを向いたまたま、あくまでも隙は見せないといった様子でほんの一瞬、背後へ目配せする。
他の4人は呆気に取られて、少女と俺を交互に振り返りながら警戒している。
肝心の少女は……目元は見えないが、小さな口をポカンと開けて固まっている。
フードの裾からは長く綺麗な銀髪が見える。
せっかくのヒロインに良い所を見せようと、勇気を奮い立たせ平常を装い声高らかに告げる!
「おっさん達、か弱い女の子相手に何人掛りだ見っともない! 今ならまだ許してやるからさっさと消えな! さもないと俺の大魔法で消し炭になって貰うぞ」
よく分からんが、何かしらあるだろ。
チート能力は無いって言ってたけど、主人公補正くらいはかかってるだろ?
魔法じゃないにせよ、実はめっちゃ物理攻撃力が高いとか、実は死んでもやり直せるとか、何かピンチになればそれなりのアレが出るんだろ。
とりあえず両手を前に掲げ、手のひらを広げて男たちに向ける!
「何!? 魔法使いか!? だが、この距離じゃ詠唱する時間も無ぇだろ! どうする気だ?」
……詠唱!? つまり呪文だな。呪文が要るのか?
なるほどなるほど。
「ふん、お前達の攻撃より早く済ませれば良いだけの話。警告はしたからな! 悪ぃが火傷じゃ済まねぇかもな……『燃え盛れ紅蓮の炎――ファイアーボルト!!』」
両掌に炎のエネルギーが集中する!
それを集め一気に解き放つ!! ごく初歩的な炎の魔法だ!!
(そんな気がした)
……だが何も起こらなかった。
「ん?? 違うのか!? じゃ『雷鳴よ響き轟き我が敵を打て――サンダーストーム!!』」
少し威力の高そうな雷の呪文を唱える!
……だが何も起こらなかった。
な、何だ?? 魔法使い系のスキルじゃないのか?
2、3度、えいやーと腕を振ってみるけど炎も雷も静電気すら起きる気配は無い。
そうこうしてる間に、こちらを警戒して回避の姿勢を取っていた男が刃物を持ち直し、じりじりと歩み寄ってくる。
「わ、分かった! 実は接近戦系のスキルなんだな! よし来いや!」
そう言い終わるか否か、間合いを詰めた男が俺の首目掛けて横薙ぎを放つ。
だが、その斬撃は俺を捕らえるには余りにも遅く
……ないっ!
速っや!
危ねぇっ!!
辛うじて! 本能で!!
奇跡的に躱してそのまま地面に尻餅をつく!
男は無言で俺を見下すと、刃物を突き立てる構えに持ち替える。
なになになになに?
俺の動きが速すぎて、敵の全ての攻撃がスローにみえるとかじゃないの!?
太刀筋とか全然見えなかったけど!
次は多分避けられない! 死ぬ! え、マジで!?
そう思った
次の瞬間――
「キヴィ・ロッカ!!」
突然響く、女の子の声――
その直後、複数の物体が飛翔し鈍い音を立てて遠巻きに見ていた奴らも含め全おっさんを直撃する!
「グァァ!!」
うめき声を上げ屈曲な男達が膝から地面に崩れ落ちる。
的を逸れた飛翔体のいくつかが背後にある木々にめり込む!
拳大の……"石"だ。
それが、いくつだろう? 目で追えるような速さじゃなかったけど、10か20個、森の中へ飛んで行った。
……魔法……本物の魔法だっ!!
勿論、俺のじゃない。
唖然としつつも、魔法の出所を確認しようと振り返った瞬間――
「立って!」
のたうち回る男たちの間を抜け駆けて来た人影が、そう叫びながら俺の手を取り引き起こそうとする。
陶器みたいに白くてつやつやした肌。
そのか細い腕は、力こそ強くは無いけどそれでも精一杯の力で俺を引き起こそう引っ張る。
状況も飲み込めないまま、引かれた右手を頼りにしつつ、反対の手と両足に力を入れどうにか立ち上がる。
「走って!!」
立ち上がるや否や俺の手を引いたまま少女は走り出す。
バランスを崩しそうになるが咄嗟に立て直し、一歩二歩と足を前に出す。
「ま、待てこらーー!」
背後から怒号が聞こえてくる。
その声の様子から、重篤ななダメージには至ってないようだ。
おそらく直ぐに追いかけてくるだろう。
急いで逃げるべし!!
でも、そんな緊急事態に不謹慎と思いつつも……俺の手を引く少女につい見惚れてしまう。
降り注ぐ星の様に綺麗で長い銀の髪。
その髪と、纏った深紅のローブを風にはためかせ可憐に走る彼女。
彼女が走り際に起こす風からは、花や果物を思わせる甘いほのかな香りが漂う。
――街の曲がり角でパンを咥えた少女とかち合わせるのも良いが、こんなスリリングな出会いも悪くないかもしれない……。
そんな事を考えてたら、足元の石につまずいてコケそうになった。
気を取り直して、とりあえず今は真っ直ぐ前を向いて走る事にした。
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▷異世界エバージェリーの治安は、各街の衛兵や騎士団により守られており安心して旅する事ができます。
ただし、街道の外れやダンジョンなど治安維持の行き届いていない地域に足を踏み入れる際は十分に注意をしましょう。というか行くな!