e02-11『旅先の景色は昼と夜で2回見ておきたい』
時刻は17時近く。
徐々に暗くなり始めた街中をクレシアに続いて歩く。
道すがらすれ違う人達が「クレシア様だ」「天使様」と話す声がそこかしこから聞こえてくる。
中には遠くから拝む年配の方や、何かの御礼を言いに話しかけてくる人も居た。
さっきの男達の様子からして、街で恐れられてる権力者か何かかと思ったけど、中々に住民からの信頼が厚い人物みたいだ。
「ローガンよ、わざわざ目立つ大通りを歩いてみたがやはり追っ手はないようじゃの」
「あぁ。あんだけ派手にやったんだ。騎士団総動員で追われてるかと思ったが……」
「いや……あやつらもあまり大事にはしたくないのじゃろ。妾と追いかけっこしていて公園を1つ丸々破壊しました……では住民に申し訳が立つまい。まぁやったのはお主じゃがの」
「ありゃ不可抗力だろ!? てか半分はお嬢様のせいじゃないのか?」
ローガンとクレシアが何やら物騒な話をしている
「ちょっと、勘弁してくれよ。おっさんこの数時間で何やらかしたんだよ、何に追われてるんだよ!?」
「ん? あぁ、まぁ気にすんな!」
「そうじゃぞカナト。大人の事情に首を突っ込むでない」
そんな話をしながら、通りを歩いて行く。
―――――
夕方の街を歩いていくと、一角に人が集まり賑わっている店があった。
「あ!」
シロエが先に気づき声を上げる
何だか見覚えのある景色だと思ったら、昼間に来たばかりの"ルールシエル"だった。
どうやら昼間通った道とは別の道で登ってきたようだ
まだ17時過ぎだというのに、昼間の静かさとは打って変わり店は大勢のお客さんで賑わっている。
店内にはランタンのような物が沢山吊るされ、またテラス席の各テーブルにもランタンが置かれている。
それらの淡い光が重なり店内と店先を明るく照らす。
海の方を見渡せば、眼下に広がる街並みもあちこち明かりが灯り出し美しい夜景を一望することができる。
日本で見るギラギラとした夜景とは全く違う、幻想的でどこか暖かみのあるその景色に暫く見とれてしまう。
「おーい! カーラ!」
そう言ってクレシアは店の中に入って行く。
「おぉ、天使様! 久しぶり!」
「天使様! 元気にしてたか?」
店にいたお客さん達から次々と声を掛けられるクレシア。
「おぉ、皆久しいのぉ! 息災じゃったか?」
街中でも皆から慕われた様子ではあったけど、ここでは更に親しげな……ざっくばらんな雰囲気でクレシアの方も楽しそうに対応している。
「あら! クレシア様、いらっしゃい! お久しぶりですね」
厨房で調理をしていたカーラさんが、顔を出しクレシアに話しかける。
「何じゃカーラ! クレシア様など水臭い!」
「ふふふ。クレシアちゃん。またエレインくんと喧嘩したでしょ?」
手を拭きながらカーラさんが厨房から出てくる。
そして俺たちに気づき、驚きながらも嬉しそうに声をかけてくれる。
「あら、貴方達! まさかこんな直ぐに来てくれるなんてびっくり!」
「昼間はどうも!」
カーラさんに向かって一礼する。
「何じゃ? お前達、顔見知りか?」
「はい! 昼間にお茶をご馳走になって」
クレシアとそんな会話を交わしていると厨房から男性の大きな声が聞こえる。
「おぉ、兄ちゃん達! 昼間も来てくれたんだってな! ……おぉー! それに、騒がしいと思ったらクレシアちゃんじゃねーか! 何だ、兄ちゃん達知り合いだったのか?」
昼間マーケットで会ったカーラさんの旦那さんだ。
手に重そうな巨大鍋を抱えている。
「おー、ジダン! 変わりないようじゃの!」
「おぅよ! クレシアちゃんはまた一段と色っぽくなったんじゃないか!? ガキの頃はぺったんこだったのにヨォ」
そう言って豪快に笑う。
「あなた、人前でレディーに失礼でしょ?」
カーラさんが笑顔のまま旦那さんへ目線を送る。
笑顔なのに目だけ笑ってない……。
旦那さん……ジダンさんが慌てて厨房に戻って行く。
その様子を見て店内から笑い声が上がる。
まさに地元の常連さん達が集まる店と言った感じだ。
「テラス席でも良いかしら?」
そう言ってカーラさんがメニューと、水の入ったグラスを運できてくれる。
「勿論じゃ!」
そう言うとクレシアは案内された4人掛けのテーブルに着く。
さりげなく椅子を引いて彼女をエスコートするローガン。
おっさん、何か天使様のお守りが完全に板に付いてきてるんじゃないか……。
「1時間程前、エレインくん来てったわよ」
カーラさんが水の入ったグラスを並べてながらクレシアに話しかける。
「む。危ない所じゃった…」
「ふふ。きっと貴女がここに来ると思うからって、伝言よ。『今回は私の方も少々言い過ぎました。暫し息抜きされ、気が済みましたらどうか屋敷にお戻り下さい。関係者への説明はこちらでしておきますが、2,3日が限度です。それまでにお戻りください。あと、くれぐれも街からは出られませぬように』ですって」
「長ったらしい伝言じゃの」
「あんまりエレインくんを困らせないの」
そう優しく諭すとカーラさんはメニーを置き厨房へ戻って行く。
「ぺったんこだったのか?」
「貴様、騎士団の詰所に突き出すぞ」
ローガンの問いに、間髪入れずクレシアが突っ込む。
置かれた水に手を付けながらローガンが続ける。
「ときに、この様子だと、ここは古くからの馴染みか?」
「そうじゃの。妾が天使の任に就く前……エレインが剣の振り方もままならんような、そんな頃から2人揃って色々と世話になった」
「あの、クレシア様……そのエレインという方は騎士団の方なのですか?」
シロエが恐るおそる問いかける。
「シロエ、同じ眷属者同志仲良くしようぞ。クレシアと呼んでくれ。おっと、それより先に注文じゃ! カーラの料理はどれも格別じゃが、特にジダンが自ら毎朝狩ってくる魚介を使った魚介料理が最高じゃ!」
そう言ってメニューを渡される。
どれどれ……お、読める!
書いてある文字は明らかに日本語では無いのに、やっぱり内容は理解出来る。
けれど、やっぱりこの世界特有の固有名詞までは流石に分からない……。一つ一つ聞く訳にもいかないし……ここは一か八かだ!
メニューを見ながら、丁度注文を聞きに来てくれたカーラさんに伝える。
「えぇと、それじゃぁ……焼きホロホロのサーズソース和え。ムーロ貝の白ぶどう酒蒸し。それとルーズガルラのクーブースープ。これだけお願いします」
「お、お主! クーブースープを行くか! 言っておくがここのクーブーは生易しくはないぞ!!」
クレシアが目を輝かせながらこっちを見る。
な、何だ!? どんな地雷を踏んでしまったんだ!?
「カナト、凄い。クーブー好きなんだね。私は昔一口だけ食べてダウンしたことあるわ…」
シロエが驚いた顔でこっちを見る。
「こないだ良いクーブーが手に入ったのよ!貿易商からわざわざ仕入れたのよ」
カーラさんもテンション高めだ。
……これは異世界1日目にしてゲームオーバーかもしれない。
「お主はどうするのじゃ?」
クレシアが今度はローガンに注文を促す。
「そうだな。俺は皆んなが頼んだ物を少し摘ませて貰うわ。ブドウ酒だけ何かお勧めがあれば」
そ、その手があったか…!
「そうだね……お魚メインでいくなら、ラスティの白が良いの入ってきてますよ! クレシアちゃんも好きよね?」
カーラさんがメニューを指差しながら確認する。
「そうじゃの、ボトルで1本頼む」
「いいねー! 飲むぞー!」
異世界に来て1番の笑顔を見せるローガン。
そんなこんなで、クレシアとシロエも残りの注文を済ませ、カーラさんは厨房に戻って行った。
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▷エバージェリーの文明レベルは、よくある異世界物と同じような水準だ。
自動車や飛行機は勿論無く、鉄道も存在しない。
照明はランタンやガスが主流となっており、夜の街は暗い。明る過ぎる日本の夜に慣れていると些か不安に感じるかも知れないが、普通に生活する分には問題は無い。
夜の暗さを楽しむ意味でも、たまにはこう言った生活も良いかもしれない。
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