e02-10『怖そうなお姉さんの場合は時と状況による』
黙って歩くうちに、さっきの情景が思い出される。
男に囲まれるシロエ。
すぐ目の前の出来事なのに、何も出来なかった自分。
いや、何もしなかった訳じゃない。
俺の中では精一杯やろうとしたんだ!
けど、そんな事はシロエには分からない。
結果として、シロエから見れば俺はビビって何も出来なかった情けない男だ。
冷静に思い返してみて急に顔が熱くなる。
異世界に来てまでこれか。
本当に情けない……。
自分の事が嫌になり、俯きながら歩く。
ふいに……
背中に何か優しく触れるような感触が伝わり、思わず立ち止まる。
驚いて振り返ろうとしたけれど、それよりも先に背中からシロエの小さな声が聞こえた。
「ありがとう」
信じられないけど、俺の背中にぴったりと顔をうずめているらしい。
前を行くクレシアとローガンには全く聞こえないような、小さな声で囁く。
「私、あんなふうに助けて貰ったの初めて。……かっこよかったよ。これで2回も助けて貰っちゃったね」
違う。
助けたのは俺じゃなくてクレシアだ。
それに。その気になればあんな奴らシロエの魔法でどうにでも出来たはず。
だから、違う。
だから……
「ウソだ」
立ち止まったまま呟く。
「……ホントだよ」
「――シロエ程の美人なら、困ってれば自分から助けてくれる男なんて山程いるでしょ」
なんて事を言うんだ。
仮に本当の事だとしても、そんな事を言うつもりは微塵も無かった。
情けない自分に対する苛立ち、シロエの優しさに対する恥ずかしさ、そんな感情がごちゃ混ぜになって、思わず心の一番奥で思っていた事が口から出てしまった。
「だから、初めてっていいうのもきっとウソでしょ。いいよ、変に気使わなくて」
ここまでくると、張らなくてもいい意地まで張ってしまう。
俺の性格の最悪な所。
「そんなことない。……だって」
「いいって!」
「……だって、私"使徒"だもん」
「……“しと”?」
言葉の意図が分からず、思わず振り返る。
そして、シロエの顔を見て驚く。
「黙ってて……ごめんなさい」
そう言って、笑顔のまま涙を流すシロエ。
「本当に、騙すつもりとか全然無かったの。でも、こうやって久し振りにまともにお喋りして……カナトも楽しそうにしてくれて、そしたら何だか中々言い出せなくて。でも、天使様まで出てきちゃったし。だから……。ちゃんとお礼もできてないのに、ごめんなさい」
そう言って一度深く頭を下げて、そっと俺から離れ何処かへ立ち去ろうとするシロエ。
正直、何を言ってるのかさっぱり分からない。
それでも――咄嗟にその腕を掴む。
「……え?」
驚いて、目を真っ赤にしたまま俺の顔を見るシロエ。
「あ、あのさ! 別にお礼して欲しくて助けた訳じゃない! でも、もしお礼してくれるつもりがあるならさ……さっきの“デート”が1回目の分、今からのご飯が2回目の分でどう! お願いだから」
そう言ってぎゅっとシロエの腕を引き寄せる。
あんまり強く引っ張ったつもりはなかったけれど、力なく2,3歩と、こっちへ引き寄せられるシロエ。
「わわ、これじゃ俺さっきの奴らと一緒じゃん!」
急に恥ずかしくなって、慌ててシロエの手を離す。
「……そんな訳、ないじゃん」
そう言って――今度はシロエが俺の腕を握り返す。
「おーい! なにやってんだ、置いてくぞ」
俺たちが付いてきていないことに気づき、ローガン達が戻ってくる。
運悪く、丁度シロエに腕を掴まれている所を見られた。
「おや! ほぅほぅほぅ」
そう言ってクレシアが意地悪く笑う。
「あ、あの、天使様、私!」
そう言ってクレシアの前に出るシロエ。
「心配するでない。セントレイアの使徒。我が同志よ。他の街の事は知らんが、この街の“天使”はお前を歓迎するぞ! 改めて、ようこそアーシアへ!」
そう言って優しくにっこりと笑いかけるクレシア。
それを見た途端、シロエは一瞬驚いた顔を見せたが、飛びっきりの笑顔を見せてくれた!
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▷エバージェリー各地には“セントレイアの眷属”と呼ばれる特殊な力を持つ女性達が存在する。
彼女らは、持つ力の大きさにより
・ごく一部の“大天使”
・少数の“天使”
・その他の“使徒”
という厳格な階級制度によって分けられ、それぞれの責務を全うしている。
ちなみに、余り公には出来ないが、トラブルを避けるため観光客はなるべくなら関わりは避けるべきだろう。詳しくは本書で追ってご説明する。