e02-08『何処に行くか、誰と行くか』
レストラン『ルールシェル』のテラス席で、お茶を堪能するカナト達……。
「へー、じゃあ陸路で王都まで行けるんですね」
「えぇ、でもさすがに徒歩は無理ね。客車を借りるか、安く済ませるなら商人のキャラバンに同行させて貰うか、ってのが一般的かしら」
かれこれ30分程経つだろうか。
お茶とお菓子を頂きながら、店長さんから周辺地理について色々と教えて貰う事ができた。
ここから西へ、陸路を1週間程行くとこの国の王都があるらしい。
ここアーシアも結構な規模の街だが、王都はさらに大きな都市で色んな組織の本部やら本店やらが揃っているそうだ。
旅をするなら一度は立ち寄るべきとのこと。
だけど、それよりも気になったのが、王都に向かう途中北方に逸れて数日行くと深い森の中にあるいう街……
『常闇の街・ルナポート』
何でも、一年中夜が明けない街らしい。
地球の北極圏では、白夜といって夜でも薄っすらと明るい季節があるらしいけれど、それとは全く違い、完全な夜が永遠と続く街なんだとか。
これは"異世界ガイドブック"としては抑えておきたい街だな……!
そんな事を考えていると……
ドーーーーン……!!
遠くから何か凄い音が聞こえた!
驚いて街の方を見ると、一角から土埃のような煙が上がっている。
「な、何だ!? 事故か?」
「あら……商品の火薬でも暴発したのかしらね」
店長さん――名前はカーラと言うそうだ、カーラさんの落ち着いた態度とは裏腹に、シロエは驚いて紅茶を喉に詰まらせそうになり咽る。
「ケホッ! だ、大丈夫なんですか!?」
「えぇ。火薬や火器を扱う商人も多くいるからね。たまーにボヤや爆発騒ぎとかもあるわ。まぁ、扱ってる人達もその道のプロだから。怪我人こそ出ても、死人が出る事なんか滅多にないし、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
カーラさんは落ち着いた様子のまま、カップに残ったお茶を飲み干す。
「そ、そんなもんなんですね」
いやいや、日本だったら全国ニュースレベルの事故だぞ。
こっちの世界の人々は逞しいというか何というか……。
「さてと……」
そう言ってカーラさんは壁に掛かった時計に目をやる。
時刻は15時をとっくに過ぎていた。
「あ、いけない! 私達戻らないと!」
シロエが慌てて声を上げる。
「あらそうなの? 私もそろそろ夜の買い出しに行かなきゃね」
そう言うと立ち上がり、空になったカップやポットをトレーに乗せる。
「あ! 私お手伝いします!!」
「あら、ありがとう。でも大丈夫よ、急いでるんでしょ? その代わり、今度時間があったらご飯でも食べにきてね」
優しく微笑むカーラさん。
旦那さんから、地元じゃそれなりの人気店だと聞いて来たけど、きっとカーラさんの人柄もあるんだろうな。
「すいません! ご飯、絶対に食べに来ます。お茶、ホントに美味しかったです!」
立ち上がりシロエが深々とお辞儀をする。
「街の事も色々教えてもらってありがとうございました! 助かりました!」
俺も立ち上がりお辞儀をする。
店先まで見送りに出てくれたカーラさんに手を振り、元来た道を戻る。
―――――
約束の15分程前に集合場所に着いた。
行きは結構歩いたような気がしたけど、帰りってのは意外と近く感じるもんだから不思議だ。
道の真ん中に突っ立ってるわけにもいかないので、海際にある低い塀にもたれかかり待つ事に。
……さっきまであれだけ喋っていたのに、改めて2人で時間を持て余すと何を話して良いか悩む。
そもそも、この世界の事が分からない以上当たり障りの無い会話にも限界がある。
会話のレパートリーが極端に少ないわけだ。
そんな事を考えているうちに、暫く沈黙が続く。
「……ねぇ、カナト達はこれからどうするの?」
遠く海の果てを見つめながら、唐突にシロエが呟いた。
「え? あぁ……。そうだなぁ、ローガンとの相談次第だけど……。暫くこの街を見て回って、そんで準備が整ったらまた次の街に向かう感じかなぁ。……シロエは?」
「私も。物資の補給が終わったらまた次の街に向かうつもり」
「……そういえばさ、シロエって何処に向かってるの? 目的地とか」
「目的地……。そうだなぁ……ここではない何処か、かな。まだ行ったことない所、長い間行ってない所、そんな所を転々と旅してるの」
「え! なんだ、俺たちの旅と一緒じゃん! へー! シロエも旅好きなんだね! やっぱ旅行って楽しいもんね!?」
そう言ってシロエに笑いかけた時――その顔を見て俺は思わず言葉を失う。
ずっと優しい笑顔だったシロエが……
――怒りを露にして俺を睨みつけていた。
しかも、ただ怒っているだけじゃない。
その目尻には薄っすら涙を浮かべている。
「え……あ、あのさ……」
訳も分からず、ただただ動揺する俺を見て、ふいと向こうを向くシロエ。
手で目を擦り、向こうを向いたまま、いつもの明るい様子で答える。
「ごめん、なんでもない。……お互い、良い旅になると良いね」
「う、うん」
それだけ話すと、黙り込んでしまった。
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▷様々な物資が行き来するアーシアでは、たまにとんでもない事故が起きたりする。
火薬の爆発事故といったオーソドックスな物から、突風にさらわれた綿花が周囲に綿の雪を降らせたり、水路に落ちた大量の茶葉で流れる水が紅茶になったり……と話題の事欠かない。
旅行客からすればヒヤヒヤする光景だが、商人達は動じる事なく事の始末に当たる。アーシア商人の逞しさに触れられる一幕かもしれない。