e02-07『お国が違えば常識も違う』
「なっ!!」
その場に居た全員が驚きの声を上げる。
エレインも一瞬慌てた様子を見せたが、すぐさま剣を構え直すと目にも留まらぬ速さで横に薙ぐ!
凄まじい旋風が発生し、飛来する石塊が粉々に砕かれ弾け飛んだ。
「……っ! まさか無詠唱魔法とは。驚きました! 流石に少し危なかった!」
口ではそう言っているものの、その表情にはまだ余裕が伺える。
「こっちこそ驚いたぜ。まさか一閃とはな……。お嬢様を抱えて逃げる隙くらいは作れるかと思ったんだが……」
マジか……。
一応、野盗5人を一撃で吹き飛ばした実績ありなんだけどな……さすがに騎士と野盗では比較にならんか。
しかし、さてどうしたものか。
奇襲が失敗に終わったとなると、正直次の手が無い。
まぁ本気で闘って勝とうとは更々思ってはないが、他に何とかして隙を作って逃げる方法は無いか……?
「いやいや! 妾も驚いたぞ!!」
人が作戦を考えてる最中、背後のベンチに隠れていたクレシアがズカズカと近づいてくる。
「お嬢様、危ないから下がってな」
「いやいや、高みの見物と決め込もうと思っておったが……こう面白いものを見せられてはのぅ。土の下位魔法とは言え詠唱は愚か陣も印も無しで発動させるとは。ただの阿呆かと思うておったが、それなりに魔法の腕は立つようじゃの」
――成る程。
本来発動には詠唱やら陣やら印やらと言ったものが必要なのか。
正直そういった、エバージェリーの細かい所までは知らん。
シロエの魔法を見よう見まねで真似してみたらたまたま出来ただけだからな。
……ん、てことはあの嬢ちゃんもそれなりの魔法使いって訳か?
色々と思いを巡らせる俺の事情など知る由も無く、クレシアは続ける。
「しかしの、うちのエレインも栄えあるセントレイア騎士団の部隊長。流石に無強化の下位魔法では倒せぬわ。せめて詠唱くらいしたらどうじゃ?……なに、詠唱中に斬りかかってくるような無粋な真似はせぬ故――のぉ?」
そう言ってクレシアがエレインに鋭い目線をくれる。
「いやー……剣士が魔導士と戦う場合、詠唱中を狙うのは基本中の基本なのですが……」
釘をさされたじろぐエレイン。
「そういうことで、ローガン! 思う存分やるのじゃ!」
このお嬢様、結構むちゃくちゃだな。騎士様……同情するぜ。
しかし、それはそれで困る。
「あー……すまないが、実は詠唱やら陣やらってのはさっぱりなんだ。魔法もさっきの1種類しか使えねぇ」
「……は? なんじゃと!? 無詠唱で撃てる腕があるくせに、詠唱ありでは使えぬと言うのか!?」
う……やっぱりそれはおかしいのか。まいったな。
「いやー、学がなくてな。完全に独学なんだ。たまたまさっきの魔法だけ偶然使えてな」
どうにか誤魔化せるか……!?
「なんじゃ……天賦の才か精霊の気まぐれか……。よく分からんがしかたないの。妾の唱言を使ってみろ。お主に合うかどうか分からんが、まぁ威力が下がるようなことは無いじゃろ。よいか、妾に続いて唱えるんじゃぞ」
そう言うと、クレシアは俺の背中にぴったりと密着して立ち、その額をあてがう。
ほんのりと甘い、いい匂りがする。
そして、背中には柔かな感覚……凄く幸せな気分だ!!
正直、これだけでも厄介ごとに巻き込まれた元は取れたぜ!!
「ゆくぞ……」
おっと。
いかんいかん。背後から聞こえるクレシアの声に続き、呪文を唱える。
我命ずる――
我が覇道を刻む足下の地よ
その路傍に転げる石屑如きも
せめて小矢となり我が敵を撃て
キヴィ・ロッカ!!
……
…………
何も起きない。
「……ん? なんじゃ??」
背後からクレシアの不思議そうな声が聞こえる。
「……ん?」
こちらに向け剣を構えていたエレインも、少し構えを解きこちらの様子を伺う。
なんだ? 不発か?
その場に居た全員がキョトンとしていると――ふと周囲が暗くなる。
何か……頭上に大きな物が?
全員が揃って上空を見上げると、そこには……距離感が掴めずよく分からんが、直径10メートル以上はあろうかという巨大な岩!!
それが猛スピードで降ってくる!!!
「なっ! なんじゃと!? 詠唱を加えたとは言えたかが土の低級魔法じゃぞ! に、逃げるのじゃ!!」
クレシアが俺の手を引いて走り出す!
「た、退避! 退避だーー!!」
「う、うわぁーー!」
「ぎゃーー!」
エレインの命令を受け、我に返った騎士達も慌てて反対側へ走り出す!!
直後――!
巨石は広場の中央に墜落し、その衝撃で地面は揺れ濛々とした砂埃が広場一帯を埋め尽す……
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▷剣と魔法の世界エバージェリーにおいて、魔法は何も特別な物ではない。
街中でその様相にお目にかかる事は少ないが、ひとたび街の外に出れば魔物や野盗相手に放たれる魔法を見る機会は多い。
特に男子諸君は「これこそ異世界旅行の醍醐味だと」息巻かれるかもしれないが、魔法見たさに戦場へ出る事は決してオススメしない。例えるなら、それは銃弾飛び交う紛争地帯へ観光客が紛れ込むようなものに他ならないからだ。観光旅行では、魔法ショップに飾られるマジックアイテムを物色するだけでどうか満足して頂きたい。
ちなみに――非常に残念なお知らせだが、魔法を使うには体内に"マナ"(又は"カムイ")と呼ばれるエネルギーをため込む器官が必要で、基本的にエヴァージェリー人以外はこれを持たないため魔法を使う事は出来ない。