e02-05『旅先でのロマンスも悪くは無いけど色々と気をつけましょう』
「しかし、凄い人数だなぁ……」
カナト、シロエと別れて1人街の中央辺りまで来てみたは良いが、人の多さに疲れた。
ーー少し強引に別行動を取ったが、カナトは大丈夫だろうか。
まぁ、あのシロエとかいう嬢ちゃんが付いてるから大丈夫だと思うが……。
大通りを外れて細い路地に入ってみる。
道を一本外れただけで、驚く程人通りが無くなる。
決して寂れていたり物騒な訳ではいが……。
建物の間に渡されたロープには洗濯物が干され、水場に置かれた桶には冷やしているのか野菜が浮かんでいる。
表通りの喧騒とはかけ離れた、生活感溢れる景色が広がる。
おそらく居住エリアなのだろう。
住人が働きに出ている昼間は子供や老人くらいしか居ない訳か。
暫く行くと、民家2,3軒分程の大きさの広場に出た。
周囲には可愛いらしいピンクの花が咲いた花壇が並べられている。
片隅に大きな街路樹がありその下に2,3人掛けのベンチが2つ。
住民達の憩いの場といったところか。
おばちゃん達が井戸端会議でもしてそうなもんだが、今は人っ子一人居ない。
ふと、広場の真ん中にある銅像が目に入る。
近づいて、台座に埋め込まれたプレートを見る。
“英雄シルヴァント・ヴァン・アルストメリア”
――かつて大空を渡り異世界『キプロポリス』より渡来した、史上初の異世界人にしてエバージェリーの英雄。
決して疎かに扱われている訳ではなさそうだが、風雨に浸食されその顔はあまり形を残しておらず、取り付けられたプレートでやっとその事が分かる程度だ。
かつての栄光も、長い時の中に埋もれ今ではこうして街の一角で静かに佇んでいるばかり、か。
「時の流れってのは無常だな、英雄さんよ」
そう言ってそっとその顔に触れる。
空いてるベンチの1つに腰掛ける。
さて……と。
周りに人気が無い事を確認し、懐から端末を取り出す。
「……お、セレアか? 定例報告だ。無事に着いたぞ。 ……おう、まぁちょっとしたトラブルもあったが問題ない。それよりも……いきなり遭遇したぞ……"眷属者”。お前の仕業か? ……え、偶然なの? マジか。……分かった。また何かあったら可能な限り連絡する」
そう言って通信を切り、端末を胸元に仕舞う。
運命のいたずらか……。
神様の存在を疑う訳じゃないが、そんな事もあるもんなのかね……。
さて……静かなうちにこの先の事を考えておくか。
まずこの先の旅のアテについて。
カナトには……言ったらギャーギャー言われそうだったので黙ってたが、金が無い。
手元にあるのは30,000c弱。
安宿でも見つかれば良いが、それでもカナトと2人だと3、4日分か……。
セレアに言って金目の物を出して貰っても良かったんだが……まぁそんなんで旅してもあいつの為にならんだろ。
差し当たっての目標は宿と収入の確保だな。
あとは、あのシロエとかいう嬢ちゃん。
悪意は無さそうだが何か隠してる。
まぁ、年端も行かない女の子がたった1人で旅してるんだ。人に言えない事情の1つや2つあるんだろうが。
街道で襲われてた輩。強盗とか言ってたがありゃぁ……
「ふぅ……やれやれ。やっと撒いたか」
不意に近くから女の声が聴こえ、思わずそっちに目線を移す。
考え込んでたせいで全く気付かなかった。
若い女性が1人、小走りで路地から広場に入ってきた。
夏の夕日を思わせるような真っ赤な瞳。
まるで血が通ってないんじゃないかと思うような真っ白な肌。
そして思わず目を奪われる鮮やかな金の長髪。
その目と同じく真っ赤なワンピースを身に纏い、そのスカートの裾をそよ風に靡かせてこちらに歩いてくる。
……いや、スカート少し短くないか?
それはさておき、年の頃は20代前半くらいだろうか。
とびきりの美人。
並の男では挨拶の言葉を掛けるのさえ躊躇うようなオーラを放っている。
その美しくも妖しい雰囲気に一瞬にして目を奪われる。
「よいせ……っと」
こちらには目もくれず、空いた隣のベンチに腰掛ける。
暫しの沈黙。
……うむ。他に人も居ないしここは声の1つもかけなければ美人に対して失礼というものだ。
確かに並の男なら声などかけらないオーラが出てるが、俺は並の男ではない。
座り直しながら、彼女に少し近づいて声を掛ける。
「いやー、旅の途中で立ち寄ったんだけど、アーシアはいい街だな。街並みも綺麗だし活気もある。それに、こんな何気ない路地裏でさえこんなに素敵な女性に出会えるんだから」
急に声をかけられ彼女がこちらを振り向く。
周囲を見回した後、こちらに向き直り不思議そうに尋ねる。
「ん?? 妾に言っておるのか?」
「そうですよ、美しいお嬢さん」
「……おぉ、そうか! 何用じゃ?」
随分と変わった喋り方だな。
というか、“美しいお嬢さん”に関してはスルーか。言われ慣れてんのかね。
「ナンパです」
「……おぉー! 成る程、そうかそうか! 妾をナンパしようなど身の程知らずな輩など初めてでの、気が回らんくてすまぬの。ちなみに……」
そこまで言うと上半身をこちらに寄せ、ぐっと顔を近づけてくる。
「妾を夕赤の天使、クレシア・ジェム・エカルラートと知っての愚行か?」
口元に不敵な微笑を浮かべ、紅い光を讃える大きな目を細めながら愉快そうに俺の顔を覗き込む。
「いやー、すまない、恥ずかしながら世相に疎くてね。でも、わざわざ名前を教えてくれるってことは満更でもないのかな? クレシアちゃん」
互いに目を逸らさない。
歳の割に随分と肝の座った目をしている。
臆するでもなく威圧するでもなく、そのただ澄んだ瞳で俺を見つめる。
実際には1秒とか2秒、その程度の瞬間だったはずだがやけに長く感じる。
――先に沈黙を破ったのは向こうだった。
こちらに寄せていた上半身を戻し椅子に座り直してから笑い出す。
「ははっ! 大した度胸よ。それか余程の阿呆か。無礼は不問としてやるから早々に立ち去るが良い。大通りに出れば女子も大勢行き交っておる。そっちで蛮行の続きにでも興じてこい」
「……いやいや、数打ちゃ当たるってのはどうも性に合わなくてね。どうせ声を掛けるなら街一番の美人に、と決めてるんだ。きっと君がそうだろ?」
「ふん、まだ言うか戯けめ。バカもそこまでいけば見上げたものじゃな。……名前は?」
「あぁ、これは失礼。俺の名前はローガン、旅の者だ。よろしくなクレシアちゃん」
「……ふん、気安くちゃん付けで呼ぶで無い」
そう言ってふてくされ向こうを向く彼女。
「ん? あぁそうか。初対面で呼び捨ても失礼だと思ってな。……で、本題だが。女の子が独り、こんな路地裏で何やってるんだ。午後のお散歩って感じでもなさそうだし。何か訳ありかと思ってな」
「……ふん。なんじゃ、随分と辛気臭いナンパじゃのう。……まぁ、そうじゃな、実は――」
クレシアがそかまで話したとき、広場に慌しい足音が近づいてきた。
足音と共に金属がぶつかり合うような音も聞こえてくる。鎧の音か。
「見つけましたよクレシア様!!」
そう言って騎士風の格好をした男が、部下と思われる数人の集団を連れて広場に駆け込んで来た。
俺達が座っているベンチの前に展開し、包囲する陣形を取る。
「……実はの、悪い奴らに追われておるのじゃ」
そう言って、子犬のような潤んだ瞳を俺に向けるクレシアだった。
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▷アーシアの裏通りに一歩入ると、そこには表通りの喧騒とはかけ離れた静かな住宅街が広がっている。
潮風の影響を受けにくい石造りの建物の間に、所々小さな公園がある。
買い物に疲れた際は立ち寄って少し静かに休ませて貰うのも良いが、道が入り組んでいるので迷子にならないよう注意!