e02-04 『ガイドブックに載ってないような地元の店が一番美味しかったりする』
メインストリートから外れ、小道に入るとそこにはいかにも裏道といった雰囲気の石畳の階段が続いていた。
人が2人すれ違うのがギリギリなくらいの細い道。
転ばないように気を付けながら、シロエの後に続き登っていく。
ふと目をやると、目下には先ほど通ってきたバザールの屋根が広がる。
その場に居た時も凄い数だとは思ったけど、こうして上から見ると町の一角が真っ白な布の屋根で覆われており、そのスケールの大きさに驚かされる。
その先には港が見える。
多くの荷物や人々が行き交い活気に溢れている。
そこから広がる穏やかな海は、少し傾きかけた太陽の光を受けまるでガラスの破片をまき散らしたかのようにキラキラと輝いている。
そんな景色を楽しみながら石段を登る。
登る……のぼ……どこまで続くんだ!?
かれこれ10分以上、結構な勾配の石段を登り続けどうにか広い道路に出た。
途中からは壮大な景色も、シロエの後ろ姿を眺める余裕も無くただただ足元を見て昇り続けた……。
「シ、シロエさん! か、回復魔法とか使えたりしますか!? 足腰が……死にそうです」
近場にあった手すりにもたれかかり、先を行くシロエに慈悲を求める。
そういえば今日は街道からほぼ歩きっぱなしだ。
トドメにこれ程のハイキングが待っているとは思ってもおらず、既に足がガクガク言っている。
「んー……もう少しだけ頑張れる? 多分この辺りで合ってるはずなんだけど……」
俺をその場に残し、キョロキョロと辺りを見渡して少し先の緩やかな曲がり角まで小走りで様子を見に行くシロエ。
そういえば、俺と同じだけ歩きっぱなしなのに意外と体力あるな……。
「あ! あった! “ルールシエル"! 魚屋のおじさんが教えてくれたお店!」
シロエが指差す先には、飲食店らしき店舗が一軒。
そんなに大きなお店ではないが、店の前はオープンテラスになっており店内の席と合わせると30人程は座れるだろうか。
高台というロケーションもありテラス席からは遠くに海が見渡せる。
清掃の行き届いた店先には小さなピンク色の花が咲いた花壇が並んでおり何とも雰囲気の良いお店だ。
「あ! このお花が"ルールシエル"かな? お店の名前の由来なんだって」
シロエが店先の花壇に屈み込み、ピンクの花を指先で触りながら続ける。
「『アーシアには“ルールシエル"が2つある。1つは海辺で見つかるピンクの小さな貝殻の名前。もう1つはその貝殻と同じ色のこの小さな花の名前。どちらも昔からある幸福のシンボルだ』って」
人差し指を立てて、自慢げに説明する。
「あら! 詳しいわね。格好からして旅の人かと思ったけど」
店の奥から現れた女性が、エプロンを外しながらシロエに声を掛ける。
歳の頃は40歳程だろうか。目元のホクロが印象的な綺麗な人だ。
「あ、ごめんなさいお仕事中に! 実は市場で旦那さんに教えて頂いて……」
「あら、そうなの? 普段こんな若くて可愛い子が来るようなお店じゃないから、鼻の下伸ばしてなかった?」
優しく笑いながら外したエプロンをテーブルにかけ、テラス席の1つに腰掛ける。
「いえいえ、そんな!」
シロエが慌てて両手を振る。
そんな様子を見て彼女はまたクスクスと笑う。
「でも、ごめんなさいね。せっかく来て貰ったのに丁度お昼の営業が終わったところで……」
店先の看板には"LunchTime 10:30~14:00"と書かれている。
店内にある時計を見ると現在14:30少し前。
こんなに雰囲気の良い店なのに客が全然居ないのが不思議だったけど、丁度憩時間だったのか。
「あぁ、そうなんですね。じゃぁまた日を改めて……」
そう言って残念そうに看板を見つめるシロエ。
「……あ! 良かったらお茶だけでも飲んでかない? 丁度休憩しようと思ってたとこなの」
「え! そんな休憩のお邪魔になりますし悪いですよ」
シロエが遠慮して両手を振る。
「気にしないで。わざわざこんな丘の上まで来て貰ったのに何にも出さずに帰すわけにはいかないわ! 夕方の買い出しまで時間もあるし、話し相手が欲しかったトコなの」
そう言って店の奥へ行ってしまった。
シロエがこっちに向かって視線を投げかける。
「いいんじゃない? せっかくのご厚意だ。街についても色々教えて貰いたいし」
「そ、そうかな。じゃあせっかくだし……。すいません! お言葉に甘えても良いですか!」
キッチンでお湯を沸かす店長に、大きな声で伝える。
「勿論! 座って少し待ってて」
元気な声が返ってくる。
―――――
テラス席に座らせて貰い暫く待つ。
店前の道は人通りも少なく静かだ。
スズメに似た小鳥がたまに道まで降りてきて何か拾って飛んで行く。
時折吹く海からの風が頬をなで、シロエの長い髪が揺れる。
のどかだ……。
つい半日程前に、よく分からん空間からこの異世界にダイブして、野盗に殺されかけたイベントの後とは思えない程のどかだ。
そんな事を考えながら遠くの海を見ていると、店長さんがお茶と焼き菓子の乗ったトレーを持って席に戻ってきた。
「お待たせ!」
そう言いながら、慣れた手つきでお茶とお菓子をテーブルに並べて、空いた席に座る。
紅茶のような良い匂がする。
焼き菓子もバター風の香りがしてとても美味しそうだ。
市場での様子といい、食の特性は元の世界と大差無いようで安心する。
「凄い! いい香りがします!」
シロエが長い髪を耳に掛け、紅茶に鼻を近づけて香りを嗅ぐ。
「そうでしょ! アーシアはお茶の貿易も盛んだからね。良質な茶葉がお手頃価格で手に入るのよ。冷めないうちにどうぞ」
「頂きます!」
真っ白なカップに口を付ける。
瞬間、茶葉の香りが口全体に広がる。
苦味は少なく、ほんのりレモンのような柑橘系の香りが残る。優しい飲み口だ。
「うん、美味い! 俺あんまりお茶とか詳しくないけど、何だか凄いホッとする味だ」
普段お茶なんてコンビニでとりあえず1番安いのを選ぶくらい無頓着だけど、そんな俺でも分かるくらいに美味しいお茶だ。
「ふふふ、"カーナルグラス"っていう紅茶で、ストレスや疲労を和らげる効果があるって言われてるの。だから仕事の合間に好んで飲む人も多いわね」
店長さんからお茶の話や街の事など教えて貰いながら穏やかな時間が過ぎていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▷アーシアの特産
アーシアでは葡萄酒と魚介類を堪能するのは勿論だが、機会があれば是非紅茶を味わって貰いたい。
茶葉の貿易も盛んで世界中から珍しい品が集まる。特に、特産の"カーナルグラス"は爽やかで優しい飲み口が特徴。子供から大人まで楽しめる逸品だ。
もう一つ、お土産に買って帰りたいのが『ルールシェル』
砂浜で見つかるピンク色が可愛い小さな貝殻で、それを小瓶に詰めた物が旅のお守りとして人気がある。
アーシアでは同じ『ルールシェル』という名のピンクの花も見られ、こちらは恋愛成就のお守りとして有名。
その2つ共に恋人の帰りを待つ乙女のおとぎ話があり、ロマンティックなアーシアのシンボルとなっている。