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KAYAFA: 0036

作者: 宮沢弘

 道端の茶屋で、その人は、疲れているように見えた。

「カイアファの子ヨセフですね?」私は向いに座り、そして訊ねた。

「いかにも」重々しい声で、その人は答えた。

「あなたがやり遂げたこについて、」私はその人の手を握りながら言った。「教えてください」

 その人は、立ち上がり逃げようとしたが、その人の手を握っている私の手からは逃れられなかった。

「どこからどこまでが、あなた方の計画だったのですか?」

「君は…… ローマ人には見えない」

「私はローマとはなんと関係もありません。私たちは、エジプトよりも古い。さぁ、教えてください。どこからどこまでが、あなた方の計画だったのかを」

 その人は大きく息を吸った。

「君は…… どう思っているのだろうか?」

「おそらくは、始まりは偶発的だった。しかし、最後の数年は入念に練られた計画ではないかと」

 その人は、私の目を凝視めた。

「始まりは、この地の神殿だったのかもしれない。父から聞いたのだ。神を父と呼ぶ子供が、そこにいたと」

「それで計画を思いついた?」

「まさか、」その人は、大きく首を振った。「ただの子供だ。だが、我が民は求めていた。我が民の王を。だからなのか、病気なのか、それとも悪魔憑きなのかはわからない。その頃は既に、そういう子供も大人も珍しくはなかった。それでも、私の記憶に残ったことだけは確かだっただろう」

「それが、いつ計画に?」

「いつなんだろうな…… ピラトが総督になり、水道工事の際だったと思うが。我が民は強く反対した。そしてどうなったと思う?」

「たしか、兵が民の中に入り、殺戮を行なったのではありませんか?」

「そのとおり。我が民の歴史は、迫害の歴史だった。どうか教えて欲しい。神との契約に疑いを持つことは、それほどいけないことだろうか?」

「私は…… 私たちは、その判断を下す立場にいません」

「いや、判断を下して欲しい。私はただの異端者だったのだろうか?」

「私たちは、書き記すだけです」

「書き記すということは、私とのこの対話もかね?」

「えぇ」

「では、こうしよう。私に答えなくてもいい。君が書き記すものに、答えを書いて欲しい」

「わかりました。それは約束しましょう。しかし、私が書き記したものは、公にはならないかもしれません」

「それでもかまわない。ただ、君が答えてくれるという約束が、私の罪を軽くしてくれるように思う」

 その人は指を鳴らし、茶を一杯ずつ注がせた。

「計画の始まりは、ある結婚式のしばらく前だった。実際に始めるのは、もうすこし後の予定だったのだが。彼の人の母上の強い希望により、前倒しせざるをえなくなった。結婚式に運び込むワインを少なくし、奇跡のためのワインも確保しておいた。ただ、彼の人にはその場で伝えるしかなかった」

「そうやって奇跡を作った?」

「そうだとも。君は奇跡というものを信じるかね? 起こり得ないことだ」

「では、その後の奇跡も?」

「すべて仕込みだよ。始まりがあり、盛り上がりがある」

「そして終わりも?」

「そのとおり」その人はうなずいた。「終わりこそ重要だ」

「その終わりは、彼の人も知っていたのですか?」

「知っていたさ。私と彼の人と、あと何人かで打ち合わせ、計画し、実行したのだ」

「ピラトもそこに?」

「いや、ピラトは別だ。あの性格だ。彼の人が我が民の王だと言っていると私が言えば、それはローマへの反逆に繋がる。ピラトとは打ち合わせなど必要ないと考えていたし、実際にそうだったな」

「弟子の裏切りはどうだったのですか?」

「ユダとペテロかね?」

「えぇ」

「二人とも仲間だった。考えてみて欲しい。語り継がれる物語りにはなにが必要だろうか? 終わりが必要だし、終わりこそ劇的でなければならない。彼の人の栄光で終ったのでは劇的ではない。それでは語り継がれない。そして、彼の人を光とするなら、彼の人の影が必要だ。影は常に寄り添い、思わぬ形で現われる。どうだね? 劇的ではないかね?」

「彼の人の弟子である必要はあったのですか? たとえば、彼の人に以前から対抗する教えを説いていたような人物ではどうでしょう?」

「それが真に劇的かを考えて欲しい。私たちは、彼の人も含めて、それでは真に劇的であるとは考えなかった」

「一人、自らを殺めていますが、それも計画だった?」

「いや、あれは…… あれだけは計画ではなかった。そうなった罪は…… すべて私にある」

「彼については、どういう計画だったのですか?」

「ペテロの役割を彼が果たすはずだった。強く後悔し、改心し、影が光になろうとする。そういう計画だった」

「つまり、彼は弱かったと?」

「違う。断じて違う。彼にはなんの咎もない。すべての罪は私にあると言っただろう? だが、こうも思う。光が失なわれたなら影も消える。それが道理とも言えるだろう。私たちは、それすらも利用しようとしている。その上で繰り返そう。すべての罪は、私にある」


 そうして、翌日も、そのさらに翌日も、私はカイアファと話した。

 最後に、私が書き記す答えを埋める部分を残し、カイアファの署名と血の印も。


  * * * *


 カイアファとの約束である。彼らの計画と行動は、異端と責められるものだろうか? 私は、それに答えなければならない。

 彼らは、彼らの民に対して、よりよい社会を求めようとした。最低でも一人の命を犠牲にする計画であり、結果として二人の命を犠牲にした。それは、時間をかけて行なわれ、計画を立てて行なわれた。これは責められるものだろうか?

 カイアファとの約束を、私は破ることになる。これは一人の人間が判断を下していいものではない。私はこう答えることしかできない。

『わからない』


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