3話
最初考えていたよりも長くなってしまった……
あれからしばらく経ち、俺はナーシスが住んでいる村「ノカ村」で用心棒……という名の何でも屋として働いていた。
事の経緯はこうだ。
ナーシスに今俺たちが住んでいる大陸アザムルドは王国と帝国の2国に分かれており、帝国は貴族による分領政治であるのに対し王国は王政に全政権が集まっていること。大陸の2国の他に大陸と帝国の領海以外を支配している海上国家があることを教えてもらった。今俺たちがいるのはアザムルドの王国領土だそうだ。ちなみに海上国家より更に遠く、東の果てにも国があるらしいが、大陸の2国も、海上国家もそことは交流していない上に、その国から来たという人が滅多にいないためそもそも存在しているかが怪しいらしい。
そういった事の他に様々な迷信やこの国の宗教、文化などをナーシスから教えて貰い、しばらく話した頃には日は完全に昇りきっていた。
「それじゃあそろそろ行こうか」
そう言ってナーシスが立ち上がる。俺も立ち上がり歩き始めるナーシスの後ろを着いていく。ふむ、先程までは海も空も昼と夜では変わって見えるものだな。
「そういえば砂浜で目覚めたって言ってたけど、具体的にどの辺か覚えているかい?」
いや、どこか分からないな。2時間3時間程歩いたから結構離れている上に目印らしい目印もなかったから多分行ってももう倒れていた痕跡も消えていると思う。
「ん、そっか。少しでも君が誰なのかというヒントがあるかもしれないと思ったんだけど……」
まぁ、仮に分からなくても問題は無い、多分。記憶がなくても自分は自分だし。
「ポジティブだねぇ……そういう所は羨ましいね」
そんな風に何気ない事を雑談しながら歩く事しばらく。海岸沿いにひかれていた道は森の中へと続いていき、なぞって行くと一つの村へとたどり着いた。
「ここが私が住んでる場所、ノカ村。別名狩人の村だよ」
狩人の村。響きが物々しいな。
「まぁ、名前の通りだよ。代々この村は狩猟で成り立ってるの」
成程、名前のまんまだな。
「この辺りは野生動物が他と比べて昔から多くてね。おかげで食べるのには困ってないんだよ」
野生動物が多い、かぁ……。肉食獣とか大丈夫なのだろうか。
「獣避けの仕掛けとかは施してあるから滅多なことがない限りは村に入ってくることは無いよ。寝ずの番は立ててるしね」
さすがに対策されてるか。よく良く考えれば狩猟で成り立っている村がその辺の対策をとってないわけが無いか。
「まぁ、今回の件みたいに縄張りを追い出された動物が入ってくることもあるけどね。そういう時は私とか、私以外の狩りに慣れてる人が原因を調べて、入り込んできた動物を狩ったり追い出したりするんだよ」
はー……。考えてみるとナーシスは元々あのリザードマンを狩るために来てたんだからそれなりの腕があるわな。
「まぁね。あれくらいの大きさのやつなら何回か仕留めたことがあるし」
……それはちょっと予想外だった。
「さすがに君みたいに素手じゃ無理だけどね」
個人的には二度としたくない。
「あはは……それだけ傷だらけになってもう1回同じことしたいっていう人はいないと思うよ」
無意識のうちに水の魔術を使ってなかったら死んでたのは自分だろう。恐ろしい相手だった。
「さて、入口で話し込むのもなんだからとりあえず村長の所に連れていくよ」
ナーシスに案内されこの村の村長の家へと行く。狩人の村ということだし、恐らく村長も狩人なんだろう。多分傷だらけの齢70ちょっとでありながら未だに現役の屈強なご老人を思い浮かべて、開けられた扉の先にいたのは。
「えーと……どこにしまったっけな……参ったな、あれがないと困るんだけど……」
物が散乱して埃が舞っている中で必死になって何かを探している男性の姿だった。
……思ってたのと違う。
「村長、ただいま」
「あぁ、ナーシス君!帰ってきてすぐで申し訳ないが捜し物を手伝ってくれないだろうか!」
「またかい?」
「確かに棚の中に入れたはずだったんだけどね。みつからなくてさぁ……」
「はぁ……これで何回目だい?」
「僕も好きで無くしている訳では無いんだけどねぇ……」
えぇ……これがしょっちゅうあるのか……
「村長、物を探すのもいいんだがその前にお客人に挨拶をしてもらいたいんだけどね?」
「ん?」
村長と呼ばれている人が顔を上げてこちらを見た。
「あぁ!いや済まない、みっともないものを見せてしまったね。今お茶を用意するから好きなところに座ってくれ」
そう言ってドタバタと散乱した物を蹴飛ばしながら別室へ歩いていく村長。
座ってくれって言われても散らかった物で椅子は埋まっているんだが。
「あぁ、適当にどかして座っていいよ。片付けたところでまたこんな風になるからね」
そう言いながらナーシスは乱暴に本が積まれた椅子を引っ張り出してどかっと座り込む。それでいいのか……
とりあえず自分も椅子から服やらなんやらが積まれた籠をどかして座る。しばらくするとカップを持った村長が戻ってきて俺とナーシスにカップを渡し、ものが山積みになった机の上に座る。
「いやはや、どうにも物の整理というものが苦手でね。片付けようとしたら更にひろがしてしまった上に物を紛失してしまってね。それを探していたらご覧の通り、自分だけじゃどうにも出来なくなってしまった」
笑いながら話すことじゃないと思うんですがそれは。この人の生活はそれで大丈夫なのだろうか。
「おっと、申し遅れたね。僕はアーディス・ライヘン。このノカ村の村長を努めさせてもらってるよ。最も、僕は狩りの才能は全くないんだけどね」
「村長が弓を持つと何故か矢が反対に飛んで、ナイフを持つと自分の手を斬るからね……」
それはもう才能がないとかそういうレベルじゃないと思う。
「ナーシス、この人はどうしたんだい?」
「先日話したリザードマンを狩りに行ったら彼が血塗れで倒れていてね。 話を聞いてみたらなんと素手でリザードマンを仕留めたって言うから」
「それは凄いね」
「ただ、どうにも記憶喪失らしくてね。自分の名前とか出身がさっぱり分からないらしいんだ」
「そうなのかい?」
アーディス村長がこちらを見てくる。俺は1度頷いて、自分がナーシスに助けてもらうまでの事を話した。
「それは大変だったね……これからどうするんだい?」
「それなんだが、村長」
ナーシスが若干身を乗り出しながら話す。
「彼をこの村の用心棒として雇わないかい?」
「用心棒?」
「うん。魔術がそれなりに使えて、度胸もあり、ある程度力もあるんだ。少なくとも雇っておいて損は無いと思うよ?」
なんかプローデュースされてる。いつからナーシスは俺の担当プロデューサーになったんだろうか。いやまぁ、自分で雇ってくださいとか言っても雇う利点を話せる気がしないのでむしろ有難いのだが。
「ふむ……」
「別に用心棒って言っても、実際の仕事は何でも屋って事で雇ってもいいだろう。村長の家の片付けだったり、村の畑仕事の手伝いだったり……人手がいる仕事がこの村は結構多いだろう?」
おや、ちょっと労働内容が増えたかもしれない。そもそも用心棒って何すればいいのか分からないから増えたのか減ったのかわかんないけど。
「うーん……ナーシス君がそんなに言うんだったら、雇ってもいいかもね。ちなみに君自身からは何か言いたいことあるかい?」
しいえて言うなら衣食住だろうか。食事はかかせないし、せめて雨風をしのげる程度の場所は欲しい。寝る時に野ざらしは辛い。服に関しては出来ればで良いのだが、血が染み込んだ服をずっと着ておくのは少々辛い。
「なるほど、わかった。後で宿屋の旦那さんに連絡を入れて、部屋の一室を貸し切りにしてもらうよ。食事はその宿屋で取ればいい。服は僕の着てないやつでサイズが合うのがあればそれをあげようじゃないか」
あ、ひとつくらいはないだろうと思って提示したら全部の条件を満たしてくれた。これだけしてもらうのだ。断る理由もない。元々断る気もなかったけど。
「ただし、条件がある」
まぁ、無償でこんな高待遇受けれるわけが無い。どのような条件だろうか。
「何、村の仕事の手伝いをして欲しいと言う事さ。狩猟、畑仕事、僕の家の片付け、内容はなんでもいい」
何でも屋として雇われるのだ。最初からそのつもりだった。
「そうかい?それじゃあ契約成立だ」
そう言ってアーディス村長は立ち上がり、右手を差し出してきた。俺もそれに倣って右手を差し出す。
こうして、俺のノカ村での暮らしが始まった。