旅ゴリラ
1
むかしむかし、あるところに、ダンベルをもったお兄さんや、バーベルをかついだお姉さんが、たくさん集まっていました。
お兄さんやお姉さんは、そこで筋肉を育てていました。
筋肉に語りかけ、ときどき叫び声をあげながら、楽しく汗をかきます。
気分は爽快です。
自分にも周りにも、ほめ言葉を投げかけます。
明るい笑顔で、鏡に向かってポーズを決めれば、ほめ言葉が飛びかいます。
最高の気分です。
ときどき新しい人もやってきました。
若い人はもちろん、おじさんやおじいさん、おばさんやおばあさんたちもやってきましたが、ひときわムキムキのお兄さんたちが先生となって、お兄さんやお姉さんに仕上げてしまいます。
古い人も新しい人も、みんな仲良しでした。
自前のドリンクを自慢し合う、美しい光景が広がっていました。
2
あるとき、一頭のゴリラがやってきました。
ふらりとあらわれた旅ゴリラは、集まっていた人たちに、
「バナナはあるかい?」
と、たずねました。
ゴリラの肉体美に目を奪われていた、お兄さんやお姉さんたちは、もちろん置いてあったバナナを、大声で騒ぎながら、あるだけ手渡しました。
「いいバナナだ。こんな上物をいただいておいて、このまま立ち去るわけにはいかないな」
一本食べても冷静なゴリラ。
そのまわりには、落ち着いていられない人たちがいます。
いったい何キロのダンベルを持てるのだろう?
何キロのバーベルをかつげるのでしょう?
ゴリラは穏やかな態度を保ったまま、人々の期待にこたえて、パフォーマンスをつづけました。
希望する人たちには、筋肉にさわらせてあげました。
嵐のような熱狂をつくりだしました。
3
ゴリラは残ったバナナをもって旅立ってゆきましたが、その後、何日も何日も、お兄さんやお姉さんの興奮はつづいていました。
そして、事件は起こりました。
とあるお兄さんの、筋繊維がズタズタになるという、いたましい事件でした。
なぜ?
だれが?
どうやって?
そのすべてを、お兄さんやお姉さんたちは知っていました。
わかっていながら、止めることができなかったのです。
犯人を責めることはできませんでした。
そこにはただ、過ちを悔いるお兄さんがいて、泣き虫なお兄さんやお姉さんがいて、なぐさめ励ましあう、素敵なお兄さんやお姉さんがいるだけでした。
4
むかしむかし、あるところに、ダンベルをもったお兄さんや、バーベルをかついだお姉さんが、たくさん集まっていました。
お兄さんやお姉さんは、そこで筋肉を育てていました。
筋肉に語りかけ、ときどき叫び声をあげながら、楽しく汗をかきます。
気分は爽快です。
自分にも周りにも、ほめ言葉を投げかけます。
明るい笑顔で、鏡に向かってポーズを決めれば、ほめ言葉が飛びかいます。
最高の気分です。
古い人も新しい人も、みんな仲良しでした。
自前のドリンクを自慢し合う、美しい光景が広がっています。
壁の高いところに、
『ゴリラ』
と書かれた標語が飾られていましたが、いまひとつ、意味はわかりません。