【3-1】
キャスティナは、忙しい毎日を過ごしていた。結婚式の日取りが決まったので、準備が始まったからだ。ドレス作り、招待客のリスト作り、招待状作り、式の後のお披露目会の準備、あげ出すと切りがない。ドレス作り一つ取ってみても、デザインを決めて布地を決めてレースを決めて刺繍を決めて、決める事が多すぎてキャスティナは毎日があっという間に過ぎて行った。
アルヴィンに話をしてから、その後まだ会っていない。王宮にあまり近づきたくない事もあるが、騎士団に遊びに行く暇が本当にないのだ。キャスティナは、あの時この人なら癒しの力を上手く使ってくれるのではと直感で感じた。あの強さを目の当たりにして、人柄も自分の好みだった事もある。信用してもいいと思った。
もう、自分一人だけで抱えていられない。キャスティナは、誰かに自分の話を聞いて欲しくてたまらなかった。アルヴィンは、誰かに負ける事をよしとしない人。誰かに負けて傷を負うイメージが思い浮かばない。そんな人なら、キャスティナの力に頼る事をしないのではと考えた。
エヴァンに全てを話す事も考えたが、騎士として命をかけて仕事をしてる人に話すのは戸惑いがあった。危険に直面した時に、最悪キャスティナの力を使えば、といった事を考えて欲しくなかった。どんな時でも、隙を作って欲しくなかった。キャスティナの考え過ぎかもしれない、話したって大丈夫なのかもしれない。でも、それを誰かに相談したかった。もう、自分一人で考えて判断するのに限界を感じていた。
きっと、今までと違って尊敬出来る人がいて、信用出来る人もいる。大切な人も沢山できてしまった。今まで、誰にも頼れなかった環境と違って、大切に守られていると誰かに寄りかかりたくなっている。
弱くなってしまった。なんて弱くなってしまったんだろうと、自分の部屋のソファーに座っていたキャスティナは、天井を仰ぎ見た。
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それから数ヶ月過ぎたある日、エヴァンが珍しくなかなか帰って来なかった。夕飯を食べて、寝る時間になっても帰って来ない。キャスティナは何かあったのではないかと心配していた。お義父様もお義母様も、キャスティナが来る前はこのくらいの時間に帰って来ないなんて当たり前だったのよ。だから心配しなくて大丈夫よっと言ってくれたが、何故だかキャスティナは胸騒ぎがしてしょうがなかった。
寝支度を整えてベッドに入っても、エヴァンが心配で眠りにつけなかった。ベッドに入ってからどれくらいたっただろう?キャスティナの部屋の扉を叩く音が聞こえた。
コンコン
「キャスティナお嬢様、起きてらっしゃいますか?」
リズの声だった。
「起きてるわ。入ってきて」
失礼致します。とリズが部屋に入って来た。
「どうしたの?何かあった?」
キャスティナが、ベッドから起き上がりリズに聞く。
「それが、クラウス様がキャスティナお嬢様を迎えに来てるんです。何でも、アルヴィン隊長からの指示だそうです」
リズが、困惑した様子でキャスティナに話している。キャスティナは、ヒュッと息を呑んだ。来た·····。まさか、こんなにも早く呼ばれる事になるなんて·····。そこで、キャスティナはハッと気づく。エヴァンが帰って来ていない事を。まさか、エヴァン様が·····。キャスティナが、明らかに動揺している。
「キャスティナお嬢様。どうしました?大丈夫ですか?」
リズが、キャスティナに駆け寄る。キャスティナは、しっかりしろと自分を震い立たせる。急がないとっと勢いよく、立ち上がる。
「リズ!私が実家から持ってきた、水色のスーツケースを出して。それと悪いんだけど、急いで出掛ける準備を。クラウス様にもすぐに行きますと伝えて」
「はい。まず、リサを呼んで来ます」
リズが慌ただしく動き出す。キャスティナも、着替える為にクローゼットを開けてカーディガンを二枚出す。リズが戻ってきて、スーツケースを出してくれた。キャスティナは、スーツケースから水色のワンピースとグレイのマントと白いカバン、ペタンコ靴を出した。
これを着る日がまた来るなんて·····。と頭をかすめたが、感慨に耽っている時間はないと急いで着替えた。ワンピースの上から先ほど出した、カーディガンを羽織る。流石にもう、ワンピース一枚で過ごせる季節は終わっていた。もう一枚のカーディガンは、スーツケースの中に仕舞う。
リズがお化粧と髪をやらせて下さいとつげる。キャスティナは、必要ないと突っぱねたが、せめてお化粧だけは軽くでいいのでやらせて下さいとリズが譲らなかった。とにかく、急いでとキャスティナは約束させて、手早く化粧をさせた。
準備が出来たキャスティナは、急いで玄関に向かう。スーツケースは、執事のフィルが運んでくれた。玄関に着くと、何事かとお義父様とお義母様が出てきていた。
「キャスティナ、その格好は何なの!」
お義母様が、怒っている。
「申し訳ありません。帰って来たら、必ず説明します。行かせて下さい」
キャスティナは、絶対に行かせてもらうと言う強い目でシンシアを見る。
「キャスティナ、必ず帰って来なさい」
と、デリックがキャスティナに言った。キャスティナは、泣きそうな顔で笑う。
「はい。ありがとうございます」
キャスティナは、それだけ言うのがやっとだった。
「クラウス様、行きましょう」
キャスティナは、後ろを振り返る事なく馬車に乗り込みコーンフォレス家を出ていった。




