【2-9】
食事を終えたキャスティナは、自分の部屋に戻る。先程、お義母様に言われた予定を侍女二人に確認する。午前中は、ドレスの採寸をしにドレスショップの仕立屋が来てくれる事。午後は、フィルに屋敷を案内してもらったら夕飯までは好きに過ごしなさいと言われた事を話した。二人にも伝言があったようで、既に知らされていた。
キャスティナは、先程お義母様に言われた事を考えていた。昨日この屋敷に来てから、ゆっくりする時間なかったでしょうと。午後は折角なので、ルイスに手紙を書こうと決めた。その事も、リズリサに伝えておいた。
程なくして、フィルが仕立屋を部屋に案内して来た。入って来た仕立屋は、女性には珍しく肩の辺りで髪をばっさり切っている。メジャーを肩から垂らし、目に力のある一度会ったら忘れられないタイプだった。
「初めまして。ドレスショップ シャインのエリカと申します。この度は、コーンウォレス侯爵子息様とのご婚約おめでとうございます」
「初めまして、キャスティナ・クラーク・エジャートンと申します。ありがとうございます。本日は、よろしくお願いします」
キャスティナは、ニコリと笑ってお辞儀をした。
「では、さっそくですが始めましょう」
リズとリサは、手早くキャスティナのドレスを脱がせて下着にする。鏡の前に立たせて、エリカが細かく採寸していく。人の全体像が書いてある紙に、どんどん記入していく。採寸が終わって、リズリサがドレスを着替えさせる。その後はエリカさんとソファに座り、キャスティナに色々な質問をしてきた。好きな色や、好きな飾り。好きなドレスの形など。キャスティナは、今までドレスを着る機会が少なかった為、流行など全くわからずしどろもどろ……。
「キャスティナ様は、あまりドレスにご興味がないのですか?」
今まで出会った、貴族のご令嬢とは違ってドレス作りに消極的なキャスティナに疑問に思ってエリカがキャスティナに質問する。
「あの、興味が無いわけではないです。今まで着飾る機会がなかったので、自分にどんな色が合うのかとか良くわからなくて……。それに地味で可愛くもないですし……」
「えっ?地味で可愛くない?」
エリカは、びっくりする。前に座っている女性は、地味どころか明るくて可愛らしい女の子にしか見えない。
「本当に恥ずかしいんですが……。今まで夜会に着飾って出席ってした事なくて……」
キャスティナは、恥ずかしくて俯いてしまう。エリカは、その発言にもびっくりする。こんなに可愛いのに?
「では、私がキャスティナ様に相応しいドレスをお作りします。任せて下さい。明日のご来店お待ちしておりますね」
「はい。よろしくお願いします。楽しみです」
キャスティナは、溢れんばかりの笑顔をエリカに向ける。エリカは、やる気に満ち溢れる。私が、どんな令嬢も蹴散らすくらい、可愛くしてさしあげよう。そう思いキャスティナの部屋を後にした。
エリカが部屋を出ていった後、キャスティナはソファに座ってぼんやりとしていた。リサが心配した顔で、キャスティナに声をかける。
「お嬢様、大丈夫ですか?お疲れのようですが」
「違うのよ。私、考えたら採寸してもらったの初めてなのよ。あんなにたくさんの箇所を計るのね。ちょっとびっくりしたわ。ああ、でも小さい頃はあったのかしら?残念だけど、覚えてないなぁー」
キャスティナは、昨日からの事をぼんやりと思い返す。
「ここに来て、初めての事とか嬉しい事ばかりね」
誰に言うつもりもなく、ぽろっと言葉がこぼれた。侍女二人に、なんとも言えない気持ちが押し寄せる。どんな生活をしてきたのだろうと疑問ばかりだが、ここにいらしたからには自分達がしっかりキャスティナお嬢様のお役に立とうと改めて強く思った。寂しい雰囲気を断ち切るように、リズが声を出した。
「お嬢様。お昼は、お屋敷でお仕事されているジェラルド様が一緒に食べようとおっしゃっていますが、いかがなさいますか?」
「本当‼もちろん、一緒に食べたいわ」
そうと決まれば、ダイニングに行こう。ここにいても、特にやることないし。ダイニングに行ってお義兄様を待ってよう。キャスティナは、ダイニングに向かった。ダイニングで、ぼんやり考えに耽っていたらノックの音とともにジェラルドが入って来た。
「ごめんね。待たせちゃったかな?」
「いえ。ジェラルドお義兄様を待ってたので、大丈夫です」
キャスティナは、待ってた人が来たという満面の笑みでジェラルドに言う。
「ふふふ。キャスティナ、それじゃー、クリアと同じだよ」
朝のお義父様と同じ事を言われた。はっ、また私ったら。恥ずかしい。しょぼーんとするキャスティナ。
「それ、朝もお義父様から言われました」
「そうか」
ジェラルドは、笑っている。気をとり直してジェラルドは、真剣な顔でキャスティナに話し出す。
「あのね、キャスティナ。ヒューから両親にキャスティナの話がある時に、私も同席させてもらったんだ。だから、大体理解はしてるつもりだよ。まだ来たばかりだから不安もあるだろうけど、何かあったら誰でも良いから言うんだよ」
「はい。ありがとうございます。あの、お義兄様。私、自分が思ってたよりずっと家族に憧れてたみたいで……。お義母様もお義父様もお義兄様もお義姉様も、昨日初めて会ったばかりなのに私を家族として受け入れてくれて、それが嬉しくて嬉しくて……。感情が抑えられないみたいで、小さな女の子みたいになってしまって恥ずかしいです……。みんな呆れてないですか?」
最後は、小さな声になってしまいおずおずとジェラルドの顔を見る。ジェラルドは、義妹とは言えこんなに可愛くて大丈夫だろうか?と頭を抱える。父上じゃないけど、これは心配せざるを得ない。
「キャスティナ、みんな呆れてなんてないよ。みんな可愛がりたくなってるだけだよ。表情がクルクル変わって可愛いからね」
「早く、落ち着きたいです。私、家の中では存在感を極力なくしてて、家族に会わないように行動してたんです。家族の中に私の居場所はなかったし。だからと言って、使用人達がいくら良くしてくれても、主の娘という壁はあるわけで……。いつも、自分一人で生活してるみたいで。だから、ここに来たら最初から私を家族の中に入れてくれて……。それを感じる度に泣きそうになって……私、お義兄様って凄く憧れてたんです。もちろんお義姉様もです。上の兄妹に憧れてて……ふふふ。ごめんなさい。何言ってるのか、わからなくなってます。えっと、とにかくもう少ししたら落ち着くはずです」
「そうか。別に家族の前では無理しなくて、そのままのキャスティナで大丈夫だよ。ただ、外に出た時は警戒心を持たないとダメだよ。世の中、悪いやつも沢山いるからね」
ジェラルドが優しい眼差しで、キャスティナに言った。ジェラルドは、キャスティナの話を聞いて納得した。家族の中にいるキャスティナは、皆をキラキラした眼差しで見つめて本当に嬉しそうで。でも、どこかすぐに壊れてしまいそうな脆さもあって。この可愛い義妹を、みんなで大切にしようと心に決めた。




