【3】
キャスティナは、馬車に揺られてエジャートン家の屋敷に戻っていた。
「全く。どこに行ってたのよ。貴女の姿が見えないからいつまでも帰れなかったのよ!」
そう声を荒らげているのは、キャスティナの義母である、アデル・クラーク・エジャートン子爵夫人。ピンクの髪に気の強そうな赤い目で、キャスティナを睨み付ける。
「申し訳ございません。お義母様。化粧室に行っていたら混んでてなかなか戻って来れなくて」
「アデル、もういいだろう。帰って来てるんだから。それよりも、ルイスに何か良い縁談はなかったのか?」
キャスティナの父である、ハロルド・クラーク・エジャートン子爵は、煩い妻に呆れたように言った。
子爵の髪色は、キャスティナと同じ黒。瞳の色は、濃い茶色。体はがっちりとしていて、太め。いつも憮然とした表情をしている。
「もう、あなたはキャスティナに甘いんだから。しっかり後で叱っておいてよね!ルイスの事だって、もっとあなたが必死になって良い縁談を探してくれなきゃ困るのに。今日一日で見つかる訳ないでしょ‼」
アデルはイライラしながら、夫に言葉を投げつけた。
ハロルドは、やれやれと内心呆れるばかり。ハロルドが見つけて来た縁談は、アデルが難癖付けて良しとしないからだ。だが、ルイスはまだ9才。社交界デビューもしていないので、まだまだ時間はたっぷりある。それよりも、18才になってもまだ婚約者もいない、キャスティナの方が先なんだがなと心の中で呟くのだった。
屋敷に着くと、父のエスコートで母が馬車から降りそのまま二人は門に向かって歩いて行ってしまう。馬車に残ったキャスティナは、一人慣れた手つきで馬車から降りる。屋敷の扉に到着する頃には、父も義母もそれぞれ自分の部屋に向かって階段を上っている。
扉の前で待ち構えていた、執事のダンに「お帰りなさいませ。お嬢様」と声をかけられた。
ダンは、我が家の執事でお父様が生まれる前からいるらしい。髪の色が灰色で、少し白髪がまじっている。瞳の色は、黒でスラッとした体型だ。キャスティナに向ける視線は柔らかい。
「ただいま、戻りましたダン。疲れたから、部屋に戻って湯浴みしたら寝るわね」
「かしこまりました。湯浴みの準備は、メイドに頼んだので大丈夫です。お休みなさいませ。お嬢様」
「ありがとう。ダン。おやすみ」
そう言ってキャスティナは、自分の部屋に向かう為に階段を上って行った。
部屋に着くと、自分でドレスを脱いで湯浴みをする。メイドが用意してくれただろう、夜着と下着に手を通しベッドに倒れこんだ。本来ならば、貴族令嬢であるキャスティナには侍女がいるはずで着替えや湯浴みは侍女に手伝ってもらうはず。しかし、義母に疎まれているキャスティナは5年前に侍女を取り上げられ、自分の事は全て自分で出来るようになっていた。やらざるを得なかったと言った方が、正解かもしれないが·····。
今日は、色々な事がありすぎて疲れたわ。本当なら、髪を乾かさなきゃいけないんだけど今日はもう無理·····。キャスティナは、布団に潜り込み目を閉じるとすぐに意識を手放した。