【16】
馬車が止まった気配で、エヴァンは目を覚ました。自分でもびっくりしたが、キャスティナと一緒に二人で眠ってしまったらしい。エヴァンは、近衛騎士として働いている為体力はある。何よりいつも気を張っているので、馬車の中で居眠りなんて普段しない。参ったな。キャスティナといると、どうしても気が緩むみたいだ。少しだけ離れてから、キャスティナに声をかけた。
「キャスティナ着いたよ。起きられる?」
キャスティナは、はっとして目を覚ます。
「やだっ。私、寝ちゃってた。ごめんなさい」
キャスティナは、居ずまいを正しエヴァンのエスコートで馬車から降りた。馬車から降りると、目の前に立派なお屋敷が建っている、こっこれが別宅なの?本当に?周りを見ると、どこの屋敷も立派は建物ばかり。これが、高級住宅地なのね·····。キャスティナは、圧倒されるばかり。
我国の名前は、フォルトゥーナ国。首都ローズを中心に4つの地区に分かれている。私達が住んでいる首都ローズは、中心に王宮があり王宮に近いほど身分の高い者が暮らし、王宮から一番離れた所に平民が暮らしている。コーンウォレス侯爵家のお屋敷は、王宮から一番近いエリアに位置していた。キャスティナのエジャートン子爵家は、下級貴族よりの中級貴族。改めて考えると、自分の置かれている状況に場違いさを感じ居た堪れなくなる。
「キャスティナこっちだよ」
エヴァンがキャスティナをエスコートしたまま、屋敷の扉に向かった。扉の前には、執事らしき人物が扉を開けて待っている。
「おかえりなさいませ。エヴァン様」
「ただいま。ヒュー。こちらは、私の婚約者のキャスティナだよ」
「はじめまして。キャスティナ・クラーク・エジャートンです」
軽く膝を折って挨拶する。
「可愛らしいお嬢さんですね。お待ちしておりました。私に一番最初に紹介して頂けるなんて、光栄ですエヴァン様。後で、皆様にお伝えに行かなくては」
執事のヒューは、からかうようにエヴァンに言う。
「よけいな事を言わなくていい。それより、ゆっくり話をしたいから居間に通してもらえるか?」
「かしこまりました。こちらにどうぞ」
ヒューは、居間へと案内する。キャスティナは、屋敷の中に入るとまたしても息を飲む。すっ素敵過ぎる。玄関を入ってすぐに大きな階段があり広いホールのような空間になっている。屋敷内に置かれている調度品の数々は、一級品ばかり。エヴァンの一人暮らしだからだろうか、全体的にシンプルでシックな雰囲気となっていた。
居間に入ると、三人で座っても余裕のあるソファーが部屋の中央に置かれている。あー、いちいち素敵だわ。もう何か驚き過ぎて、そろそろ私の心のキャパを越えるんじゃ……。一回落ち着こう。キャスティナは、ソファに腰かける前に化粧室に案内を頼んだ。
「あー、もう限界だよ。疲れたよ。家に帰りたい。緊張するし。ドキドキするし。しかも寝ちゃうし……はぁー」
キャスティナは、大きな溜息を吐く。一息ついてキッと顔を上げ、洗面台に映る自分の顔を見る。これから長い話をする事になる。きっとエヴァン様にとって楽しくもない話をするんだ。気合いを入れないと!パンと自分の顔を叩いて気合いを入れる。
「よし。大丈夫。頑張ろう」
キャスティナは、居間に戻って扉を開ける。エヴァンが気づいて、こっちに座ってと手招きする。予感は、してたけどやっぱり隣だよね……。キャスティナは、あきらめてエヴァンの隣に腰かける。それと同時に、ヒューがお茶とお菓子をカートに乗せて居間に入って来た。ソファの前のテーブルに置いてくれる。
「ヒューありがとう。いただきますね」
キャスティナは、笑顔でヒューにお礼を言うとカップに手を伸ばして紅茶をひと口飲んだ。
「美味しい。美味しいです、エヴァン様」
キャスティナは、目をキラキラさせて喜んでいる。
「何て言うか、キャスティナは何でも喜んでくれるからうれしいね。それに、使用人に声をかけるのも珍しいよね」
「すっすいません。ダメなんですか?わからなくて、ごめんなさい」
キャスティナは、シュンとして紅茶に目を落とす。
「いや、ダメじゃないけど。客として来て、屋敷の使用人に、声をかける子は初めてだったから。ねえ、ヒュー」
エヴァンは、ヒューの方を見る。
「そうですね。キャスティナお嬢様の笑顔に撃ち抜かれました」
ヒューは、真顔で答える。
「えっ?撃ち抜かれる?」
キャスティナは、よく意味がわからずに動揺する。
「キャスティナは、気にしなくていいから。おい、ヒュー。よけいな事ばっかり言うんじゃない!」
「キャスティナお嬢様。お礼を言われてうれしいですよって事なので、大丈夫ですよ」
ヒューは、にっこり笑顔でキャスティナを見る。キャスティナは、それを聞いてホッとする。でも、よその使用人に気軽に声はかけたらダメって心にとめておく。
「まったく……。では、先程の話の続きをしようか?ヒューも一緒に聞いて大丈夫かな?多分、ここに暮らす様になったら一番フォローに入れるのはヒューだから」
「はい。大丈夫です」
そうして、キャスティナは話し出した。
7才の時に、母親が亡くなった事。亡くなってから一年間は、父親も自分も大切な人を亡くしたショックでどうやって過ごしたか覚えていない。やがて、一年を少し過ぎた頃に、父親が再婚して新しい母親が家に来た。3人で過ごした期間は短く、仲良くするわけでもなく、淡々と月日が流れていった。再婚してから1年後には、腹違いの弟が生まれた。それから少しずつ、キャスティナの存在が追いやられるようになった。きっと世継ぎを産んだ事で義母は、エジャートン子爵家にとってなくてはならない存在になったと言う自信が出たんだろう。前妻との家族の絵を、父は自分の書斎に飾っている。きっとまだ母の事が忘れられない事を、義母は面白く思っていないのだ。母譲りの水色の瞳を持つ、キャスティナに敵意を向ける様になった。義母と顔を合わせると、その目で私を見るなと言われる。女のくせに、水色の目だなんて男みたいねと笑われる。最初のうちは、父親も庇ってくれたが矛先が自分に向く様になると、キャスティナが何を言われようが何も言わなくなっていった。
キャスティナは、会う度に言われる悪意に満ちた言葉に耐えられなくなって前髪で目を隠すようになる。5年程前に急にメイドが辞めてしまった事があり、その時にキャスティナの侍女をメイドとして働かせることになり、自分の事は自分でするようになった。だから、着ている服もドレスではなく一人で着られて動きやすいワンピースになった。この頃から、キャスティナにかけるお金はどんどん削られていく。15才で、社交界デビューを果たすとこれ以上教育しても意味がないと言われ家庭教師も辞めさせられた。だからと言ってその後も社交界やお茶会に出してもらえるわけでもない。だから、貴族令嬢としての振る舞いや社交技術がどんどん失われた。唯一、出席義務のある王宮の夜会に2回出席したのみだ。そこで、エヴァンと出会う事になる。
ここまで、キャスティナは淡々と話し続けた。一度カップを手に取り冷めてしまった紅茶を飲む。
「ざっとですが、こんな感じです。引きますよね……嫌いになりました?」
キャスティナは、寂しそうな残念そうな、なんとも言えない表情を浮かべてエヴァンを見た。
「嫌いになんてならないよ。ちょっとだけ、ぎゅっとしていい?」
優しい表情でエヴァンは、キャスティナの返事を待たずにキャスティナを引き寄せてぎゅっとした。




