【13】
キャスティナは、向かいに座るエヴァンを見る。父親と何やらしゃべっている。顔を窺うと、夜会で会った時の雰囲気と違い視線が鋭い。冷ややかな雰囲気を醸し出している。何でだろ?この前とは、雰囲気が違う?
「キャスティナ、久しぶりだね。夜会で会ったきりだね。約束通り父君に婚約の許しを得たよ。一週間後に今度はうちに来てもらって、正式な婚約の書類を交わすからね」
そう言って、一瞬だけキャスティナに優しい視線を向けた。
「エヴァン殿。本当にこの娘でよろしいのですか?礼儀作法や令嬢としての嗜みが足りず、コーンウォレス侯爵家には不釣合な娘ですよ。誰か他の娘とお間違えではありませんか?」
父親が蔑んだ冷たい目線をキャスティナに向けながら言った。
「今日改めてキャスティナにお会いして、間違いではなかったと私は確信してます。貴族令嬢としての資質が足りないと言うのでしたら、結婚までには一年くらい期間があります。結婚式までの間、花嫁修行を兼ねて我が家でお預かりします。いかがですか?」
エヴァンは、冷たい刺すような視線を向けて父親にハッキリと言い切る。エヴァンは、どうするのか聞いている形だがこちらが、拒否出来る訳がない。
「そちらがそれで宜しければ、こちらは何も言う事はありません」
「では、一週間後にこちらに来て頂く時に、そのままこちらに滞在するという事で」
有無を言わせぬ微笑で、エヴァンは言った。キャスティナは、話の展開についていけず頭がフリーズ寸前。いや、ちょっと意味がわからないんだけど……10日前に初めて会ってそれで突然婚約して、さらに一週間後に花嫁修行?この家を出て行くの?えっ?えぇぇぇぇぇーー‼
「キャスティナ?大丈夫?」
意識が飛んでたようで、気が付くとなぜだかエヴァンと馬車の中にいる。しかも隣り合ってるし。ちっ近い。何で馬車に乗ってるの私?何か、ぼけーっとしてる間に出掛ける事になったような……。今の現実を理解したとたん、ドキドキしてしまってしょうがない。顔も俯いたまま上げられない。
「キャスティナ?」
キャスティナが返事をしないので、エヴァンが心配そうに顔を覗き込んできた。
まってまってまって‼近い近いんだって‼私、男の人と二人きりとか無理!無理だよー。キャスティナは、心の中で叫びそうになるのをぐっと堪えて声を出す。
「あっあの。大丈夫です。ちょっと展開についていけなくて、ぼーっとしてしまいました。ごめんなさい。今は何で馬車の中なんでしょうか?」
キャスティナは、必死に声を出し恐る恐る顔を上げてエヴァンを見る。先程とは全く違う温かい雰囲気のエヴァンが、にっこり笑ってキャスティナを見ている。
「色々突然決まったから驚いたよね。ごめんね。でも、さっき決めた事は全部本当の事だから。これからよろしくね。今は、父君に許可をもらって、キャスティナと今日一日過ごそうと思って。外に出て来たんだよ。今日は、私は仕事が休みだからこの前はゆっくり話も出来なかったし、キャスティナとゆっくり話したくて」
「そうなんですか……。私、何も持って出てきてないし。ドレスも外出用じゃないし……こんなんじゃ、エヴァン様に一緒にいて恥ずかしい思いをさせてしまいます……」
キャスティナは、泣くのを堪えて顔を俯ける。外出用のカバン一つ持ってないって……恥ずかし過ぎる。帰りたい。せめてもうちょっと準備をさせてよー。強引過ぎて、ついていけない。
「キャスティナ、大丈夫だから落ち着いて。あの家だと、キャスティナは息苦しそうだったし。私も10日間も会えなくて、我慢してたから強引すぎたね。反省するよ。ごめんね。この後は、誰かに会ったりしないから安心して。それに恥ずかしくなんてないよ。むしろ自慢したいくらいだよ」
「自慢?」
キャスティナは、意味がわからなくて、キョトンとしてしまう。首を傾げてエヴァンを見る。
「こんなに可愛いのに。今日は、私の為に着飾ってくれたんでしょ」
エヴァンがにっこり笑って、キャスティナの涙をぬぐってくれた。
キャスティナは、一気に顔が赤くなる。もう俯く事しか出来ないし、エヴァン様の顔なんて見れないよ。もう、どっと疲れたよ。誰か、私をお家に帰してー。




