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秘密の多い令嬢は幸せになりたい  作者: 完菜
第四章 幸せにつながる道

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【4-14】

 

 エヴァンと舞踏会のホールに戻る。

 キャスティナは、一度お化粧を直したいと告げ化粧室に向かう。


 化粧室で、鏡を見ると口紅が綺麗に落ちている。落ちた原因を思い出すと顔が火照る。エヴァンともう何度もキスを重ねているのに、いつまで経っても慣れる気配がない。慣れる時が来るのかな?と、鏡の中の自分に問いかけるが答えは出ない。ゆっくりし過ぎだなと思い、口紅を素早く直す。早く戻ろうと、化粧室を出ると、見知った女性が扉の前にいた。


 エジャートン家を出てから、一度も会う事のなかった義母のアデルだった。アデルは、キャスティナを認めると怒りの形相で睨み付けている。キャスティナは、久しぶりのこの視線にひるむ。落ち着かなければと、アデルから視線を逸らす。アデルは、睨みつけるばかりで声をかけてくる事はない。


 キャスティナから話しかける必要はないと判断し、ホールに戻ろうと歩き出す。背後から怒鳴り声が聞こえた。


「待ちなさい。お世話になった義母に、声もかけずに行くつもりなの!」


 アデルは、キャスティナに対して昔と同じ様に罵っている。キャスティナは、足を止める。溜息をつきたくなる。どうしてこの人は、何も変わらないのだろうと。私が家を出て、もうすぐ一年になろうとしているのに。あの頃とは、状況が何もかも変わっているのに……。キャスティナは、覚悟を決める。ゆっくりと後ろを振り返った。


「お久しぶりです。エジャートン子爵夫人。もう私とあなたの間には、何の関係もないとご存知ではないの?」


 キャスティナは、心底不思議そうに尋ねる。アデルの顔は、ますます怒りの形相を強めている。


「お世話になった人に、挨拶も出来ないのかって聞いてるのよ!キャスティナの癖に、調子に乗ってるんじゃないわよ!」


 お世話になったか……。お世話になった記憶が全くないと苦笑いだ。


「あんた、私の事馬鹿にしてるの?公爵家の娘になったからって、あんたが幸せになれる訳ない!お金かけて着飾った所で、根底にあるのは地味で可愛げのない女なんだから!」


 アデルを見ると、年よりも老けていて若さがない気がする。一緒に暮らしていた時は、それなりに美人だと思っていた。でも、この一年で本当に綺麗な人を沢山見て来た。キャスティナの目が肥えたのか、アデルがこの一年で老けたのかわからないが、このまま人のせいにばかりしていても幸せにはなれないのにと思う。


「エジャートン子爵夫人、何か御用ですか?用が無ければ、失礼します」


 キャスティナは、踵を返して戻ろうとする。


「待ちなさい!」


 アデルが、駆け寄って来てキャスティナの腕を掴む。キャスティナは、びっくりして振り返る。


「離して下さい」


 キャスティナが腕を振り払う。


「ルイスに、あんたの可愛い弟に良い縁談を紹介しなさい。それくらい、しなさいよ!」


 アデルが、キャスティナに詰め寄る。返答次第では、手が出そうな勢いだ。


「何をしているの!」


 キャスティナの後ろから、知ってる声が聞こえる。振り返ると、シャルリーヌが、こちらに歩いて来ていた。


「お母様!」


 キャスティナは、シャルリーヌに駆け寄る。


「私の可愛い娘に、何をしているの?あなたはもう赤の他人なのよ?気軽に声をかけていい存在ではないの。夫から、エジャートン家に抗議させて頂きますから。では、失礼」


 シャルリーヌは、キャスティナの手を取って歩き出す。少し行った先で、キャスティナだけ戻って来る。アデルは、拳を握って悔しそうに俯いている。


「エジャートン子爵夫人。人のせいにばかりしてないで、きちんとお父様と向き合うべきです。でないと、いつまでも幸せにはなれないです。失礼します」


 キャスティナは、ペコリと頭を下げてシャルリーヌの元に戻る。


「大丈夫?」


 歩きながらシャルリーヌが、キャスティナに聞く。


「はい。お母様が来てくれたので、最後に言いたいことを言えました」


 キャスティナが笑顔で答える。シャルリーヌが来るまで、実家にいた時の記憶が蘇りアデルが恐ろしかった。ずっと、あんな言葉ばかり聞いていたのだから、仕方ない事なのかも知れないが……。シャルリーヌが来てくれて、恐ろしさが薄れた。キャスティナは、シャルリーヌの手を繋ぎ頭を腕に寄せる。


「お母様、来てくれてありがとう」


「エヴァンが心配してたわよ。化粧室から、なかなか戻って来ないって」


「そうでした。エヴァン様を待たせてたんでした」


 親子仲良く、舞踏会ホールに戻って行った。


 ホールに戻ると、エヴァンがとても心配していた。お母様が来てくれたから、大丈夫と伝える。それでも納得いかない顔をしていたが、キャスティナが話さないので諦めたらしくダンスに誘ってくれた。折角のパーティーだから、最後まで楽しみたかった。さっきの出来事は忘れてダンスに興じたい。


 エヴァンとのダンスは、やはり一番楽しい。ずっとこんな風に、何年経っても踊りたいなと思う。


「エヴァン様、おばあちゃんになっても踊ってくれますか?」


 キャスティナが、楽しそうに尋ねる。


「もちろんだよ。ずっとずっと一緒に年を重ねて行こう」


 エヴァンも、嬉しそうに甘い笑顔で答えてくれた。




 その日のお披露目は、盛大なうちに幕を閉じた。






 キャスティナは、シェラード家の自分の部屋で寝支度を整える。リズとリサを下がらせるとバルコニーに出られる窓を開ける。空を見上げると、星が瞬いている。今日の事を思い出す。初めてアデルに言い返した時の顔が、忘れられない。悔しそうに、唇を嚙みしめていた。自分でもわかっているが、今更どうすればいいのかわからないのかも知れない。後妻で嫁ぐ覚悟も、きっと足りなかった。可愛そうな人なのだ。あの人と暮らした10年間は、辛いと言うより不安だった。自分の居場所が定まっていなくて。でも家族以外の人に愛されていたから、寂しくはなかった。私はきっと恵まれていた。もう私は最後の一つ、自分の居場所を見つけたから、心の底から笑っていられる。あの人の元にも、ほんの少しの救いがあればいいのにと思う。でももうこれからは、後ろを振り向かないで自分の幸せだけを見つめて行こう。キャスティナは、最後に引っ掛かっていたものが解けて消えた気がした。



 


 ******************



 その頃のエジャートン家では、アデルが書斎に呼び出されていた。キャスティナの実の父ハロルドが、妻のアデルに向かって問いただす。


「お前は、何をやっているんだ!帰り際に、シェラード公爵閣下から呼び出されたぞ!」


 怒りに任せて書斎の机に、ドンっと拳を叩きつける。アデルは、驚き狼狽える。


「偶々、化粧室の前で会ったので少し話をしただけです」


 ハロルドは、アデルを睨みつける。


「話をしただけだと?キャスティナを、怒鳴りつけたらしいじゃないか!お前は、わかってないのか?キャスティナは、もう公爵家の娘なんだぞ。私達が気安く話しかけられる存在じゃないんだ。何がどうして養子に収まったのかわからんが、充分すぎるほどのお金も貰った。先方からは、これ以上は要求するなと釘も刺されている」


 アデルは、動揺する。そんな事は聞いていない。


「そんな事、聞いてないわ……」


「お前が、聞かなかったんじゃないか!キャスティナの話をしようとすると、直ぐに喚き散らして。あの子の事よりも、ルイスの事ばかりで」


 ハロルドは、心底呆れている。


「だって、貴方がいつまでもこんな絵を飾っているから!だから、だから……」


 机の上に大切に飾ってある、絵を指し示す。それは、今日のキャスティナによく似ている女性の笑顔だった。


「今の話と、その絵と何の関係があるんだ!いい加減にしろ!」


 アデルは、初めてハロルドに正面切って怒鳴られている。今まで、何を言っても諭されて流されて終わりだったのに……。自分の気持ちを分かってもらえなくて悔しくて、涙が溢れてくる。


「大体、亡くなった妻の絵を飾っていて何が悪いんだ。愛してたんだ……。それぐらい許されるだろう……」


 ハロルドは、絵を見ながらポツリと零す。


「だって今結婚しているのは、妻なのは私なのよ?私を見てくれきゃ嫌なのよ!」


 泣きながら、自分の気持ちを訴える。こんな事を言うのは初めてだった。今まで、嫌われるのが恐くて言えなかった。ハロルドは、アデルの言葉が意外だったのか驚いている。


「アデル、お前は今までそんな事一言も言わなかった。俺は俺なりに、良くしてきたつもりだ。お前が、キャスティナに何をしても見過ごしてきた。愛されたいと思うなら、なぜキャスティナを大切にしてくれなかった?」


 ハロルドが、冷めた目つきでアデルを見ている。アデルは、何を言われているか分からなかった。


「だって貴方、別に関心なかったじゃない……」


 ハロルドが、溜息をつく。もう今夜は疲れた。分かり合えていない事が多すぎる……。


「もういい……。戻れ」


 ハロルドが、立ち上がりアデルを部屋の外に促す。アデルは、状況についていけず動揺している。


「待って、待ってよ」


「今夜はもういい。寝ろ」


 そう言うと、ハロルドはアデルを部屋から出して扉を閉めた。机に戻って来ると、椅子に深く腰掛け亡くなった妻の絵を手にする。久しぶりに見た、娘の姿を思い出す。一緒に暮らしている時は気づかなかったが、母親によく似ていた。とても幸せそうに笑っていて、自然に口元が緩んでしまった。自分にそんな資格はないと分かっているのに……。


 妻が亡くなって、その寂しさを何で埋めればいいかわからなかった。妻を介してでないと、娘にどう接していいかわからなかった。可愛くなかった訳ではない。不器用すぎて、分からなかった……。後妻を迎えたのも、後継ぎを残さないといけないと言う思いと娘の為という思いだった。


 迎えた女は、娘に辛く当たった。後妻に期待してはいけない事だったと後から気づく。面倒になって全部手放してしまった。後妻と話し合う事も、娘を可愛がる事も。もっと愛してやれば良かったと、今では思う。だがもう遅い。遅すぎるのだ。そう後悔する事さえも、きっと許されない。ただ今は、愛した妻が生んでくれた娘が、幸せに笑っていてくれて感謝しかなかった。


父親の思いが、初めて語られました。

もう交わる事はないけれど、気づいたのなら何かを示して欲しい、そんな気がします。


次回、遂に最終話です。

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