【1】
初めて書いた物語です。
ぼんやりとした照明に照らされた薔薇が、庭園に咲きほこっている。ここから見える薔薇は、深紅の赤。薔薇の妖精がいても不思議じゃないくらい、幻想的な風景が広がっている。
「綺麗」
キャスティナから、思わず言葉がもれた。
ここは、王宮の夜の庭。今日は王宮で開かれた夜会に参加するためにここに来ている。本来なら、ホールで殿方に誘われてダンスでも踊っているはずなのだが·····。
キャスティナは、庭の奥にある人気のないガーデンテーブルで一人、お茶を飲みながらクッキーを食べ楽しんでいた。
私は、キャスティナ・クラーク・エジャートン。エジャートン子爵家の長女で18歳。髪は、黒でストレート。瞳の色は、女性には珍しい水色。その瞳を隠すように、前髪が長い。若い女の子には珍しく、アクセサリーも付けずシンプルなクリーム色のドレス。初めて見た人には、地味で目立たない女の子と言う印象だろう。
私が、ここに来るのは2回目。去年たまたま見つけて、一人でずっとここにいたのを思い出していた。あれから1年かぁー。早いなぁ。夜会なんて来たくなかったけど、この場所にはまた来たかったから、来れて良かった。
キャスティナが、そんな事を考えていたらガサガサと言う音と共に一人の男性が姿を現した。
「先客か?よくこの場所を知っていたね。お嬢さん」
その男は、キャスティナにそう声をかけた。キャスティナは、驚きその男を見た。髪は明るい茶色で、瞳の色は濃青。まるで宝石のサファイヤのよう。きりっとした目で鋭い視線をキャスティナに向けた。
「ごめんなさい。ここ、使いますよね。すぐにホールに戻ります」
キャスティナは、そう言って、飲んでいた紅茶のカップとクッキーの皿を手に持ち退出しようとした。
「いや、いいよ。ちょっとだけ休憩しに来ただけだから、良ければ一緒に休憩させて」
一緒に休憩?まさかナンパ?ってそんな訳ないか。こんな地味で可愛くない子に。落ち着け私。取り敢えず、退出しなくていいって言うんだからイスに座り直そう。そう思い、イスに腰掛けながらその男に視線を戻した。
よく見ると、青と白を基調とした近衛騎士の制服を着ていて見たことないほど、きれいな顔立ちをしていた。なんて格好いい方なのかしら。騎士の方をこんなに間近で見たのも初めてだし、今日は何だかラッキーだわ。
あらっ。でも、何か疲れてないかしら?お仕事忙しいのかな。
「あの?何か?」
キャスティナが、不躾なほどその男を凝視していた為、怪訝な顔をされてしまった。
まずい!見すぎた‼
「あっ、あの。何だかお疲れのご様子だったので。顔色を窺ってしまいました。見すぎでしたね。ごめんなさい」
そう言ってキャスティナは、顔を俯けた。
「ああ。参ったな。初対面のお嬢さんに気づかれるなんて気を抜き過ぎか。実は、最近仕事が忙しくて夜会なんかに出席してる場合じゃないのに、無理矢理出席させられて。限界だったので、少し抜けて来たんだ」
やっぱりお疲れだったのね。キャスティナは、視線を彼に戻す。良い事を思いついた。
「少し待ってて下さい。折角だからお茶とお菓子を一緒に食べましょう」
そう言ってキャスティナは、ホールの方に向かって歩き出した。数分して、キャスティナはお茶とお菓子を手に戻って来た。
「お待たせしました。ちょっとお茶が冷めてしまったかもだけど、良ければどうぞ」
キャスティナは、笑顔でお茶とお菓子を彼の前のテーブルに置いた。
「ありがとう。折角だから貰うね」
そう言って彼は、ひと口お茶を飲んだ。良かった。飲んでくれた。これで少しは疲れも取れるかな。
実はキャスティナは、ある特殊な魔法が使える。癒し系魔法と呼ばれ、傷を治したり疲れを取ったりする効果がある。しかもこの魔法は、昔使える者がいたが、今は使える者がいなくなってしまったとされる魔法だった。だからキャスティナの母親は、悪用される事を恐れ誰にも言ってはいけないとキャスティナと約束したのだった。その為、キャスティナが癒し系魔法を使える事を知っている人は誰もいない。唯一知っていた母は、10年前に亡くなってしまった。
キャスティナと彼は、しばしお茶を飲み、周りに咲き誇っている薔薇を楽しんだ。キャスティナは、彼がお茶を飲んでくれた事に満足して沈黙している事を気にもとめなかった。
彼の方も、お茶を一口飲んだ後は何だかホッと一息ついた気がして、目の前に女の子がいる事を一瞬忘れてしまった。彼は、初めて会った女の子に気を許してしまった事を自分で驚いていた。彼に関係する女性は、隙あらば迫ってくるような人ばかりで最近は女性に対して辟易していたから。彼は、この女の子に少し興味を持った。
「所で、まだ自己紹介もしていなかったね。私は、エヴァン・ウィリアーズ・コーンウォレス。コーンウォレス侯爵家の次男で、近衛騎士をしているよ。あなたは?」
ほっ本当に?コッ、コーンウォレス侯爵家?あの?キャスティナは、貴族年鑑は一応頭に入れているが顔と名前が一致している人は少ない。それにあまり貴族社会に興味がない。理由は、貴族としての生活環境が正直良くないからだが·····。
コーンウォレス侯爵家と言えば、誰もが知っている名家だ。侯爵家と言うだけで凄いのに、その中でも国有数の家柄。そっそんな人と気軽にしゃべってしまった自分に驚愕して、キャスティナは頭が真っ白になりかかる。でも、気を立て直し自分の名前をつげた。
「私は、キャスティナ・クラーク・エジャートン。エジャートン子爵家の長女です」
「そっか。キャスティナか·····可愛い名前だね。それと今更なんだけど、こんな所に一人でいて大丈夫なの?」
コーンウォレス侯爵子息が心配した顔で、私に問いかけてきた。
「えっと。あの·····。私、夜会は苦手でどこにいたらいいのかわからなくて。去年ここを見つけて、今年もここに来るのが楽しみで薔薇を見てたんです」
「ご両親は?一緒に来たんじゃないの?」
「えっと、両親は、私の相手はしてくれないので·····」
言いにくそうにキャスティナは、声を小さくして、質問に答える。最後は俯いてしまった。
その様子を見たエヴァンは、聞いてはいけない事を悟り話を変えて明るくしゃべりだした。
「そうだね。ここは、凄く綺麗だからね。忘れられない場所になるよね。キャスティナは、薔薇が好きなの?」
キャスティナと呼び捨てされ、キャスティナは、びっくりして顔をあげる。そこには、優しく頬笑むコーンウォレス侯爵子息がいた。