医者を目指す、あるいは誰かに医師になってもらいたい人へ
全ての医師を目指す後輩へ。
マッチングという研修先を選ぶのを乗り越え、第百十四回医師国家試験の願書を提出しましたので最後の関門である国家試験さえ乗り越えれば医者になれるところまで来たのですが、そんな私から医者という職業を目指す人あるいは自分の子どもや甥っ子姪っ子、ひょっとしたら孫に医者になってもらいたい! そう考えている人達へ一度しっかりと考えてみて欲しくこの文章を書かせていただいてます。
わりと辛辣というか辛口というか情けも容赦もないぶっちゃけトークの数々になりますので読まれたら気分が悪くなるかもしれません、腹が立つかもしれません。こんなことを言う奴を医者にするべきじゃないと思われるかもしれません。ですがそれでも出来る限り本音で皆さんへとお話をさせていただきます。
ではまず、医者という職業はイメージ的に高収入高ステータスとみられがちですがしかしそのイメージだけで医者になることを選ぶと大変後悔することになる可能性があります。というのも医者の給料はこの先大幅に削減される可能性があるからです。
なぜそんなことが言い切れるのか? 理由を極限までシンプルにすると「医療費が高くなりすぎたから」です。
医療の高度化でそれこそ凄まじく費用がかかる治療もたくさん行われるようになりました。そしてそれらにも日本の医療は保険がおります。
例えば人工透析ですが、年間一人五百万円から一千万かかりますが患者負担はおよそ十万ほどそして患者数は三十三万人ほどなので……まぁかかる費用は莫大です。他にも心臓血管のステント治療なども百万は軽く超えます。ニュースにもなったオプシーボなんてのもありますね。
そういった高額医療に加えて2025年には団塊の世代が七十五歳、いわゆる後期高齢になります。後期高齢者はそうでない人より平均して四倍の医療費を使いますから医療費負担はさらに加速していきます。
では医療費の負担を増やせばいい、なんて思うかもしれませんが過去の患者負担の増加を検討するたびに起きたあれやこれやを見てもらえば難しいのはわかると思います。そしてそういった中で一番手っ取り早く、確実に削れる費用が人件費なわけで……私がお世話になった教授には将来的に医師の給料は半分になるだろうとまでおっしゃられている方までいました。
半分は言い過ぎにしろ将来的に相応の給料の削減は覚悟する必要がある職種、その認識をしっかりともっていてください。
それを踏まえた上でそれでも医者になりたい、なろうと思う方はあなたの立場に応じたあれやこれやを言わせていただきます。
まずお子さんやお孫さん、あるいは甥っ子姪っ子を医者にしたいと思う方、なにがなんでも中学受験をさせて中高一貫の進学校、それも最低でも地区トップできれば全国区の学校に入学させてください。それができるかどうかで難易度が大幅に変わります。
というのもです、これは入学者数などを調べたらわかるのですが……だいたいの医学部、特に国立に関しては特定数校の進学校で入学者数の半分近くを占めています。
もちろん受験は結局個人がどれほど頑張れるかというのに尽きますが、周囲が当たり前のように医学部や東大などの難関高を狙う環境とそうでないところではモチベーションの維持や集まる情報、そして切磋琢磨する相手の存在、高校受験をすっとばして六年計画で大学受験に備えられるなど己を磨き、受験という勝負を勝つ上で必要なものに差があまりにもあります。
まぁざっくり言ってしまえばプロ野球選手になりたいなら強豪校に行ったほうがなりやすいというのと一緒ですね。
しかし、これに対して医学部受験での隠れた減算などで今後改革が進むし受験制度も変わるからそんなの意味ないとおっしゃられる方もおられるでしょう。
それに対して言わせてもらうならたとえ変更があっても学力は高いにこしたことはない、ということです。
なんといいますか、人間性云々については正直私にはどうすればいいかわかりません。例えば一年間近所でボランティアしていた人と一ヶ月海外にいってボランティアしてきた人、どちらがより優れた人間性をもつ人として評価されるかなんて当事者以外判断できません。
その点学力についてはこれ以上ないほど点数という形で判断ができて平等です。だから計算もできるし伸びているのがわかる、そういった確実な部分を伸ばしてから考えればいいでしょう。それに難関校ほど情報は集まるので人間性検査なども含めて入学するにはどうすればいいかという指導もしっかり受けられるのでそこも込みで難関校のほうが有利と言えます。
では続きましてもう中学受験を終えたから今更言われてもと言う皆さん。中学生の人はできるかぎり上位の高校に入ってください。キツイと思いますがそういったところでも情報は集まるので挽回は可能です。
高校生以上の方は、覚悟を決めてください。一言でいって浪人する覚悟です。ふざけるなと思われるかもしれませんが皆さんが競う相手は中学受験という剥き身の才能の凌ぎ合いをくぐり抜けて六年計画で大学受験に照準合わせて勉強してきた人たちです。一年、二年の付け焼き刃で簡単に勝てる相手ではないのでどうしても浪人というプラスαの期間を必要とします。
そして浪人すると覚悟を決めないといけないことの一つは「浪人生は現役生より不利になる」ということです。散々ニュースになって叩かれてもうなくなっただろと言われるかもしれません。ですが同じくらいの点数なら現役生をとる判断をされることの方が多いでしょう。
また、浪人生になるならタイムリミットを意識しないといけません。浪人のリミットは医学部以外で二浪とされています。三浪以上となると入ったところで就職で不利になるなんて言われてます。
では医学部はどうか? 個人的な体感で言わせてもらいますと浪人で医学部に受かるのはだいたい三浪まで、四浪以上で合格となると少数特に国立ではレア中のレアケースとなります。
なぜレアケースになるのか。これを納得してもらうにはまず合格者の区分について説明しなければいけません。これは大学で教授に伺ったのですが医学部の入学生というのはだいたい三パターンに分類されるそうです。その三パターンというのが
①上位の大学に入れるところを妥協した、あるいは前期で落ちて仕方なくきた合格率八割超えの上二割の生徒
②合格率五割を超えていてまぁ順当に受かった六割の生徒
③合格率三割を切っている次に受けたらどうなるかわからない運良く受かった二割の生徒
このようになります。そしてここからが肝心なのですが、だいたいの人間が努力で到達できる学力は③の段階です。②にはそれこそ全国レベルの進学校で磨かれた、本人に優れた才能があった、環境にとても恵まれていたなどがないと無理です。そして四浪目からはもう勉強は十分すぎるくらいしているので基本的にもう③のラインには到達してあげ止まり。あとは成績を維持する努力を続けて受験するしかないのですが……本人や周囲がメンタルを維持できるのかという問題、そして志望校との相性の問題などがでてきてひたすらどつぼる可能性も高いのです。(ちなみに私は間違いなく③の層でしてもう一度受験することになっても受かる自信はまったくありませんので人生○り直し機や若返って系は正直ご容赦願いたいです)
こういった「可能性」も踏まえてあなたは「それでも限界まで医者を目指す強い心と環境がある」のかそれともきっちりと他学部に行ける二浪というラインを意識して頑張るのか覚悟を決めて選んでください。
これを言うと怒られますが、医学部入れる学力あればだいたい他の大学はきちんと対策たてて学部を選ばなければどこにでもいけます。それこそ東大京大だっていけるでしょう。早慶? センター受験をつかって願書だせばいける年だってあります。無理に医者にこだわるよりそちらにいって選択肢を広めた方がよりよい人生を送れるのではということも考えるに値するかと思います。
そしてさらにもしこの中に読んでおられる中で脱サラして医者に、という考えをお持ちの方がおられましたら「情報を集めまくって多浪や社会人からでも不利にならない国立の医学部」を狙ってください。もうこれはよっぽど経済力に恵まれている方以外には断言してもいいです。
こういうと週刊誌などで「銀行から融資を受けて私立の医学部に。医者になってから返済しても元は〜」というのが特集されているじゃないかと言われるかもしれませんが、その手段にはなんといいますかとんでもない落とし穴があるのです。
その落とし穴の名前は“留年”です。詳しい話は入学してからについて話す時に触れますが医学部は様々な事情から留年が珍しくありません。大学によっては四割とかいう話まであったりします。そんな中でもし融資を受けて私立の医学部に通っている状態で留年してしまったらどうなるでしょうか?
私立の中で学費は安いと言われる慶應ですら年間三百八十万、高いところだと一千万を超えます。学費以外にも寄付金だなんだでさらにドンっと取られますし教科書だって一冊一万円超えることも珍しくありません。そんな状態で留年するとその年の単位は全部白紙となり一年間もう一度やり直す+学費一年分援助なしで上乗せです。援助ありの状態で失敗した学年を援助なしの状態で金策をしつつクリアしろ、あまりにもハードで実際少なくない数の人がどうしようもなくなり自殺したり退学したりしています。
一方国立の学費は年間だいたい六十万円ほど、留年しても値上がりはありません。だからまだ留年してもフォローがききますしそもそも銀行融資がなくとも通えるラインです。ですからもし脱サラして医者をとなるなら厳しくても国立を狙ってください。入ってからも考えることはありますが入るまえに考えるべきことは「入試で不利にならない国立を受ける」という大前提です。ネットや予備校など情報収集のできる場はいくらでもあるので人生がかかっている勝負に挑むためにもその大前提で手ぬかりをするのは厳しく言えば「甘え」であり「なめている」ということになります。きっちりと手ぬかりなくしらべてください。
などとまぁ、医者になる前の医学部に入る段階ですら割とあれやこれやなのですが……入ってからもまた色々と関門が待ち構えています。
まず無事医学部に入れた医大生の少なくない数が様々なコンプレックスを抱えることになります。
多いのが志望校に入れなかったあるいは志望校を妥協したコンプレックス。本当の第一志望であった大学にそのまま入ることができず学力、経済的な事情、センター試験の出来、相性などで変更した多くの人は妥協した思いがついて回ります。
実際そんなことはない、入れたらいい。入ってから悩めばいいなんて贅沢なという話を知り合いからよく言われますがどの大学に入ったかは医者としての一生にずっとついて回ります。なにせ研修を終えた人の多くは出身大学の医局に入ることになりますし、そうでなくともどの大学出身かはそれこそ患者さんにとっては判断材料となりますから開示されることとなります。
では志望する大学に入れたらそのようなコンプレックスはないか? いえ、やっぱりあります。例えば浪人生は現役合格した生徒になんとなくコンプレックスをだきます。それこそ高校時代部活で面倒みた後輩が上級生なんてこともザラにあります。気にしない人は全然気にしませんが気にする人はなんとなく気にします。
それ以外にも能力的な格差によってコンプレックスを感じることも多く思います。それこそ、基本的にずっと優等生、地元では上位できた子が東京の御三家やら灘やらからやってきた子や東大や京大から妥協した組に頭の出来やら回転で負けて鬱々とするのはよくあります。私の作品で主人公が周囲に感じてきたあれこれは医大生では割とあるあるの話なんです。
他にも環境が合わないというのもあります。他の地域からやってきた結果、大学がある場所が田舎すぎて辛いとか寒すぎる暑すぎる云々、まぁこれらは先ほどの周囲との差ともども医学部に限った話ではありませんがとにかくそういった不満を抱える人もいます。
ではこれらのコンプレックスを乗り越えたり妥協していざ医大生としての日常を歩み出したところで待ち構えているのは……これはその、大学ごとに違いがありすぎます。
例えばとある大学は「学生時代は遊んでなんぼ。どうせ国家試験で勉強するやろ? 部活頑張れ。俺も学生時代はそんなんだった」って方針で出席を最低限して進級試験と実習さえちゃんとしていれば大丈夫な科目がほとんどだったりします。
逆に別の大学ではガチゴチに出席を求められて授業をサボるなんて論外、多数の洋書や参考書を読むことが求められ遊びにいく時間もほとんどない、だったりします。
ですが共通して必須なことがあります。それは「人脈作り」です。周囲にいる先輩後輩同級生は皆将来の同業者、だからその繋がりは極めて大事になる……というだけの話じゃありません。はっきりいって医学部の進級は一人では無理なんです。
まず、医学部の授業は一般教養以外基本全て必修です。だから一つの単位も落とせず全ての試験をクリアする必要がでます。そのために何が一番大事かというと過去問や講義の情報になります。
これらの情報は試験対策の学生や運動部の先輩、留年生がもたらしてくれますがそういって手に入れた情報を「教えてくれる人」とのつながりがなければ一人目隠しで膨大な 試験対策というマラソンをする羽目になります。人付き合いが苦手で情報が手に入らずどうしても進級できないなんてのも珍しくありません。
そして人付き合いもできて情報ができたところで待ち構えているのが進級の壁です。医学部は実習の受け入れキャパシティーや解剖で使うご遺体の数などから一学年の学生数は上限がありまして、「上から落ちてきた分下に落とさないと対応できなくなる」現実があり一定数毎年留年する羽目になります。加えて、全てが必修科目ということから担当教授が変更となり今まで留年ほぼ0のフリーパス科目だったのに新任教授が厳しくて学生の二割が留年する地獄の科目に、なんてのも珍しくありません。
そんな進級の壁を乗り越え、病院での実習をクリアした先に待っているのが医師国家試験です。今現在進行中で挑んでいるわけですが、はい。勉強する量尋常でないです。そして当たり前ですが年々やらなきゃいけない量は増えていきます。
まぁこの試験があるからこそ、医者の質は一定を確保できているというわけなのですが……それでもやっぱり大変ですね。過去問やったはしから忘れていくのぉ……
でも、最近はこのあたりはかなり改善されましたね。過去、国家試験対策は実質二つの予備校しかなくてその料金は私立の医学部基準でしたが現在はその予備校の人気講師が独立してオンラインで格安で国家試験対策をしてくださっているところもあれば、医大生なら誰でも手を出した過去問や参考書を出している会社も格安でオンライン授業開始しましたのでそれらを駆使してクリアすれば医者になれる……はずです。
なってからも色々と仕事の上で待ち構えているのでしょうが、あいにくまだそこまで至れていないので私にそれ以上のことを語る資格はありませんのでここまでとさせていただきます。
最後に今回の締めとして大前提でもあるそもそも医者をなぜ目指すのかについて話させていただきます。
よくドラマやら漫画では医学部を目指す人は過去に自分や家族が病気をとか、命を救う使命をということを語ります。ではその一方で実際の医大生はどうなのか?
これは私の体感ですがそんな高尚な理由で入ってきた人は正直少数派です。だいたいは「親が医者だから(私立医大生親の仕事で多いのは開業医、国立医大生親の仕事で多いのは勤務医)」あるいは「成績足りてたから」、「就活とか無理」などなど身もふたもない理由です。
何が言いたいかというと「医者を目指すのに特別なキラキラした純粋な理由はいらない」ということです。そんな理由なくても医大生になり医者になっていった人いっぱいいますし、同時にだいたいみんな「医者」になることやその「仕事」についてプライドや責任感を医大を卒業するころには持つようになりますから。
だから医者になりたいと思う皆さん、動機はなんでもいいんです。医者になりたい、それだけで十分。とある漫画神の描くあの黒い医者がかっこいいからなんて理由できた教授も普通におられますし、医療ドラマが好きだからでもいいんです。
高い倫理観と理想を持って云々なんて世間や周囲の人は言うかもしれません。ですが医学部を受けるのにそれはあるにこしたことはありませんが必須ではない。大事なのは医者になりたいという思いと覚悟です。
その覚悟をもって医者への道を選ぼうという人全てに私は敬意とエールを送らせていただきます。中でも今年医学部を受験する皆さん、そして中学高校を受験する皆さん。インフルエンザがもう流行り出しているので体に気を付けて。追い込みの時期一緒に頑張っていきましょう。
ラグビーの福岡選手や柔道の朝比奈選手が医師を目指すことを知った時、知り合いのドクターと自分たちの子を医者になってほしいかという話をしたことが全てのきっかけでした