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第5話 小遣い稼ぎ

「一緒に、来ないか?」


「はァ!?」


少しの間、沈黙が部屋を支配する。ゲオルクがその真意を確かめるようにヒロを見つめる。ヒロも目を逸らしたら負けだとばかりに、ゲオルクの鋭い視線に応えていた。


先に沈黙を破ったのは獣人、ゲオルクの方だった。


「悪りぃが、宗教っていうのは嫌いなんだ。」


「こちらこそ誤解させて申し訳ないんだけど、実は司祭どころかカプリ教徒ですらない。」


狂人を見るような訝しげな顔をするゲオルクに、ヒロが持つギフトという魔法のこと、そのせいで異端審問にかけられたことを話した。


やはりレナータとのことや、不老不死の話をするのは憚られ、ある人から上位の治癒魔法をもらったが、不完全で他人に使えないとでも誤魔化しておいた。少しの罪悪感があるが、事情が事情だ。

いつか理解できる関係になったときに打ち明ければ、問題ないだろう。


そしてもちろん、異世界転移のことは伝えられないので、知識が色々と足りないことについては、幼少の記憶がないという風に話すと納得してもらえた。


全て納得してもらったうえで、ゲオルクは再び考え始める。妙に軽薄な沈黙が続く。いい加減こちらから話しかけようかとヒロが顔を上げたとき、ゲオルクと視線が交錯した。


「あんちゃん、金貨何枚もらったんだ?」


「あんちゃん、じゃなくてヒロと呼んでほしいかな。


ええと、金貨5枚だ。ゲオルクの怪我を治せばもう1枚と言われたが、さっき言ったとおり、他人には使えない。」


「5枚か、あの野郎、ケチな癖に、今回は意外と奮発してんなァ。


俺は獣人だし、治癒力が高い。怪我の方は唾でもつけとけば治るさ。」


あまり金銭感覚が掴めていないが、やはり金貨5枚はそれなりの額なのだろう。


ゲオルクがさらに言葉を続ける。


「そんだけありゃ十分だろ。よし、行くぞッ!」


そういうとゲオルクはその痛々しい腕で俺をお姫様抱っこして、窓から飛び降りて、そのまま人通りの多い中心街の近くまで走り続けた。


「なんでこうなるんだっ!!」


一刻後、昼下がりのクオールの裏道に息を切らした男2人、ヒロとゲオルクがいた。


「なんで窓から突然…」


「なんで、って、俺は戦奴だ。12〜18歳の奴隷売買は禁止だぜ。犯罪のリスクも含めたらいくら吹っかけられるかわかんねェ。


あの闇賭博で一番強い俺と、ほとんど不死身のあんちゃん、じゃねぇ、ヒロ。どう考えても逃げた方がお得だろ。」


へぇ、奴隷として一番売り買いされそうな時期に、売買が禁止されてるのは意外だ。

多感な時期に持ち主が頻繁に変われば、当

人には精神的には厳しいものがあるのだろう。


もっとも人権的なそれより、商品が長持ちする仕組みを法制化して、奴隷業界全体に信頼をもたらすのが専らの目的なのかもしれない。


「だけど、これ、犯罪だろ。指名手配されるのは御免だぜ。」


「ふんッ、闇賭博なんてやってる奴が『カプリ教の司祭に奴隷を盗まれた』って吠えたところで、誰一人耳を貸しはしねェさ。」


ヒロは苦笑いをしながらも、内心にんまりと笑っていた。


素晴らしい。ゲオルクは望んだ通りの仲間だ。


未だ不死の魔法以外が使えない俺にとって、必要なのは剣となる人と案内人であった。ゲオルクは強く、そして賢い。両方を兼ね備えるような人材だ。

戦闘狂に見える経歴だが、俺との闘いでも退き際は見事の一言に尽きた。


図らずも奴隷を盗むことになってしまったのは、意外と言わざるを得ないが。


「にしても、ヒロは、俺をどこに連れてってくれんだ?」


「そういえば、それも聞かずに飛び出してきたな…」


前言撤回。ときに確認が足りないのは、玉に瑕かもしれない。


「俺は北部のタールグランってところに行きたいんだ。」


「タールグラン…?タールグランだァ?」


なんだかゲオルクの物言いに、不吉な予感を感じる。だが、その言葉の続きを聞けば、タールグランへ向かう気力が削がれるような気がして、あえてそれ以上は聞かなかった。


「まぁ、とにかく何処へ行くにも金が必要だ。金貨はなるべくとっておいて、銅貨を稼ぎたいと思ってる。」


「任せろ、下町の番犬と呼ばれた俺にとっちゃ朝飯前だぜ。」


☆☆☆☆☆


丸太のように太く鍛えられた右腕。その逞しい片腕に全身に漲る力が込められ、はち切れんばかりに膨張する。


だが、その手が強く引き寄せようとしている獣人の腕はピクリともしない。


「お?あんちゃんの限界はそんなもんか?」


「ぐぉぉおおお」


男は威勢のよい声とともに顔面を紅潮させ、己の体重を全て右手に委ねる。


「はッ、銅貨5枚は渡してもらうぜ!」


獣人も挑発しながら、その腕に力を込める。

次の瞬間、腕を机に叩きつけられた勢いでくるりと一回転した男がのしていた。


「しかし、小遣い稼ぎが腕相撲とは…。」


「あァ、こっちも負けたことねェからな。


今日は賞金が金貨1枚だから、大繁盛だぜ。」


かれこれゲオルクは50人以上と対戦し、その全員をコテンパンに倒している。自信に満ち溢れた青年を始めとして、屈強な男や頑丈そうな獣人、果ては巨人までが挑んできたが、ゲオルクは苦戦する様子すら見せなかった。


かれこれ銅貨300枚近くを稼いでいる。正面にある露店では、赤く丸い果実ーー味はわからないが、リンゴと呼んで差し支えないものーーが2個で銅貨1枚だというから、銅貨1枚が100円程度だと理解している。30000円近く稼いでいることになる。


とはいえ、クオールの闇市では金貨1枚と銅貨2300枚が等価だというから、まだまだ油断はできない。


そう考えると、あの闘技場での賞金は100万相当になるので、ゲオルクの言った通り、奮発されているのは間違いない。



「はて、銅貨5枚で挑戦できると聞きましたが。」


嗄れた声の持ち主に、ヒロとゲオルクの視線が向けられるが、ゲオルクは途端にニヤニヤとしはじめる。


「ああ、だけどサービスで銅貨1枚でいいぜ。」


ゲオルクが余裕を見せるのも当然と言えようか、目の前に立つのは出で立ちこそ高貴な出を窺わせるが、70にもなろうかという白髪の老人であった。


「むぅ、たしかにこの身、老体ではありますが、侮るのは感心しませんな。」


「怪我してもしらねェぜ。」


二人の視線が交わされて、火花が散っているように見えるのは気のせいだろうか。

体の大きさからして差は歴然だが、名勝負が行われるような予感を感じさせる、良い余興である。


老人が席に着き、手を差し出す。


ゲオルクがその手を握ろうとして、少し苦々しい顔をした。


「じいさん、あんた軍人か?」


ゲオルクの言葉を聞いて、ヒロがその老人の手を見れば、それは明らかに武人らしいゴロゴロとした手であった。


「負けるのが怖くなりましたか?」


「んな訳あるか!」


二人の手が握られる。気付けば、道を歩いていた何人かが立ち止まって観戦している。この老人の放つただならぬ雰囲気を感じていたのは、やはりヒロだけではなかったのだろう。

審判であるヒロが二人の手を上から覆いかぶせるように握り、決まり文句を言う。


「勝てば金貨1枚、負けても恨みっこなし。


…ようい、はじめっ!」


声に合わせて、ゲオルクが足を踏み込み、全力で倒しにかかる。これまでの挑戦者にしていたようなサービスや、挑発もない。


目の前にいる老人がただの老いぼれならば、ゲオルクの力のままに老人は手を起点に宙を舞っていたのだろう。


しかし、老人は微動だにしていなかった。むしろ、最初の一撃に全力を尽くしたゲオルクの方が窮地にある。


「ぐぉぉ!!」


咆哮とともにゲオルクが再びアタックを仕掛ける。だが、やはり動かない。


「精進なさい。」


嗄れた声がゲオルクの耳に届いたときには、全身に強い衝撃が走る。口には舞い上がった砂ほこりが入り込み、土臭い味がする。


気付けば、ゲオルクの巨体は道の上に転がされていた。観衆が一気に盛り上がるのと裏腹に、ゲオルクは拳を地面に打ち付けた。


「くそッ、ヒロ、すまねェ…。


1日で人生初の敗北を2度も味わうなんて情けねェ。」


「仕方ないさ、相手もただものじゃない雰囲気だし、そういうこともあるよ。何しろ怪我してるんだし…。


おじいさん、賞金の金貨です。」


ヒロが太陽を反射して輝く金貨を差し出すが、老人は手の平をこちらに向けて、固辞するジェスチャーを見せた。


「賞金はけっこう。代わりに、名前を聞かせていただこう。」


その意外な言葉にヒロもゲオルクもぽかんとする。その意図が理解できないとばかりに。しかし、ヒロは無理矢理に思考回路を繋いだ。


きっとこの老人は強さを求めて旅をしている部類の人間で、ゲオルクが気に入ったのではないかと。ほう、その名を覚えておこう、強くなってまた会おう!みたいな展開はお約束だ。


「こいつの名前はゲオルクです。俺とはこの街で知り合っ」


「いえ、あなたの名前を知りたい。」


ヒロの無理矢理な推理が脆くも打ち砕かれた。完全に相手の意図を読み取りかねて、無理解は恐怖へと変わる。震える声でヒロは自らの名を名乗る。


「えっ…と…ヒロ、です。」


ひどく弱々しく、傍目からは相当にダサいだろうと自覚しながらも、ヒロは果てしなく強く、果てしなく不気味な老人を前にしてできる、最大限の行動であった。


「ヒロ殿…ですな。胸に刻んでおこう。


彼女に機会があれば、よろしくお伝えくだされ。」


「彼女…?」


ヒロの呟きを聞き届けないうちに、その老人は踵を返して路地裏へと歩いていった。


「なんだ、女でもいたのか?」


ゲオルクの言葉に、ヒロも首を傾げる。この世界に来てから、まともに話した人物自体、ほとんどいない。

レナータに悪徳裁判官、パルギオンさん、闘技場の支配人、そしてゲオルクだ。この中で女性はレナータだけだが、外の世界での彼女の扱いを考えれば、あの老人がレナータの知り合いとは思えない。


「勘違い…じゃないか…?」


ヒロが首を傾げてそう答えた。


☆☆☆☆☆


路地裏の狭い道を1人の老人が歩く。周囲の建物に遮られて、太陽の光はわずかに差し込むばかりだ。

路地裏の影がぬるりと壁から起き上がり、その老人のすぐ横で人間の姿を形作り、壮年の男が現れる。老人もその男も、お互いを気にかけることもなく、つかつかと歩き続ける。


「バジ様、あの2人に何か気になることでもありましたか?


ただの旅人と見えますが、必要ならば諜報部の者を回しましょう。」


「必要ない。


古い知人と同じ魔力を感じてね、少し戯れに話しかけてみただけだよ。」


「なるほど、ご子息か何かだったんでしょうか。」


「…子供?ふっはっは。


あの性悪ババアが子供を産んでいたとしたら、それは実に愉快な冗談だ。」


バジは目を閉じる。その瞼の裏側には、今も変わらない姿でいるであろう銀髪のうら若き少女の姿が思い浮かべられていた。


レナータがバジ坊、バジ坊と優しい声で呼びながら、若かったバジルを幾度となく叩きのめしていたのも、古い思い出である。


「しかし、認識阻害の魔法陣を書き込んだ服を着ているとはいえ、高位の魔術師には通用しませんし、バジ様の精悍な魔力は認識阻害をもってしても溢れて出ています。


護国将軍としての職責、その重みを今一度お考えください。」


嫌味とも言えない忠言を残して、壮年の男は再び影と同化して消えた。この国では東西南北、そして中央の五箇所にそれぞれ諜報部が置かれ、その構成員は今のような影隠れを身につけていることが多い。

だが、影隠れの性質は五大魔法などとは一線を画しており、その本質と歴史は謎に包まれている。


老人が少しばかり上を見る。空には青空にいくつかの雲が浮いていた。


「シンドラー様、あなたはどうして私などを…」


その言葉を聞き届けるものも無く、老人は歩き続けていく。老人の靴の音だけが闇に響いて消えていった。


☆☆☆☆☆


「なんとか銅貨400枚は稼げたな。」


夜道をダンスでもするようにリズミカルに歩くゲオルク。銅貨で満たされた袋を片手に、お小遣いをもらった子供のような嬉しみに満ちた顔をしている。


「ああ、何よりだ。とりあえず、宿をとろうか。これだけ稼いでいれば、少しは良い宿に」


そこまで言いかけて、ヒロは立ち止まった。肌をピリピリと焦げ付かせるような、生温い風がヒロの柔らかい皮膚を撫でていく。

この世界に来て以来ーー正確には、レナータから始めての魔法をもらって以来、感じるようになったこの感触が他人の魔力だと気付いたのは今日の闘技場での経験からである。


「ゲオルク。」


「あァ、通りの向こうだな。だが、こりャ少しヤバいやつだぞ。正直、見て見ぬフリをするのが得策だ。


どうする、ヒロ。」


そう、闘技場めゲオルクから感じた魔力は、せいぜい数メートル先からのピリリとした感触であった。しかし、これは数百メートルはあろうかという距離ながら、肌が焼けつくように痛む。


少しヒロの顔に戸惑いが浮かぶが、遠くで爆炎が上がるや否や、ヒロは拳を強く握りしめた。


「行こう。」


「そうこなくちャ!」


初めからヒロの答えがわかっていたと言わんばかりに、ゲオルクがニヤリと笑って、一気に駆け出した。


ヒロもそれに負けじと足を踏み込んで、この禍々しく強大な魔力を持つ人間のもとへと駆けつけていくのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。今日は2話投稿いたします。

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