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第3話 再出発

3話 旅立ち


「あなたの話を聞くに、未知の魔法が使えると吹いてまわったのが審問の理由ね。


きっと…前世の記憶があるというのも本当なんでしょうね。


この世界には魔法が存在するというのは大丈夫かしら?

マナを変換して発動する炎、水、氷、土、風の五大魔法が基本よ。それぞれが魔力の質に応じて3つのランクに分かれているわ。例えば、土だったら、土、山、大地という3段階に分かれているの。


初級魔法はほとんどの人が使えるようになるけど、高位魔法はどれも難易度が高く、使える人間は多くはない。とはいえ、上位魔法の多くは認知されていて、あなたの魔法はそれに当てはまらない。


だから、性質が全く異なる未知の魔法となると、特殊な魔法ということになる。」


「それが精霊魔法、神聖魔法、呪法、あと、失われた魔法だっけ。」


「そうよ。精霊魔法はコアーー魂の残滓ーーを利用した魔法だけど、エルフ以外が使っているのは見たことがないわ。


そして、神聖魔法は私たちを裁くカプリ教会の専門分野。


時間を司る魔法で、時間逆転で怪我や病気を直したり、時間加速で身体能力の向上とかができるのよ。」


「ギフトはそのどちらでも無さそうだから、呪法か失われた魔法になるわけだ。」


「そうよ。ただ、どちらにせよ、問題があるわ。


呪法は古来のミーロ教徒が専門としていた魔法で、人の意思を捻じ曲げたり、屍を従えたりするような魔法が多いわ。ただ、呪法に必要な魔力は他とは少し異なっていて、呪法を日常的に使えば他の魔法が使えなくなってしまうわ。


カプリ教を国教とするこの国では、呪法を使う者は問答無用で処刑よ。


カプリの司祭からしたら、悪魔を信仰して、人間の尊厳を奪っていることになるわけだからね。」


「ん、ギフトは呪法とは違うっぽいな。となると、ギフトは分類的には失われた魔法か。」


あの土偶の言葉が間違っていなければ、正確には新しい魔法なのだが…。

それが失われた魔法に分類されるのは、何ともおかしな話だ。


だが、中世くらいの文明レベルだと、古代よりも衛生意識や建築技術が低いというのは地球でも同じことだ。


古代ローマがゲルマン人の侵入で、その文明レベルを大きく落としたのは有名な話だ。


野蛮人の侵入だとか、技術を失わしめる要因がこの世界にもあるのだろう。


「そうでしょうね。


でも、呪法の深淵は深い。カプリ教会はきっと、未知なる呪法として、あなたを裁こうとするでしょうね。


あるいは、狂人として牢に閉じ込めようとするか…。


だから、あなたはまずは失われた魔法が使える、と主張しなさい。」


「でもさっき、失われた魔法にも問題があるとか言ってなかったか。」


「ええ、大きな問題がある。


でも、それはカプリ教会の預かる問題ではないわ。


失われた魔法とはいうけれど、その区切りは40年前よ。とある魔術師が登場して以来、200年近くかけて魔法は発展し、各分野でその深淵に迫りつつあった。


だけど、40年前に『厄災』があって、五大魔法の超高位魔法の多くが散逸したの。だから、失われた魔法の知識が残る書物は王や貴族の私財ばかりで、あなたくらいの年齢で高度な失われた魔法が使えるのは、貴族のボンボンで、相当に才能に恵まれた人間くらいよ。


あなたが失われた魔法の使い手だと主張して、認められれば幸い。認められなければ、すぐに嘘だったと言いなさい。見栄っ張りな嘘つきだとして、せいぜいムチ叩きで済むはずよ。」


「そうか…。


その超高位魔法って、やっぱすごいのか?」



「ええ、ユニークマジックとも呼ばれるけど、優れた個人だけが至ることができる深淵で、基本的に他の人間には継承できないものが多いわ。

凄まじい研究の末に一家相伝にした一族もあるけれどね…。


そうね、具体的には天候操作(プルウィア・レペンティーナ)擬似太陽(ソル・ミラクルム)魂喰(エド・アニムス)とかは有名だったかしら。」


「なんか既にチートスキルに溢れているような…。」


何はともあれ、突然牢にぶち込まれた理由を知り、ここを出る道筋を理解したことで、胸に埋め込まれた不安がスッと消えた。


とはいえ、鞭叩きというのは、骨がむき出しになるほどの痛みを伴うと聞くから望むところではないが。


「その、ギフトの存在を話して、俺がレナータの魔法をもらったこと、疑われないかな?」


「大丈夫だと思う。彼らは案外、私のことをよく知っている。


その…契約のせいで詳しくは話せないけれど、不老不死は他の魔法とは一線を画する魔法よ。譲渡できるようなものじゃないわ。実際には、できてしまったんだけどね…」


ユーリヤは小さく微笑むと、優しい声音で言葉を紡ぐ。


「出たあとのことも、きっと落ち着かないでしょう。色々と勝手の違うこともあるはずだから、説明してあげるわよ。」


☆☆☆☆☆


「それで、最後は、ここを出た後のことね。


ここはエーテリアル王国の南部にあるカプリ教の総本山。解放されたら、北東にあるタールグランへ行きなさい。きっと助けになるはずよ。


ただ、距離もあるし、この世界のこともわからないままは向かえないでしょう。まずは南部の要衝であるクオールに寄るといいわ。ここから歩いて3日もかからないはずよ。


そこで、そうね、仲間を作るのは難しいでしょうから、奴隷を盗むといいわ。」


「クオールで、タールグランな。覚えたよ。


ただ奴隷を盗むって…。仲間を作る方が簡単に聞こえるのは、気のせいか?」


「あら、不死だから、万が一反撃されても問題ないはずよ。身分証がないなら、ギルドにも入れないし、仲間を作るのは諦めた方がいいわ。」


「なるほど…。なんか、悲しいな。」


「あなたはこの世界に何を期待していたのかしら。


あと、最初に伝えた通り、首が吹き飛ぼうが、水に沈められようが、すぐに意識は戻ってくるし、あらゆる怪我も治るけど、痛みはあるわよ。

湖に沈められたりしたときは、死ぬ原因を一刻も早く取り除くことね。」


「たとえば、ぐるぐる巻きにされて身動きとれない状況で、沈められたら?」


「大きな獣に食べられるか、地面に紐が切れるまで擦り続けるか、かしら。


数年はかかるかもしれないけれど。」


早くも気が重くなってきた。


「そうか…。不死であることは秘密にした方が良さそうだな。


てか、少し眠くなってきた。不老不死でも眠くなるもんなんだな。」


「基本的には疲れも眠気も食欲もあるわよ。

体をまるごと吹き飛ばされれば疲れも一緒に吹き飛ぶし、餓死をすれば飢餓感もなくなるけどね。


まぁ、そろそろ寝ましょうか。」


そう言って、二人はそれぞれ備え付けられた粗末なベッドに横たわる。


無機質な石造りの天井が、横たわるヒロに妙な圧迫感を与える。


「…不老不死、か。」


目を閉じる。レナータが慌てて口走った不死の覚悟というものを考える。


あの土偶がヒロに救世を望むならば、おそらく待ち受ける運命は修羅の道であろう。

その想像の及ぶ限り、自らに訪れるであろう不幸を思い浮かべていくうちに、ヒロは眠りに落ちていた。



夜が明けたのか、足音がときどき聞こえるようになった頃。


ヒロの名前を呼ぶ声で目が醒める。

まだ視界もぼやけているうちに、鈴が鳴るような可憐な声が現実に引き戻す。


「話す内容は大丈夫かしら。」


見れば、鉄格子を挟んで昨日と同じ美しい女性が佇んでいる。ああ、長い夢じゃなかったのか。


「…ああ、おかげさまで。」


「ほかに質問はないのかしら?外に出たら、私みたいな素敵なアドバイザー、なかなかいないわよ。


今は魔女なんて言われてるけど、賢者なんて二つ名を持っていた時期もあるんだから。質問するなら、今よ。」


レナータがえへんと胸を張って自慢するように言い放つ。彼女の言う通りならば、ここでしか確認できない知識もあるのだろうが、ここに来てヒロは最初と同じ疑問を抱いていた。


「改めて聞きたいんだけど。」


「なに?」


「レナータさんは失われた魔法の使い手だったわけだろ?


なら、何でここにいるの?」


彼女は失われた魔法を使える人間は裁判で無実になるとアドバイスしてくれた。ならば、なぜ彼女はここにいるのか。


可能性は2つ。

一つ目は考えたくないが、彼女が何らかの意図で嘘をついて、裁判で俺を有罪になるように嵌めようとしている可能性。だが、彼女からはその気は読み取れない。

二つ目は、何かの罪を犯した可能性。こちらが濃厚だ。


ヒロはレナータの言葉を待ち受ける。


レナータは先ほどまでのフレンドリーな雰囲気から一転して顔に真剣さが宿る。しかし、一瞬のうちに、その顔には微笑みが戻っていた。


いつも浮かべる微笑みは、彼女にとって自己防衛の手段なのだろうか。


「そうね、嫌がらせ、みたいなものかしら。」


そのあっけらかんとした態度は、嘘とも真実とも取れない。


「私のことに興味を持ってくれるのは嬉しいけど、契約の関係する部分が多くて、答えられないことも多いわ。」


「昨日から言ってる契約って、その不老不死の魔法をかけてくれた人との契約か?」


「ええ、その人が誰で、どうして、どんな魔法を使ったか、何も伝えられない。」


「伝えられないって、魔法とか?」


「そうよ。『沈黙の誓い』は古い魔法のひとつだけど、広く周知されていたから、今も残っているはずよ。


他にも『文字解読』だったり、初級魔法の魔法陣の書き方だったりはメジャーに広がっていた魔法だから、『厄災』を経ても残っていたわ。」


「その『厄災』って、何があったんだ?」


「んー、悪いけど、あまり詳しくは知らないの。『厄災』の直後に捕縛されて、詳しいことは知らされていないからね。


王宮魔術師の多くが殺害されて、図書館と学院が燃やされたのに、犯人は行方知れずらしいわ。魔法体系の多くが突然消え去ったのだから、相当苦労したでしょうね。」


「なるほど…」


「クオールにいるバジ坊なんかは、その生き残りだけどね。今じゃ偉くなっちゃって、簡単には会えないでしょうけど。」


「あと、この国の外には何があるのか教えてほしい。」


「ふふ、あなた、賢者の二つ名をコケにするように、私に答えられない質問ばかりするわね。


北にはアーポック人の住む冬山、東には遊牧アジバムの住む草原、南にはエルフの住む森林、そして西には…。



西は、今は砂漠がどこまでも広がっているわ。その先は誰も知らないし、知ろうなんて考えたこともなかった。」


「この王国以外に国とかないのか?」


その質問に、レナータはまるで苦々しい記憶を思い出すように、少し遠くを見つめて、目を細めた。


「ない…わ。ずっと昔、大統一戦争でアーガレス帝国が消滅して以来、さっき伝えたアーポック、遊牧アジバム、エルフが辺境にいるくらいで、国と呼べるような」


そこまで言いかけたとき、上のドアが開き、コツコツと足音が4人分ほど聞こえた。見張り、ではないだろう。


レナータはヒロと即座に視線を交わすや、ウインクをして、部屋の奥に戻っていった。地下牢には妙な緊張が漂っていた。


☆☆☆☆☆


美しいステンドグラスを通して神々しい光が舞い込み、その白を基調とした聖堂は実際以上に広く、高く感じられる。

左右に飾られる祭壇画には、前世でも目にしたような宗教画が飾られ、この空間にとどまる者に異質な時間の流れをもたらしている。


その神聖な場に相応しい、柔らかく格調高い声が天井に響く。


「いやはや。密告した者の代わりに詫びよう。そして、捕らえた者の代わりに詫びよう。あなたの憎しみは私が引き受けましょう。だから、どうか、私以外の者を許したたまえ。」


目の前に立つ、白い服に身を包んだ老人。どことなく安心させるような見た目をしているが、その目は鋭く、瞳の奥に英気を感じさせる。

そして、カプリ総主教パルギオンの声はどことなく体に染み渡る。


宗教のトップとは、得てしてカリスマである。


「気にしていませんよ。むしろギフトの実演の機会をくれて、ありがとうございました。」


そう、あやうくトンデモ裁判官のせいで有罪にされるところだった。

レナータとの打ち合わせ通りのことを話したが、悪魔の甘言に惑わされるか!とか悪魔のような顔して叫んでいた。


そこにサプライズ訪問してきたパルギオンさんが呪法を封じる魔法が使えるそうで、呪法封じの状態でギフトを実演したわけだ。


おかげで、あのトンデモ裁判官から文字解読の魔法を奪うことができたのだが、この温和なおじさんが偶然にも訪れなければ、正直危ういところだった。


いや、ここまで含めて土偶の用意していた死亡回避ルートなのだろうか。

魔女、いや賢者レナータとの出会いといい、仕組まれていないのならば凄まじい偶然だが。


「失われた魔法の使い手を誤って罰したとなれば、大きな過ちですからな。ところで…」


パルギオンの聴くものを魅了するような低い声が、一段と低くなる。


「ところで、ヒロ様の正面にいた女とは、何か話されましたかな。」


温和な雰囲気の中に刺々しい敵意を感じた。表情が出そうになるのをグッと抑えて、とぼけた顔を作る。


「姿をちらりと見ました。あれが噂に聞く魔女レナータですか。他人の魂を喰って生きているって話でしょう。まさか。話しかけるような物好きがいるわけ、ないでしょう。」


ヒロはレナータの用意したセリフを話しながらも、内心冷や汗をかいている。


ギフトという手の内は明かしている。

不老不死を譲渡されたことがバレれば危ういという気持ちがよぎる。


だが、一方でもし不老不死が失われた魔法の一種だと認めてしまえば、ユーリヤの魔女性が損なわれかねないうえ、不死魔法という深淵に近づく者が現れかねない。

仮に気付いていたとしても、彼らも公にそれを咎めるのはしないだろうという打算もあった。


逆に、秘密裏に処理されないかの方が心配なのだが。


「そうですか、今朝から彼女の様子に少し違和感がありまして、いえ、お気になさらず。関係のない話です。」


「魔女などにまで気を使うとは、カプリ総主教様は慈悲深いですね。」


そのときヒロの拳が、爪が手のひらを抉り取ってしまいそうなほど強く握りしめられたことに、気づいた者はいなかった。


「似たような勘違いのないよう、カプリ教の朱印を貸し出しましょう。厄介ごとを避けるのには最高の効果を発揮してくれるでしょう。」


神々しさを感じさせる六芒星に赤いルビーをはめ込んだ朱印と、銅銭らしい通貨を持たされ、重厚な雰囲気に包まれる審問所を後にした。


まずはクオールだ。ヒロはぐっと伸びをすると、クオールへの道を歩み始めた。


☆☆☆☆☆


少し時は遡る。


ヒロの裁判が行われている最中、地下牢には不似合いなほどの高貴さを放つ男が、その一室の前に立っていた。

その男、パルギオンから嘆息が漏れでる。


「まさか自身の生命線を、見ず知らずの男に渡すとは…」


「あなたの目論見がはずれて残念ね。」


面白そうに語りかけるレナータは、実に魔女らしいタチの悪い笑みを浮かべていた。


「レナータ殿、あなたは自分の重要性に気づいていない、いなかった。


あなたの不老不死は、我々が"彼"に対抗する唯一の希望だった。今すぐにそのカラクリを白状すれば、ヒロという男は自由にできます。」


先ほどまで石の天井を見つめていたレナータは、ちらりとパルギオンの方を見遣る。


「一縷の希望を断つのも野暮だから言わなかったけど、その"彼"とやらが、私に不老不死の魔法をかけた張本人なんだけどね。


それでも、この魔法のカラクリ、知りたいのかしら?」


その言葉にパルギオンは目を大きく見開き、言葉を失った。

レナータの『沈黙の誓い』を解除する方法をようやく見つけて意気揚々と異端審問所を訪れたパルギオンは、何のついでに開かれていた裁判をちらりと覗いた。


その裁判での、他人の魔法を譲り受けるという奇妙な古代魔法を使えるという男の主張を聞いて、胸騒ぎを覚えて地下牢を慌てて訪れたのがつい先ほどだ。


レナータが魔法を失ったことに気付き、大きく落胆したが、先のレナータの言葉で彼の心は完全に打ち砕かれた。

レナータは失意のパルギオンに関心を失い、再び天井を見つめていた。


その口は不気味なほどに引き上がり、目は真っ直ぐに空をーー見えるのは石の天井だがーー見つめている。


「ヒロ……。


神の使いか、あるいは。」


まるで年頃の少女が意中の彼を思い浮かべるようでいて、その目が写すのは一人の男ではなく、遠い過去。そして、遠い未来。


恍惚としたレナータの声が牢の前で項垂れるパルギオンに届くことはなかった。

GW中は毎日1話、その後は週1話ペースで更新しようと思っています!

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