第1話 異世界転移
初投稿です!GW中は連続で投稿していこうと思います。お願いします。
金木 紘は胡散臭すぎる話だと思いながらも、その心は踊るように弾み、舞い上がる気持ちを抑えられずにいた。遡ること一週間前、ヒロは薔薇色の人生への切符を手にした。努力の賜物、東大合格を掴み取ったのである。
SNSで中学の友達と高校のクラスメイトに報告して、そこそこに賞賛を受けた。
「そこそこ」というのも、友達がそれほど多くないヒロのことだ、諸手を挙げて喜んでくれたのは親族だけだった。
もし恋人がいたら、という妄想もあったが、待ち受けるモテモテな大学生活を夢見て、頭の中をピンク色に染めていた。
そして、意外にも高学歴効果は抜群で、中学の頃の女友達から5年ぶりに連絡があった。
ーーー怪しい、怪しすぎる。
頭の中で、何かがそう呼びかけてくるが、無視だ。受験勉強に2年も費やしてきたんだ。これぐらいの良いことがあってもいいだろう。そう言い聞かせて、ヒロはその女子とのカフェデートに臨んでいた。
「てか、この子…。マジで顔が思い出せねぇ…。」
待ち合わせ場所で佇むヒロが小さく呟いた。
同じクラスだったのは中学1年生のときで、実に5年近くも経っている。18歳にとっての5年というのは、実に長いものだ。
もう一度、最初に送られてきたメッセージを見返す。
『お久しぶり、朽木です! 中1のとき同じクラスだったんだけど、覚えてるかな??東大合格したんだってね、すごい!近況とか色々聞きたいし、今度、カフェとかで会えたりしないかな?』
うーん。たしか校則通りに黒髪で、けっこう髪は長かった気がする。しかし、ほとんど話した記憶がなく、とにかく顔が思い出せない。
まぁ、プロフィール画像の感じでは、かなり可愛い。
待ち合わせ場所の駅前で、あれこれ期待と妄想を膨らませていると、ピロンと着信音が鳴る。そして、ヒロがケータイに目を落としたときだった。
ーーー眩しい
瞳にやたら強い光が飛び込んでくる。遅れて、ゴォォォという大きな音が鼓膜を揺らした。
あれ、なんでだろう。
目の前にトラックがいることに、恐怖心よりも先に疑問が浮かんだ。
視界が一瞬赤く染まり、そしてブラックアウト。
ーーー暗くて、息苦しい。夜の海に沈み込むような。
ーーー暖かくて、頼もしい。稚児の隣で添い寝する母親のように。
そして、閃光。
急に身体というものの生々しさ、思考というものの気怠さがヒロに戻ってくる。
ヒロの意識が海の底から引き上げられるように晴れ渡ったとき、妙に軽薄な言葉が耳に飛び込んできた。
「次の死亡者は…んん、君か、こりゃ参ったね。君はそれなりに重要な役割を果たすはずだったんだけど。
選択の自由を与えなきゃいけないとはいえ、こうも台本を狂わされると、嫌になるね。ふーむ…欲望が少し強すぎたかな。」
ボヤく声の主人。内容からして、看護師とか医師じゃないだろうな。閃光でボヤけた視界が、やがて焦点を取り戻したとき、そこにいたものを見て、ヒロのとぼけた声が漏れ出た。
「…土偶?」
「失礼な。んん、しかし、まぁ、ハズレじゃない。あれは僕を象ったものだろうしね。」
目の前にいる土偶…の元になったと主張するそれは、まさに土偶の色を少し明るめに変えただけ、という姿をしている。もっとも、大きさは人間と同じくらいの大きさだが。
「え、と…神様…とか、ですかね。」
「話が早くて助かる。君は自らの愚かな選択の結果として、死んだようだね。
全く予想外だよ。君は、なかなかに重要な役割を与えられていたんだ。実に愚かだよ。」
こっちも前途洋々な人生を絶たれて、その理由だって予想しようのない偶発的な事故だ。
こちらこそ愚痴も言いたい気分なのだが、それ以上にイラついた様子を見せる土偶ーー神を自称しているそれーーを前に、それを言い出す気にはならなかった。
話を聞く限り、ルート分岐はこの土偶が拵えているようだが、どのルートを選ぶかは各人の自由意志に委ねられているらしい。
予定論者や運命論者は、まさか死後の世界で自分の主義思想を変えるハメになるとは思わなかっただろう。
「うん、その顔、察しがいいね。説明を省けて楽だよ。ある程度の方向性は僕が決めてるけれど、各人の選択の末に、着地点が大きくズレることもある。ここ40年だと、一番大きなズレが生まれそうだ。」
「40年って短いんだか、長いんだか…。てか、あんたの管轄、管轄って言葉でいいのかわからないけど、どのくらいの広さなんだ?」
「ん、君の世界では地球の文明だけだね。他の世界でもいくつか文明は担当しているけれどもね。
地球は僕の持つ文明の中でも、比較的素晴らしい成長を見せてくれていて、感謝しかないよ。」
ここで先ほどの発言に感じた疑問がより強くなる。
「待て、東京規模とか、日本規模とかじゃなくて、地球規模で、40年に1人クラスの有名人になる予定だったのか、俺?」
「そうだよ。実のところ、ほとんどの人間は、設定の使い回しで済ませている。今風の言葉だと、コピー・アンド・ペーストさ。
だけど、それだけじゃ詰まらないでしょ。だから、たまに劇薬を忍ばせるんだ。君は、この時代では数少ない新作だったんだよ。」
この話ぶりから察するに、俺はナポ○オンかヒ○ラーのような類だったのかもしれない。
いや、全く心当たりはないが。両親と同じように公務員になるつもり満々だったし。
死んでなかったら、どうなってたんだ俺…
「なるほど。それは…死んでしまって申し訳ない。」
俺もゲームで手塩に育ててかけたキャラが、ストーリーの都合でパーティーから離脱した時は、泣きそうになったものだ。
下心全開で甘い誘いを受け、思いも寄らないとはいえ、死亡ルートを踏み抜いた自分を猛烈に責めたくなる。
自省のループに沈みかけたとき、ふと土偶の発する雰囲気が少し変わったことに気付いた。
「ふふ、面白いことを言うね、君。死んで謝るとは。やはり、手塩にかけて練りこんだだけあるよ。君の設定を捨てるのは、やはりもったいない。」
「…というと、俺の設定もコピペするんですかね。その、できれば、このまま転生とか…。」
「君の設定を別の時代で使い回すのは危険すぎる。昔、オリジナルの設定をしたのに、愚かな死に方をしたやつがいてね。それを国と時代を変えて使い回した結果が、ヒ○ラーだよ。ふははは。あれは焦ったね。管理してる文明をひとつ滅ぼしたとなれば、僕も面子が立たない。」
なんか、サラッとすごいこと告白したぞ、この土偶。しかし、言われてみれば、生まれた時代が違ければ、彼も売れない絵描きで終わっていた、とか、善良な政治家になり得た、みたいな話は聞いたことあるような。
「だけど、転生というのは良い発想だ。君の設定をそのままにしても、面白い結果になりそうな世界があるんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、胸が高鳴る。中世ファンタジーとか、異世界転生とか、そういう小説は嫌いじゃない。知らない世界観にドップリと浸る感じが堪らない。もともと海外旅行とか好きなタチだ。
「魔法とか、使えます?」
「ああ、魔法の存在する世界だよ。その、少し困った問題が起きていてね。君はきっと僕の望み通りに働いてくれるだろう。
善は急げという言葉があったね。転生というが、正直赤ん坊から育ってもらうには猶予がないんだ。身体ごと、その世界に転送させてもらう。」
ヒロは小さくガッツポーズ。楽しいセカンドライフが送れそうだという喜びが表情に表れると、土偶も満足げに頷いた。
「さっきも話したように、事態は一刻を争う。その文明の存亡がかかっているんだ。さぁ、前世のミスは来世で取り戻しておいで。
行ってらっしゃい。次は何かを成し遂げてから死ぬように。じゃあ…」
土偶がそう言い放つのと同時に、俺の身体が光を纏い、つま先の方から分解され始めている。体感時間こそ違うかもしれないが、この神も、我々と同じように時間の中を生きているのだろう。複数世界の全ての死人を捌いているとすれば、相当に忙しく、ひとりに使う時間も限られているのだろう。
まだ見ぬ冒険への希望を膨らませるヒロを、次の一言が最悪の気分に叩き落とす。
「あ、危ない、記憶を消させてもらおうか。」
記憶は消されてしまうのか…。残念といって極まりないが、ヒロの性格ならば、きっと次の世界もそれなりに楽しむことはできるだろう。名残惜しみつつ、今の自我にさよならを告げようとしたとき、ふと疑問が過った。
「あれ、魔法の設定はいいの?」
「ん?……あ。」
やりおった。こいつ。ヒ○ラーの話でも思ったけど、なかなかにこいつ怠慢だ。
「…ど、どうしようかな。」
「何でもいいから強いのくれよ、チート能力とか。節度を守って使うからさ。」
既に腰のあたりまで分解されている。
「急に言われたって、思いつかないさ。一応ルールを決めてあるから、それに反するような設定はつけないことにしているんだ。うーん、君の知能が生きるのは土魔法、いや時間魔法かな。むぅ、悩みどころだね。」
ついに首のあたりまで分解される。
焦って変な魔法をつけられるなら、まだまし。
もし設定をつけあぐねたまま送られれば、どうなるかわかったものじゃない。
「もう種類は問わないから!ポテンシャルというか、魔法適正というか、その世界で魔法をどんどん覚えられるような体質とかあったら、幸せなんだけどな!てか、もう何でもいいから早く!」
「ん、それは名案だ!相手の同意のもとなら、相手の能力を譲り受ける魔法というのを考えていてね。本当は他の人のために考えていたんだが…。なにあれ、久しぶりの新作魔法だ。そうだね、『ギフト』とでも名付けよう。」
「おお、そりゃ助か…」
口まで分解された。
なんとか魔法の授与が間に合ったことにため息をついたが、それも音にはならなかった。
「ふう、なんとか間に合ったね。あの世界関連では、失敗続きだ。修正しようという思いと裏腹に、流れ作業の癖でせっかちに動いてしまう。」
土偶の独り言が聞こえたのか否かのところで、耳まで分解された。ヒロが完全に分解されたのを見届けたあと、土偶の声が響いた。
「んん、記憶を消し忘れてしまったようだ。」