君はスカイブルー
「これ、書き直しな。明後日までに提出して。
朝一でクライアントのとこ持ってくから」
「はい」
やれやれ………。
昨日の徹夜はなんだったんだ、いったい。
僕は手の中にある「苦心の作」を見つめて思う。
「よぉ。どうした? 浮かない顔して」
「再提出くらった」
「はっは」
「笑い事じゃねぇ。今日は絶対定時で上ろうと 思ってたのにさ」
「そういや奥さんの予定日いつ?」
「来週」
「もーすぐじゃん。頑張れお父さん」
そうなんです。
僕、もうすぐお父さんになるんですよ。
奥さんはね、そりゃもう可愛くて料理も上手くて
裁縫も上手で言うことなし。
どんなに夜遅く帰っても出迎えてくれる。
愛妻弁当を作ってくれるんですよ。
「やるっきゃねーよな」
おなかの子は女の子らしい。
名前?
………いろいろ考えたよ。
辞書を見て一番最初に目に留まった漢字にした。
今時「子」のつく子どもなんて古い!
とか言われるかもなぁ。
でも彼女は言ってくれたんだ。
『素敵な名前ね』
早く逢いたい。
まだ見ぬ君に早く早く、逢いたい。
ずっとそう思って待ってる。
来週なんて待ちきれない。
今すぐにでも逢いたい気分だよ。
この腕に抱き締めたいよ。
「香椎さん、お電話です」
「ああ、ありがとう」
にやにやしながら考えてたら事務の女の子から声をかけられた。
「もしもし? ……あ、どうも………」
受話器を取ってびっくり。
あちらのお義母さまじゃありませんか。
「………は?」
え、ちょ、まった、なに?
いまなんて言った?
「う、生まれた!?」
おいおいおい!
だって予定日は来週って………。
そんで今朝もいってらっしゃい、って見送ってくれてたじゃん!
マジで!?
『元気な女の子よ』
そう言われても返す言葉が出てこない。
「はい………ありがとうございます」
カシャン………と受話器を置いた。
予定日より早まるかもって言われてたな、そういえば。
でもまさか………。
「はは……立ち会うって言ってたのにな………」
胸の中から湧き上がる気持ちに嘘はつけない。
嬉しい。
嬉しすぎる。
嫌なこと、辛いこと、すべて吹っ飛んだ。
嬉しくて………ああ、泣きそうだ。
「………」
下に向けていた顔を窓の外へ向けた。
仕事に追われて空を見ることが少なくなっていた毎日。
差し込む光は眩しくて。
そこに優しい青が広がっていた。
(………青空の子だ)
再提出がなんのその。
俄然やる気まんまんになっちゃって。
ああ、僕って単純。
でもこの気持ちはどうだろう。
なにも怖くない。
今なら何だって出来そうな気分。
無敵のヒーローになった気分だ。
「………頑張るからな」
お父さん頑張るよ。
お母さんと君のために。
この世に生まれてきてくれた君のために。
家族になってくれた君のために。
僕は………僕は………。
澄んだ風が心に吹きこんでくる。
僕は生涯、このときの気持ちを忘れないだろう。
「………」
どこまでも続くスカイブルーに重なる君の笑顔。
まだ見ぬその顔を想いながら、僕はそっと目じりに溜まった涙を拭った。