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井世界の金魚姫

作者: 辻 ミモザ

 花火大会、灯籠流し、屋台、ユウキは夏休みの夜を楽しんでいた。おじいちゃんとおばあちゃんに連れてきてもらった夏祭りは欲しい物はなんでも手にはいる特別な夜だ。

たこ焼きとりんごあめ、当てものは5回ハズレを引いてあきらめた、、そして金魚すくい。100円ですくうポイは3本、9本にオマケの1本を破ってユウキは小さな赤い和金を5匹と、黒い出目金を1匹を密集した水槽からすくいだした。金魚すくい屋のおじさんは太っ腹の客に喜んで、1匹オマケの赤い変わった金魚をくれた。

「これはランチュウ、金魚の王様だ。」

 家に連れて帰った金魚を見ておとうさんは言った。オマケの赤い金魚はおなかがふっくらしていて、頭にぷくぷくとした瘤があった。ユウキは小さな赤くひらひらした金魚を見て言った。

「金魚のお姫様だよ。」


さてその夜、夜店で食べたかき氷のせいか、ユウキはトイレに行きたくなった。暗い廊下を歩いていると小さな話し声が聞こえてくる、不思議に思って話し声に耳をかたむけると、

「あーいやだ、ここはなんてつまらない所なんでしょう。かたいプラスチックの壁に囲まれているなんて、元いた水槽と一緒じゃない、せっかく新しい素敵なお家に移れたと思ったのにがっかりだわ。」

女の子の声だ。

「ここはきれいです。」

「ここは安全です。」

「ここは落ち着きます。」

「ここは静かです。」

「ここはお腹がすきます。」

少しずつ違う声が言った。

「金魚姫、みんながこう言ってるのですから、ここで我慢しましょうよ。」

男の子の声がこう言う。

「出目金は黙ってて、私は我慢なんてできないの、いやいや、いやいや。」

女の子の声はずっと続いていた。


 次の日、ユウキはおとうさんとホームセンターに行き、水槽と砂と濾過機そしてエサを買った。おとうさんはユウキがすくってきた金魚の世話を積極的にやろうとする姿を見て応援したくなったのだ。水槽の置き場所は玄関の靴箱の上、エサは朝1回ユウキがあげる事、水替えはおとうさんとユウキでやる事を決めた。新しいお家を金魚姫達は気に入ってくれたでしょうか、水槽に入れた時は底に固まっていた7匹は徐々に泳ぎだした。スイスイと。


 しばらくしたある夜、夜に食べたスイカのせいか、ユウキはトイレに行きたくなった。暗い廊下を歩いていると小さな話し声が聞こえてくる、ユウキは耳をかたむけた。

「あーいやだ、ここはなんてつまらない所なんでしょう。まわりはいつも同じ景色、下はいつも同じ砂、眺めにくるのも同じ3人の人間、エサいつも同じ、同じばかりでつまらない。」

「同じ景色は安心します。」

「同じ砂は気持ちいいです。」

「同じ人間は優しいです。」

「同じエサはおいしいです。」

「ここはお腹がすきます。」

少しずつ違う声が言った。

「金魚姫、みんながこう言ってるのですから、ここで我慢しましょうよ。」

出目金がこう言う。

「出目金は黙ってて、和金もうるさい、私は我慢なんてできないの、いやいや、いやいや。」

金魚姫の声はずっと続いていた。


 ユウキは図書館に行った。金魚の育て方の本を調べて、それからおじいちゃんの所に行った。少しぜいたくな物が欲しかったのだ。おじいちゃんは一緒に行った花火大会の思い出の金魚をユウキが大事にしてくれているのがうれしかったので、ホームセンターで欲しいものを全部買ってくれた。葉が細い水草とギザギザとした水草、濾過機に取り付ける赤いくるくるまわる水車、水に沈む流木。それらを水槽に入れると中はとてもにぎやかになった。流木はかくれんぼに最適だ、水草はたわむれるのにもいいし、かじるとエサにもなる、水車をまわしている空気の泡は見てるだけで楽しかった。もちろん金魚姫達も喜んでいるだろう、水槽の中で動きまわる金魚達を見てユウキはそう思った。


しばらくしたある夜、夜に食べたそうめんのせいか、ユウキはトイレに行きたくなった。暗い廊下を歩いていると小さな話し声が聞こえてくる、ユウキは耳をかたむけた。

「あーいやだ、ここはなんてつまらない所なんでしょう。不細工な出目金と貧弱な和金と同じ水の中に入れられるだなんて、私は金魚姫なのよ、もっと素敵な魚と一緒にいたいわ、前の水槽にいてた時にアロアナや熱帯魚が大事そうに扱われていたわ、私はそういう魚達ともっと広い所で一緒にいたいのよ。」

誰も何も言わなかった、しばらくして小さな声がした。

「ここはお腹がすきます。誰かにいじわるに追いかけられないから、水草の中でお昼寝できるから、砂を口にふくんでぷっと吐き出したりできるから、朝のエサの時間が待ちきれない、あの男の子の顔がのぞきこむのがとってもうれしい。」

「いやいや、いやいや。こんな所はいや。」

金魚姫は言い続けた。みんなはもう何も言わなかった。


翌朝、ユウキは小さなバケツを持ってくると、金魚姫だけをそこに入れた。家を出てしばらく歩くと小さな川に着いた、川は小さいけれどもう少しで大きな川に流れ着くのをユウキは知っていた。

「さようなら金魚姫、広い世界で素敵な仲間と楽しんでね。」



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