新しい生活
羽田空港
到着口の前で辛島和人が心配そうに真希の帰りを待っている。
辛島は真希の大学剣道部の4つ上の先輩で、東都大学産婦人科医をしている。今日は休みだったこともあり、真希のことが気になり居ても立っても居られず、空港まで迎えに来ていた。
到着出口から出てくる真希を見つけるとすぐに駆け寄る。
「おかえり。」
真希は辛島に会うと、ホッとしながらも、少し悲しい表情になる。
「先輩、ただいま。もしかして、迎えにきてくれたんですか?」
「そうだよ。さあ、帰ろうか。家まで送るよ」
辛島は真希の荷物を持ち、駐車場に向かい、車に荷物を載せた。
「宮野、せっかくだから、少しドライブしないか?」
真希は頷いて、二人は車に乗り、空港の近くの公園まで車を走らせる。
公園に着き、車を停めて、しばらく遊歩道を歩く。
「先輩、ダメだった。会えなかった。臨月の友達と偶然会ったの。でも、急に破水して、お産が始まって、私、心配で、結局、間に合わなくて。彼が来てたのか、来なかったのか、結局、わからなかった。」
少し泣きながら話すと、
「そうか。でも、友達の無事を確認できたし、出産も立ち会えたからよかったな。」
泣きながら頷く。
しばらくベンチに座り、流れ行く雲を眺めた。太陽が大きな雲から見え隠れ、切れ間に暖かい日が差してくる。
「宮野、俺と付き合わないか?俺さ、ずっとお前のことが好きだった。お前のことはよく知ってたし、お前の気持ちもわかってたし、好きだから大切に見守ってきた。他の人と付き合って見たりしたけど、本気で好きになれなかった。実はお前たちの約束が果たせなかったら告白しようと心に決めていたんだ。」
真希は突然の告白に動揺し、
「先輩、私はまだ彼が忘れられていません。そんな気持ちの中で先輩と付き合うなんて、卑怯でできません。」
辛島が真希の頭を撫でながら言う。
「いいじゃないか、卑怯で。最初はそんなもんだろ。二人で思い出にしていけばいいんじゃないか?楽しんで、幸せになろう。」
幸せになる?なってもいいのだろうか?でも、この9年の間、ずっと苦しんできて、これから彼を忘れて幸せになっていいのだろうか?
沈黙の時間が流れ、
「先輩、私、幸せになりたい。忘れられるかな。」
「忘れられるよ。俺が忘れさせるよ。」
真希は泣きながら、頷き、
「先輩、私、忘れたい。忘れさせてください。」
辛島は真希を優しく抱き寄せた。