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時を止めて ー君と歩いた21年ー  作者: 菅野和江
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帰郷

 平成29年クリスマスイブ


 街中がにぎわい、通り行く人々の笑顔や笑い声がきこえる。どこからか流れるジングルベル、恋人同士が腕を組んだり、プレゼントを持った男性が足早に歩いたり、3人組の女学生が楽しそうにおしゃべりをしていると思えば、寂しそうにポケットに手を入れて歩いている人もいて、クリスマスはいろいろな人間模様がある。


 宮野真希27才


 彼女は今も忘れられない思いを秘めている。高校の時大好きだった彼との約束を確かめるためにこの街に帰ってきたのだ。19歳で上京、8年が過ぎ、久しぶりの帰郷で彼女は東都大学病院で麻酔科医として勤務している。


 久しぶりの街はかなり変わり、知らないビルや建物、店もいっぱいだ。約束の時間は22時、今は15時、まだまだ間はあるので、昔を懐かしみながら、街を歩き回ることにした。


  「真希?真希じゃない?」


 と聞こえたので、振り向くと、お腹の大きな女性で、中学の時からの親友で佐々木涼子だ。


「うわー、元気だった?結婚式行けなくてごめんね。涼子、大輔くんのことずっと好きだったから、私すごく嬉しかったよ。それで、予定日はいつなの?」

「うん、ありがとう。すごく幸せよ。大輔は真希が好きだったんだよね。でも、私がずっと付きまとい、好き好きってずっと言ってたら、いつのまにか結婚決まってたのよ。予定日は実は明後日なの。」


 立ち話はきついので、昔よく行ったジュピターという喫茶店に入る。


「予定日が明後日ならお腹が張ったり、痛んだりするんじゃないの?」

「お腹はよく張るけど、痛くないよ。動いていた方が運動になって、安産になるでしょう?」


 1時間くらいおしゃべりをして、

「来年の盆休みにクラス会を予定してて、みんな真希に会いたがってるから、絶対に来てね。」


 二人はクラス会での再会を約束した。


「家に帰って、夕飯の支度しなきゃいけないから、そろそろ帰るね。」


 涼子が言いかけ、店を出ようかと立ち上がろうとした時、突然、涼子が叫ぶ。


「きゃー」

「涼子、どうしたの?」


 涼子がびっくりしながら、下を指差すと、椅子の下が水浸しになっていて、どうやら破水したようだ。動揺する涼子に大丈夫だからと語りかけ、落ち着くように背中を支え、店員にタクシーを呼んでもらい、2人は病院に向かう。


 17時過ぎ、病院で


 破水して、陣痛も始まり、このまま入院と言われたので、陣痛の合間に涼子は大輔に電話をするのだが、話の途中で陣痛が来るので、喋れなくなり、その時は真希が代わりに状況を説明する。


「仕事を早く片付けて来るから、それまでよろしく頼む。」


 大輔はしばらくの間、涼子を真希に託し、電話を切る。


「真希、つき合わせちゃってゴメンね。今日、何かあるんでしょう?私はいいからはやく行って!」


 一人で頑張ってる涼子を一人にできないし、それに、大輔からも頼まれている。


「大丈夫、22時だから、それまでは涼子のそばにいるから。」


 規則正しく陣痛が来るたびに腰をさすり、喉が乾くので、時々水分を含ませ、励まし続ける。


 19時頃、大輔は仕事を早く切り上げ、駆けつける。



「真希、ありがとう。助かったよ。なんか用で帰って来たの?」

「まあね、それよりも涼子を助けてあげて。腰もさすってあげなきゃ。」


 大輔は頷いて、涼子のそばに座り、腰をさすり続け、痛みの感覚がかなり短くなったので、二人は分娩室に移動する。


 涼子ははやく行くように言ってくれたが、心配でたまらない。時計の針は20時を指している。まだ少し時間があるので、もうしばらく待合室で待つことにした。


 約束の公園、彼は来るのか?でも、忘れてくれと言われた約束、来ない可能性が高い。それでもわずかな可能性に賭けて、この福岡に帰ってきた。


  21時30分、今なら間に合う!今すぐタクシーに乗り、約束の公園まで行けば、もしかして彼がいるかもしれない。しかし、涼子のことが心配で、どうしても行けない。


(来てくれる可能性はほとんどないんだから、結局は私の心の問題。どっちみち、ダメなんだから、ここに残って涼子と大輔の子供の誕生を見守ることにしよう。)


 真希は唇を噛み締め、手をぎゅっと握りしめる。


 23時過ぎ、待合室にメロディとともに、電光掲示板に22時50分女の子が誕生しましたと流れ、居ても立っても居られないので、分娩室の前に行くと、大輔がちょうど出てきた。


「おめでとう!涼子と赤ちゃんは無事?」

「ありがとう、二人とも元気だよ。今から、処置をしてもらってるところ。それより、いいのか?なんかあるんだろう?」


 真希は苦笑いをしながら、

  「どうしても、おめでとうが言いたかったの。大丈夫、大輔君と涼子の子供の誕生にどうしても立ち会いたかったの。無事がわかったから、私、行くね。」

 と大輔にお祝いの言葉をかけ、病院を後にする。


  時計を見ると23時30分前だが、かすかな希望を胸にタクシーを走らせる。公園近くになり、時計を見たらちょうど0時、公園から一台のタクシーが出てきて、すれちがった。


 タクシーから降りると、クリスマスの公園はライトアップされ、光のゲート、馬車などが飾り付けてあり、とても綺麗で、腕を組んだ恋人同士や女友達で賑わっていた。噴水前のベンチには知らないカップルが座り、笑顔で手を握り合っている。あたりを見回し、噴水の周りをぐるぐる回り、何度も探すが、彼らしき姿は見当たらない。


(やっぱりね。これで諦めがつく。)


 しばらく、公園のライトアップをただ呆然と見つめる。




 次の日、病院に向かい、涼子を見舞う。


「涼子、おめでとう!すごく嬉しい!赤ちゃん、すごく可愛い!」

「ありがとう。真希がいてくれてすごく心強かったよ。昨日は大丈夫だった?」


 涼子が心配してくれてるのもわかってるし、責任を感じてもらわないように言う。


「昔、公園で会おうねと約束してたんだけど、さすがに9年前だから、忘れてられてた。大丈夫、心の整理できた。切り替えて、次に進めるから。」


 二人は心配したが、今は何も言わず、そっと見守る事にした。


 病院を後にして、空港にむかう。


(さよなら、私の初恋。)


 心の奥にしまっておいたものを置いて東京に帰って行った。

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