女神のような聖母のような
転生物が書きたくなりました。
真っ白な、あたたかい光を放つ、ふんわりとしたワンピースを纏う女の子。背中からは6本の羽が生えていた。地面から少し浮かぶ彼女は私の頬をそっと撫でた。
『○○様、天寿をまっとういたしましたこと、お喜び申し上げます』
ああ、と妙に納得する自分がいる。
長く生きた私にお迎えが来たのだと。
自分の目の前にいる玄孫ほどの年の女の子は神様のお使いなのだと。
『貴女様は現世で大変徳を積まれました。度重なる不幸、辛い境遇にもめげず家族・友人、大切な方々を守り育てた貴女様に尊敬を。我ら天に住まう者でもそのようにできた魂を持ち合わせてはおりません。来世では貴女様が望む生を謳歌されますように』
「あらあら、ありがとうね」
幼い頃に知らなかったとは言え多くの罪を重ねた自分へ女の子から紡がれた言葉はひどく優しいものであった。
天涯孤独になるはずの私が、愛する夫と一緒になって。子供が産まれてその子達を夫婦で育てて。またその子たちも家族を持って、愛おしい家族が増えた。先に夫は亡くなってしまって寂しかったけれど、その分私が生きて、玄孫までこの腕に抱くことができた。長く生きた分、友人ともたくさん出会ってお別れして。
最期には痛くも苦しくもないように、眠るように死ぬことができた。
「楽しい、愛おしい人生だったわ」
自然に目尻の皺が深くなった。
そうね。年をとって笑う度笑う度、皺が増えていったの。おばあちゃんに見えてしまうと皺を気にする私を夫は笑った。
生卵の薄皮をお肌に貼ると若返るって孫がどこからか聞いてきて試したことがあったわ。効果のほどは残念だったけど孫が「おばあちゃん、若返らなかった」ってしょんぼりしたのは可愛かった。たしか、あの日の晩ご飯はあの子の好物のオムライスにしたのよね。
『あの、貴女様には特典があるんです』
「特典?」
『ずばり来世での順風満帆なグッドライフです!』
「ぐっどらいふ......?」
子ども達に合わせて外国語を習ったから意味は解る。子ども達ったら「外国語なんて使わないし! テストやる方がおかしいんだし!」とか言ってたから「じゃあ、お母さんとどっちが早く覚えられるようになるか競争しましょう」って競争することになっていったのよね。他の教科でもそういう風に言い出す子がいたから結局は全科目勉強することになっちゃった。元々勉強は好きだったから苦にはならなかったけれど。だから私、大学生くらいの実力はあるのよ。えへん。
『ですから、○○様にはチートをプレゼ』
「いりませんよ」
私は十分幸せな人生を送ったわ。
これ以上ないくらいに。
あの人に出会えて、子ども達に出会えて、友人に出会えて。
泣いて、怒って、悲しんで、でもたくさん笑った。
『でも、貴女様に何か望みがないと私が困るのです』
女の子が叱られた子供みたいに目線を落とした。心なしか羽に元気がないような気もする。
困ったわ......望みといっても現世でやりたいことはやってきたわけだし。
ほっぺたに片手を添えて考える。
「あ」
ひとつ、ある。
「もう一度、あの人と会いたいわ」
もし可能なら。でも無理に会うわけには行かない。
来世があるなら同じ地方か、国か......いいえ、同じ世界にいてくれればそれでいい。必ず一目会いに行く。元気な姿を遠くから一度見るだけでいい。それで満足だわ。
『......っ! ええ......ええ! 素敵です! 先立たれた旦那様にお会いしたい、もう一度愛しい旦那様と一緒になりたいということですね? わかりました。天に住まう者たち総出で全力でサポートさせていただきますとも!』
一瞬息をのんだ女の子は次の瞬間、瞳をきらきら輝かせて拳を作った。
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ぺっしゃんこの肺に空気が入り込んだ。目は開かないが急にまぶたの裏に強い光を感じる。
漠然とした不安と恐怖。
気がついたら大声で泣き出していた。困ったことに泣きやむことが中々できない。涙を引っ込めようとしても身体はいうことをきかず、泣き叫ぶ。
産湯を使われた後、清潔な布に包まれる。
「きれいな女の子です」
と産婆らしき女性が年配の男性に報告する。
「そうか」
とただそれだけ言って、男性はその場を後にした。
不安そうな表情を浮かべる産婆に私を産んだ女性が笑いかける。
「あんなに嬉しそうなあの人を見るのは久しぶりだわ」
声が明るいことから、それがただの慰めでないことがわかった。今の男性は『つんでれさん』だ。末の孫がよく少女漫画を貸してくれたからわかる。
「あら、シャルロッテが笑ってるわ」
私の名前はシャルロッテに決まったようだ。この女性とあの『つんでれさん』な男性が......私の今のお母様とお父様が考えてくださったらしい。
数ヶ月ここにいて気づいたこと。
私の生家はこの国でもかなり格式が高いらしい。貴族と思われる。爵位はまだよく分からない。ベッドで横になって動けない状態だから。
人嫌いなお父様の影響があるせいで働いている使用人は10人ほど。みんな暇を見つけては私を見にくる。
前世では戦場であの人に会うまでこんなに愛されたことがなかった私だ。こんな風に愛情を注がれるのは素直に嬉しい。
「お嬢さまが笑っていらっしゃるわ! なんて愛らしい」
「ああ! 自分の子どもでもないのに嫁に出したくありませんね」
「それはきっとご主人様たちも同じだわ。生まれて間もなく届いたお見合い写真を中庭で燃やしていらっしゃるところ見ましたもの」
「俺もみました。炎の色が真っ黒でしたね。あの時は声かけられる雰囲気じゃなかったよな」
「その後にこちらへいらして「シャルロッテはずっと家にいてもいいからな」って呟いておりましたな」
やっぱり『つんでれさん』なお父様は愛情深い方だった。
「あ、また笑ってらっしゃる」
使用人たちはほんわかした後、仕事に戻っていった。
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三年後。
今日は家庭教師の先生が我が家にやってくる。
私はというと外見の年齢からしてみるとかなり大人しい子供だという。だって中身はおばあちゃんですもの。
だけど困ったことが一つある。
何をしても使用人たちが私を叱らないことだ。叱らないどころか誰一人注意することもしない。
それは数年前のとある事件が原因だと思う。
実は私には兄が三人いる。男児が三人続いた後、ようやく生まれた女児だったからだろうか、私は過保護に育てられた。歩けるようになるまで兄弟に会わせないほどの徹底っぷりだ。
一番上の兄は現在18歳、二番目の兄は13歳で二人とも学園の寮にいるため屋敷にはいない。
三番目の兄、コンラートは現在6歳。私が生まれたときは三歳だった。その頃からコンラートお兄様は悪童として有名だった。野良犬を捕まえてきて庭の木に繋いで石を投げて遊んだり、使用人を落とし穴にはめて上から虫を入れて楽しんだり、そしてそれらを叱られると魔法を使って暴れるのだ。
この世界には魔法というものが存在し、ほとんどの人間がそれを使える。庶民と貴族で使える魔法の強さは変わるが。
コンラートお兄様は幼くして魔法の才能を開花させてしまった。
悲劇はそこから始まる。
この屋敷でお兄様を力でねじ伏せられるのはお父様とお母様だけであったので両親に隠れて悪質すぎる悪戯を行うようになってしまった。両親から折檻を受けても翌日には忘れてしまっているお兄様にこの屋敷の者たちは頭を抱えていたのだ。
自分の身を守れるようになるまで私とお兄様を隔離しておこう、というのが使用人達の総意だった。
だが、悪知恵だけは働く名高い悪童コンラートお兄様は使用人が暇を見つけては通っている、魔法で光学迷彩処理された離れの存在に気づいた。そこに妹がいることを知ったお兄様は使用人に詰め寄る。
『自分に隠さなければならない妹なのか』と。
お兄様の魔力が漏れだし、メイドと使用人の男性は恐怖で腰を抜かした。お兄様の瞳は怒り一色に染まっていた。
その光景を見た私は初めて会ったお兄様に近づいた。立ち上がって。
ちなみに初めてのタッチである。
ぐらぐらと覚束ない足取りで歩く。
「あぁ、お嬢さま!」
使用人が悲鳴を上げる。お兄様はさらに苛立ち、使用人に手を翳した。私を無視して。
魔力の渦が手のひらに集まっているような気がした。もしかしなくても魔法を使って使用人を攻撃する気である。
使用人さん達を守らなければと思った。
この方達は私の娘や息子よりも年若い。これから先の人生で幸せなこといっぱいあるはず。こんなところで怪我をしたり、命を落としたりしてはもったいないわ。
「あー、うー!」
あー、で魔力を溜めて、うー、でお兄様に向けて放出する。
お兄様はそのまま3、4メートルほど吹っ飛び、壁に強く頭を打った。普通に暮らしている一般人には日常でちょっとなかなか聴けない凄い音が聞こえた。お兄様はぐったり動かなくなったが、死んではいないはずだ。あれしきで死んでいたら戦場では生き残れない。
魔法の衝撃で私はストンと尻餅をついた。ちょっと痛かった。
泣きはしなかった。だって中身はおばあちゃんですもの。
そして暫くして気づいてしまった。
使用人達が私を全く叱らないことに。
お兄様と比べて大人しいから叱られないのか、私の魔法を恐れてなのか、はたまたやっと生まれた女児を猫可愛がりしたいのかは分からない。ただ褒めるようになった。
こんな風に甘やかしたら我が儘な令嬢に育ってしまうんじゃないか、と思った。同時にこの世界の常識が分からなくなってしまった。
ただ私は取りあえず自分を律して、あの人のように立派な人間を目指すのだった。
いつかこの世界であの人に出会っても恥ずかしくない人間であるために。
やってきた家庭教師はユーリアという無表情な女性だった。教養を教えてくださるらしい。
やっとこの世界の常識を知っていそうな人が来てくれたと私は喜んだ。
両親が去った後、部屋に取り残されたユーリアは私に問いかけた。
「お嬢さま、『シェーン☆リィーベ』という単語に聞き覚えはございませんか?」
何でしょう? 何かの呪文でしょうか、と首を傾げる。
私の疑問に答えることはなく、彼女は私の手を握り宣言した。
「シャルロッテ=アルトドルファー。たとえ貴女が悪役令嬢だとしても、わたくしがバッドエンドにはさせません! 絶対に!」
言っていることはよく分かりませんが、教育熱心な先生は素敵だわ。
「ええ、よろしくお願いします。ユーリア先生」
早くあの人に釣り合うような人間になりたい。
まだ出会っていないあの人のためにするなら、どんな努力だって惜しむつもりはない。
多分、記憶持ちの転生者のユーリア先生と中身おばあちゃんな悪役令嬢役はすれ違いながらもがっちりと手を組んだ。
その柔らかくもしっかりとした性格と慈愛に満ちた笑顔に社交界でシャルロッテ=アルトドルファーが女神のような聖母のような、と称されるまであと十数年。
果たしてシャルロッテはあの人と再会することができるのか。
そして結末はハッピーエンドか、それとも......
設定
・シャルロッテ
前世は長生きおばあちゃん。おっとり系。
前世では戦場で夫と出会い、恋に落ちた少年兵。
・ユーリア
多分転生者。シャルロッテの家庭教師。
この世界が乙女ゲームの中であること、シャルロッテが悪役令嬢であることを知っている。
悪役令嬢推し。
乙女ゲームでのシャルロッテは幼少時にコンラートに重傷を負わせ、調子に乗って我が儘に育ったご令嬢。自分の思い通りにならないと癇癪をおこす。どのルートでも平民のヒロインの邪魔をして最終的に処刑or国外追放