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ありきたりな異世界転生

時は遡ること2日前―――。


「はあ…」


暖かい日差しに照らされた西洋を彷彿とさせる街並みの一角。出店は人で賑わい、子供たちが楽しそうにかけっこをして遊んでいる、そんな活気に溢れた光景とは裏腹に漏れ出たのは大きな溜息だった。


ああ......良い天気だ。


噴水広場を囲うように設置されたベンチの一つに座りこみ、空を見上げながらそんなことを思う。


まるで夢の産物かと思えるほど透き通った青空。

そんな晴天を見上げていると、不思議と自分も夢の中に浸っているような、そんな感覚にすら思えてくる。

いや、事実夢でも見ているんだろうか、僕は。


哲学的、というにはあまりに腑抜けた論理をぼんやりと並べながら、淡い期待を込めて空を見上げた右頬をつねってみる。


...いひゃい。


案の定、伝わってくる痛みが現実逃避を許してはくれない。

本日2回目の溜め息をつき、「今日はスーパーの特売日だったな...」などと思いながら空を見上げていたのも束の間、ものの数秒でその安らぎタイムは頭上を横切った巨大な影によって阻まれる。

ポカンと口を開けたまま滑空するその影を目で追い、それが俗に言う「ドラゴン」の逆光を浴びた姿だと判断するのにそう時間はかからなかった。


.....嘘だろ...。


頬を冷や汗が静かに垂れるのを感じながら、見上げていた頭上から目を背けていた街中へとおそるおそる視線を戻してみる。

西洋風の街並み。賑わう人々。ここまでは何も問題はない。問題ないのだが... 。

辺りをざっと見渡すだけでも「それら」はすぐに目に止まった。2本足で歩く等身大の爬虫類。頭に獣耳が生えた売りっ子。あっちは獣人と…魚人だろうか?


漫画やアニメの世界でしか見たことのない光景を、媒介を通じず肉眼で視認しているのだ。

先ほどつねった痛みの余韻が「これは現実だ」と言わんばかりにじんわりと尾をひいていた。


「どこだ...ここ...」


だれに問いかけるでもなく、青年ミツキ・カケルの懇願にも似た呟きが昼さがりの賑やかな活気にかきけされた。


..................

......

...っていやいやいやいやいや!

落ち着いて、冷静になるんだ、これが現実なわけないじゃないか!


ベンチの上であたふたと転げ回っていた自身を落ち着かせ、深く深呼吸する。

確かにアニメもゲームもファンタジーなら「大」がつくほど好きだが、さすがに現実との見境がなくなるほどではない、と信じたい。

夢だ。起きよう。


そう決心し、「ぐぬぬ」と力みながら閉じた瞳をゆっくりと開いてみる。が、噴水広場から情景が変わる様子がない。

「それなら」と強く念じてみたりさらに強く頬をつねってみたり、終いには噴水に頭を突っ込んでみたりと試行錯誤するも、状況はなにも変わらなかった。


...これはもう、認めざるを得ないのかもしれない。


髪から水滴が滴り落ちながらも、カケルは再びベンチに腰がけた。

時間にして5分程度の足掻きだったが、あっさりと現実を受け入れるにはそれなりの理由があった。

そう、あのとき確かに僕は「死んだ」はずなのだから。


「異世界転生…ってやつなんだよな、きっと」


口に出して言葉の意味を噛み締める。

異世界、か。考えてみればそんなに悲観的になることでもないのかもしれない。むしろ、前世の記憶を引き継いだまま新たな人生がやりなおせるのは、数多の輪廻の中でも特殊な事例なのではなかろうか。


前世に置いてきてしまった家族は心配だが、気持ちを切り替えこのファンタジーな世界で逞しく生きていこうじゃないか!


「よーーっし!」

と自分に喝を入れながら勢いよく立ち上がったと同時に、体が冷えた反動か、盛大なくしゃみが広場にこだました。


「さ、さすがに濡れた格好のままじゃまずいか?」


せっかくの転生スタートがびしょ濡れの状態異常なのはよろしくない。

というより、これが異世界転生モノのラノベやアニメなら転生前に女神様と対話したり、転生後にチート級の能力が与えられるのが王道のはず。...そのどちらも記憶にないのだが。


「あの…よければ、これ使いますか?」


濡れた冷たさに肩を抱きながらそんなことを思っていた矢先、透き通った声と共にハンカチが目の前に差し出されていた。驚きながらも咄嗟に見上げた先にいたのは、黒髪を肩まで伸ばした女の子、いや美少女だった。


「あっ、…ありがとう、ございます」


突然の声掛けに一瞬取り乱すもカケルは少女からハンカチを受け取る。年齢は自分より少し若い、高校生や大学生1年ぐらいの顔立ちをしている。スカート姿にポンチョをかぶり、首には特徴的な首輪をつけていた。

この異世界でも幸い、言葉は通じるようだ。


「それで君は…」


手のひらに乗るサイズのハンカチでは濡れた上半身を乾かすのが難しいだろうと判断したカケルは、少女に転生後初の会話を試みることにした。


「困っていたようだったのでつい…」


少女は指をもじもじとしながらこの状況に至った経緯を説明する。

これが噂にきく「異世界女子は皆かわいい説」というやつなのだろうか...!

そんなことを一瞬で考えるも急いで振り払い、カケルは素直に礼を言った。


「実はこの世界…いやこの街に来たのが初めてで困っていたんだ。」

「旅のお方、でしょうか?」

「そ、そうそう!もう右も左も、上も下も分からないような状態で!」


話を無理矢理合わせたカケルがアハハと愛想笑いを浮かべながら言葉を並べる。


「…あの、ご迷惑でなければ...私がこの街を案内しましょうか?」

「え、ほんとうに?!」


見渡す限り看板の文字は読めないうえ、下手に誰かに話しかけ不審者扱いされたくないと思っていたカケルにとって、彼女の申し出はとても嬉しいものだった。


「はい、私フィリアって言います。」


カケルの問いに対して黒髪の少女はぎこちなく微笑む。

カケルも自己紹介を簡単に済ませ、「まずは大通りを案内しますね」と先導するフィリアの後を追うことにした。


切りよくするために一部文章を次話に移動しました。

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