プロローグ
「カケルさまー。朝ですよー。」
朝日が差し込む宿屋の一室。
窓の外から零れる小鳥の囀ずりが心地よい朝を演出する。
「カケルさまー?」
ベッドで未だ眠る青年を起こすべく、2人の少女が両脇から顔を覗き込んでいた。
一人は透き通るような金髪を背中まで伸ばし、もう一人は肩まである白銀の髪を片側で結んでいる。
先ほどから呼び掛けている金髪の少女が横たわった男の肩を揺らしてみるものの、目を覚ます気配は一向にないように思える。
「むぅ、なかなか起きてくれないね。」
「駄目よマーリ。そんな起こし方じゃマスターは一生目を覚まさない。」
「一生は言い過ぎでは…」
「私が手本を見せる。」
マーリと呼ばれた金髪少女の言葉を受け流し、銀髪の少女がなおも寝ている青年に跨り咳払いを一つする。
「…お兄ちゃん、起きてくれないと、リリス寂しいな?」
「……」
「早く起きないと、お兄ちゃんにチュー、しちゃうよ?」
「ダメ―ーー!!」
猫撫で声で青年に覆いかぶさった少女の妖艶な仕草を見て慌ててマーリが割ってはいる。
「なによマーリ。私は手本を見せているだけ。」
「そ、そういう如何わしい起こし方はダメです!」
リリスと自身を名乗った白銀の少女がもとの淡泊な口調に戻り、遮られたことに不服を申し立てる。そうして二人の小競り合いが青年の上で始まったのだった。
―――――――――――
――――
――動けない...。
青年が目を覚ましたのはそれから1時間後のこと。
気づいてみると両腕は腕枕にされ、左右で少女達がスヤスヤと満足そうに眠っていたのだ。
うーむ。
寝ている二人を起こすのは忍びないが...
「マーリ、ほら朝だぞ。」
「んー...」
「ほら、リリスも。」
「あと5時間」
「きみ起きてるよね?!」
端的な受け答えに突っ込みを入れつつ、リリス側の腕を起こすと「あっ」と残念そうに銀髪の少女が口を膨らます。
「ほらマーリも朝だぞ。いつの間に入ってきたんだ。」
「んあ、カケルさまおはようございます...」
「むー」っと眉間を寄せているリリスを背に青年はベッドから降りて背伸びをする。
「今日はユーフィス公爵にお遣いなんだから、早く準備するんだぞ」
「私達がカケルさまを起こしにきたのにー。」
「そうだそうだー。」
この異世界に転生されてから3日目の朝が始まった。
* * * * * * * * * *
第一次天魔大戦。
それはこの世界で、およそ1000年前に天界と魔界間で勃発した歴史上最も恐ろしい災厄と言い伝えられている。
天界と魔界に挟まれた人界は瞬く間に彼らの戦場と化し、人々は為す術もなく甚大な被害を被ることとなった。
人類の叡知を越えた聖力と魔力による殺し合いは、頂点に君臨する聖王と魔王の7日間にもおよぶ死闘の末、僅差で上回った聖王の勝利で終止符を打った。だが...
天界の勝利かと思えたこの大戦は、聖王の急死という唐突な幕引きで終戦を迎えることとなる。
なお、この時人界で果てた魔王の死骸から溢れ出たマナが、人々に魔法を授けたとされている。
天魔見聞録 第一章 第一節より...
* * * * * * * * * *