「将棋の駒」と修学旅行に行ったときの話
これは僕が中学生の頃の話だ。
修学旅行の初日、僕は少し憂鬱であった。
旅行先で行動を共にするメンバーを決める「班決め」の日、
僕は風邪で学校を休んでいたので、
メンバーが足りなかった班に僕は強制的に入れられてしまったのだ。
そして、その班のメンバーは、僕以外全員が
「将棋の駒」であった。
彼らとは二年近くクラスが同じだったのにも関わらず、
それまで会話をしたことがなかった。
大人の世界でも「人間は人間」、「将棋の駒は将棋の駒同士」で
行動を共にするのが一般的であるから、
うちのクラスでも、そのような関係性になってしまったのだと思う。
歩兵、銀将、香車、桂馬ときて、
「石川」という僕の名前が書かれた
旅のしおりのページを見るたび、僕はため息をついた。
バスの席については、うちの班は五人組なので、
僕の座席の隣には誰も座らないだろうと思っていた。
しかし、座席表を見ると僕の隣には「歩兵」が座ることになっていた。
バスでのレクリエーションは隣の人と協力するものが多いので、
それを機に仲良くさせようとか、
そういった先生の意向があったのかもしれない。
しかし、バスに乗ってから一時間が経っても
僕たちの間に会話は生まれなかった。
『まぁ、そうなるだろう』と僕は思っていたので
気にせず窓際の席から外の景色を眺めていた。
すると突然、歩兵の方から僕に声をかけてきた。
『で、できれば、席を交換してくれませんか。』
『あぁ、かまわないよ。』
かなり慌てた様子で、急いで僕のいた席に移動すると、
風にあたりたかったのか、歩兵はすぐに窓を開けた。
そして、あわててリュックからビニール袋を取り出していた。
ま、まさか。
よく見てみると歩兵の顔は真っ青だった。
『だ、大丈夫?!』
少し大きな声だったこともあり、
後ろの席にいた同じ班の将棋の駒たちもこちらの異変に気がついた。
『どうした?』と銀将が聞くと
歩兵は、もう返事をする余裕もないのか
『ほっといてくれ』とでもいいたげに、
手で僕たちを制するようなポーズをとった。
『おい、、まさかお前、成りそうなのか?』
『これ成るんじゃね?』
『おい!先生たちのいる前の席まで連れて行け!』
将棋の駒たちが一斉に慌しく動きだした。
僕はどうしていいのかわからなかったので、
ただただ後ろの方の自分の席の前で呆然と立ち尽くしていた。
宿泊先のホテルに着いてからクラスメイトに聞いた話によると
「歩兵」は先生たちの席へと向かう途中で、
思いっきり「と金」に成ってしまったらしい。
そして、それを見ていた周りの銀将、香車、桂馬も
そろって「もらい成り」してしまったのだそうだ。
結局その日は、僕以外の4名が体調不良によりホテルで休んでいたため、
僕は一人で観光地を回るハメになってしまった。
(追記)
次の日同じ班の将棋の駒たちから
『石川君はよくあのバスのゆれの中で成らなかったね。
すごいなぁ』と声をかけられた。
あんな事件を一緒にすごしたからか、
それらの話で会話のネタにも困らなかったこともあり、
僕たちはそれからすっかり仲良くなった。
大人になった今もたまに集まっては飲みに行ったり、
ダーツをしにいったりしている。
(追記)
言い忘れていたが、僕はその班の班長を務めていた。
班長には班の点呼を取り、全員が無事であるかどうかを
先生に報告するという役割があった。
しおりに書かれている名前を読み上げて点呼をとるのだが、
うちの班は誰も返事をしてくれない。
みんなの顔を見回すと、と金は『やれやれ』といった感じで
僕に向かってこう言った。
『あのさぁ、、この班には
歩兵も銀将も香車も桂馬もいないよ。ちゃんと見てよ』
そういいながら彼は、
自分の体にかかれている「と」という文字を指差した。
『あぁ、ごめんごめん。そうだったね。』
僕は謝りながらも、
彼らの細かいこだわりに、少しイラっとしてしまった。






