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ちびコウモリ2


身体が揺さぶられいる感覚に、僕は強引に覚醒させられた。


「んー・・・」


収まっていた荷物の中から、顔をのぞかせた僕は辺りを確かめて見ることから始めることにした。

すると、窓から差し込む日差しは明るい。どうやら、それほど時間も経ってないみたい。


「あれ?ご主人。もう終わっ、うぶっ⁈」


目をこすりながら声をかけると、いきなり鷲掴まれた。我ながら卵型の掴みやすいこの姿が情けない。


「しゃ・べ・る・な(小声)」


そう言いながら、利き手にご主人は握力を込める。僕が握られているのも利き手です。


「・・・・・・ヂュー(訳:了解です。)」


承諾の意思を伝えるために首を縦に振りつつ、動物っぽく鳴く。

ちなみに、コウモリがヂューと鳴くかは知りません。

小動物に羽が生えたら、こんな風に鳴きそうと思ったからヂューと鳴いてます。


お使い動物となっている僕は、当然人間の皆さんの前で喋ることが出来ません。

だからまあ、こんな鳴き声で許して下さい。


「グリークさーん、どうしましたか〜」


薄らぼんやりした声が、ご主人の後ろからかかります。


「なんでもありませんっ」


確かあの声は、我らがお使い動物達の“先生”、のご主人様であるシルヴェスターさん。

ぱっと見、前髪だけが長い明るく短い栗毛の髪をした優し気なお兄さんだ。

実際とても優しい人で、いつも眠そうな顔をしながら僕たちお使い動物におやつをくれる優しい人です。そして動物好きなのか、食べているのを眺めている時はとても幸せそうな顔をしている。

シルヴェスターさんはご主人達、人間の担任教師をしています。

前髪を上げる為に付けられた、過剰とも思える七本のヘアピン。白衣がなければ教師には見えないくだけた服装は、紐の解けかかった編み上げブーツがとても奇抜だった。


どうやら、まだ授業の最中だったようです。

しかし、なんでご主人は荷物を取りにきたんでしょうか?


「じゃあ準備も出来たのでしたら、始めちゃってください。グリークさん」


「はーい」


そう言ってご主人は僕を鷲掴みつつ、教卓へと歩いて行きます。


「あれ、ネズミ連れてくるの」


などと失礼なことを言ってくるのは、頭とノリが軽そうな赤毛野郎が一人。

また、貴様か。

ヤツはご主人の同級生で、名前はカロルという。

端的に云えば、僕の敵だ。


「お前、そんな事言ってっと」


誰がネズミじゃい!コウモリだからっ、コ・ウ・モ・リ。この美しい飛膜が目に入らんかっ。

いくらプライドをドブ川に捨てたとはいえ、そこは間違えないでもらおうか。この万年補習男がっ。


と、言える訳もなく…。


仕方がないので、自分の影にしまっておいた果物の皮やら種やらを取り出して投げ付けるだけに留めておいくことにしました。

いやあ、僕って大人。


もちろん今の身体で投げるのは構造上ちょっと難しい。だから影を操り、奴の顔に叩きつけてやります。

その時、影は糸状に細くして魔力を節約することも忘れません。魔力貧乏には大事な工夫ですから。


「ぶはっ⁈なにこれ、バナナの皮っ!うえっ、げえっ⁉︎種っ」


大口を開けて、文句でも言おうとしたのでしょう。タイミングよく投げた桃の種が奴の口の中に入りました。


「ヂューっ!(訳:ざまぁ見さらせぇ!)」


掌の大きさがご主人の小指の先ほどもない今の僕ですが、握りしめた拳を頭上に掲げた勝利宣言は忘れません。


「お前らさあ、じゃれるのはその辺にしてさっさと始めようぜ」


僕等に呆れたのか、ご主人と補習男の同級生シュエットさんが止めに入ります。


「ヂュー(はーい)」


「いい返事をありがとう」

彼は隠密科にしては珍しく、わりと常識を知っているので僕としては嫌われたくない相手です。ので、ここは従っておきます。彼に感謝しろよ駄目ンズ。


「グリークさーん」


「あ、すいません。今いきます」


まだえずいている奴に向けておちょくった顔をしている僕を掴みながら、ご主人は教壇になっている部屋の一番前に向かいます。

少し高い段差の所に急いで登り、ご主人は居住まいを正します。

その時の僕は、ペンや手帳、それから厚手ノート。これらと一緒に教卓に置かれた。

ホント、何するんだろう。


ふと視線の端、窓の外で何かが揺れているのに気づく。反射的にそちらに目を向ければ、それはいつも通りの光景。


ああ、今日は来たんですね。女史。


午後の日差しに照らされて青々した葉っぱを茂らせた木がある。ちょっとやそっとでは、決して折れなさそうな太い幹。その木には、これまた太い枝がある。

そのいい枝ぶりの木に、何故か吊るされた眩しく白い御御足(おみあし)と子供用パ…ではなく、女生徒が逆さまになっている。


食べ物の夢でも見ているのか、口元のヨダレがすごい。

その瞼が堅く閉じられていることからわかる通り、彼女は完全に熟睡している。

驚きはしまい、いつもの光景だ。現にクラスの誰も、彼女に注意を向ける人はいない。

恥じらいを説くだけ無駄な御仁なのは、クラス全員が知っている。


昼前にはなかった光景だから、きっと昼休みに来たんだろう。この遅刻魔は。

下着が丸見えになることも恐れずにただひたすらに己の欲望のままに惰眠を貪るその姿は、本当に潔い。


ホント、あんたよくやるよ。そして反省してないんだよな、きっと。


一般的に、学生の遅刻はあまり褒められない行動だ。当然のように、なんらかの罰が付いてくる。

もちろんこの学科でも遅刻は許されざる罪で、新入生には(・・・・・)そこそこにきついペナルティが課せられる。

そんな中、生徒の自主性を重んじる隠密科では三つほどの特別な罰課題が用意されている。

その中から好きな一つを選べということだね。


その中のペナルティの一つに『あり得ない体勢での長時間の体勢維持』なるものがある。

仕事の如何によっては、長時間ろくでもないところに潜まされるのがご主人達の目指す職業。

そんな場合を想定しての訓練なのだが、悲しいことに慣れるとただのサボりの口実になってしまう。


そう、在学三年目の彼女にはなんのペナルティにもなりはしない。

反省文には毎回「長時間の拷問に耐える体勢です」と書いているそうだけど、これだけ気持ち良さげにヨダレ垂らして爆睡しているのを見ると絶対嘘だツッコミたい。


まあ、今のところツッコんだとしても不毛感が半端ないんだろうから何もしませんが。

それに、僕のご主人じゃないし。


ずっと見ていてもどうせ放課後まで変化がないんだろうなぁと思った僕は、ご主人に視線を戻すことにした。


「それでは、これからあたしの観察日誌を発表します」


え、何それ?僕、聞いてないんですけど。

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