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一方、その頃

友達の少ない人間に、友達同士の会話の書き方って難しい。


真夏というにはまだ涼しい、そんな日の昼下がり。

校舎から少し離れた敷地の端、建造物と森の合間にぽっかりと開けた場所がある。

裏山を背にしたそこは、人数の多い戦術科がいつも使っている第一運動場。

学園一大きなこの運動場に、今は百人近い戦術科の生徒が整列していた。


「それじゃあ、お前等。各自2人組なり、柔軟から身体を温めていって組手を始めろ!」


整列している彼等の前で、体格のいい監督教官が指示を飛ばす。毎週この時間は、一年から三年の合同授業だ。今回は無手の訓練の為、男女共に得物は無しだ。


『はいっ』


他学科が見ていれば、さすがは戦術科と印象を受けるほど生徒達は速やかに教官の指示に返事をして行動していく。

彼等は素早く二人になると、思い思いの場所に散っていく。

そんな中、女子の集団から隠れるように早々と2人組になって人混みに紛れて離れていった男達がいた。


「エルガー先輩、ここなら奴らも来ないっしょ」


「だと良いんだが」


エルガーは号令の返事を言った直後に、後輩のレクターと急いで校庭の隅にある部室棟の裏手まで走ってきたのだ。そこは使われなくなって久しい、旧文化部の部室棟だった。

念のため、目くらましに魔法と特殊な歩法まで使った。目撃者が少ないとは思いたい。


「教官が組手っていった瞬間のあいつらの顔、見ました?」


レクターは可笑しそうに茶化してくるが、エルガーにはたまったものではない。


「ああ、見たよ」


思い出すに、恐ろしい変化だった。

それまでダルそうに持参の爪磨きで爪を磨いていたとは思えないほどに目を輝かせ、一斉にこちらを見たのだ。しかも、獲物であるエルガー達に悟られないためにガン見ではなく鋭い眼光での一瞬のチラ見。

その豹変ぶりに気づかないふりをしていたエルガーも、涼し気な顔の裏で内心かなり引いていた。


「魔法科のお姫様がいないから、彼女達にはチャンスですからねえ」


末の王女であるビーテルディアは、常にエルガーの周りで目を光らせている。彼に近づく女子戦術科生を見る目は厳しい。

そんな彼女がいないのだ。女子にしてみれば、今は点数を稼ぐいい機会である。


ほら、あれ。と後輩が指差した先には、何人かの女生徒の姿があった。

彼女達は何か探しているようであたりを見渡し、運動場の周りをうろついている。


「やっぱ、先輩を探してるんスかね」


「ああ、だろうな。認めたくはないけど。あと、お前も込みだぞ」


「はっ⁈なんでオレ⁈」


「分かってないな、自分の英雄の息子としての価値を」


「先輩にだけは、言われたくないっス」


そこで二人は沈黙し、そして同時にそれはそれは重苦しいため息を吐き出す。


「お互いさまだな」


「そっすね」


目の端で女子達が教官に促されて準備運動をしだしたのを確認して、エルガー達は手足をほぐし始める。午前中を快適な空調の効いた教室で過ごしたせいか、身体の筋肉がかなり固い。柔軟は入念にした方が良さそうだ。


背筋を伸ばしながら、レクターはさっきの話の続きを始める。


「別に、女の子に好かれるのが、嫌って訳じゃないんスよ。嬉しいと思った時期もあったっスよ。でもねえ・・・」


「ああ、そうだな」


正直、彼等二人は自分達がモテている事を自覚している。

だがそれは、二人の本質への好意ではなく、ほとんどが彼等の意思とは関係のない付加価値に群がっているにすぎない。

そのことが、エルガーとレクターを素直に喜べない気持ちにしていた。


別に女の子が嫌いだということは、断じてない。健全な思春期の男子として当然大好きだと叫べるものなら叫びたい。

が、如何せんエルガー達にもそれなりに好みはある。それに彼等の気持ちを無視してでも話しを進めようとする人とは、まともな恋愛が出来るとは二人とも思えなかった。


例えば、眼前に並べられたモノを好き嫌いなく残さず食べるのは食事なら褒められる。

が、恋愛となるとそんなことをすれば外道である。

エルガー達も、彼女達がかわいそうだからといって自分の紳士的精神をドブに捨てる気はない。


そしてここが重要なのだが、二人はああいう()達が好みではない。


何を贅沢なと言われているかもしれないが、こればかりは仕方ない。これに関しては、彼女達に大変申し訳ない。

が、彼女達だって選り好みして自分達に群がっているのだ。文句は言わせない。


「・・・オレ、姉ちゃんが二人いるんスよ。だからなのか、どーもあんな感じで押してくるのがダメで。もっとこうドライな感じ?一人の時間も欲しいし、ずっとベッタリは嫌というか」


「俺もあの娘達が別に悪いってわけじゃないんだけど、行動的でもいいからもうちょっと落ち着いた気性の娘の方が気が楽だ」


「ああ先輩、そういうタイプが好きなんスね。じゃあビー様は真逆っスねえ」


王女ビーテルディアは、暇さえあればエルガーと話したがる。何が好きか何が嫌いかに始まり、果てはいつどこで何をしていたかなど。

好みによっては、そういった女の子が好きな人もいるだろう。しかしエルガーは、どちらかといえばそういった女性は苦手だった。


「その言葉は、聞かなかったことにしておく」


「分かってて放置してるんスか。先輩って、たまに冷えてるっスよね」


爪先だけでスクワットをしながら、エルガーは勝手な感想を言ってくる後輩を軽く睨む。


「じゃあ、お前はどうしろというんだ。引き取られたばかりの頃に養父の上司から仲良くしてねと言われて今に至るんだぞ」


まるで苦しさもないまま立った状態で左足の爪先を頭上に持っていき、開脚をするレクター。


「いっそ、乗っかってくっついちゃえばいいんスよ。逆玉っスよ、逆玉」


「寝言は寝てから言え。考えてもみろよ。妹としか見れない相手と結婚なんて到底無理だ」


スクワットの仕上げとばかりに、立ち上がった流れそのままにエルガーは後方宙返りをする。


「えー、そっかなぁ」


前屈も終わり、レクターはそのままの体勢から逆立ちに入る。


「お前だって想像してみればいい。姉君達と寝室が同じ生活だぞ」


途端に逆立ちをして両腕だけで腕立てをしていたレクターの顔は、何を思い出したのかしょっぱいものになる。


その顔を見て、エルガーは蹴りの素振りを止めて訪ねる。


「どうした?」


「・・・実はこの前、結婚したばっかの一番上の姉貴ン家にパシらされたんスけど」


「?うん」


エルガーも、聞きながら同じ体勢になり更に右腕を浮かせて左腕だけで腕立てをする。


義兄(にい)さんの膝の上に座って年甲斐もなく甘えてる姉貴を見たら、自分でも驚くほど吐き気を催しました」


「だろう、なっと」


そう言ってエルガーは柔軟を終える。それから一足遅く、レクターも完了した。


「それじゃあ、組手で身体あっためるか」


「了解っス。だったら、いの三番でいいっスか」


「好きだな、い型」


「そうっスかね?まあ、なんかやりやすいんで」


そう話しながら、二人は向かい合う。しかし、その体勢は膝が付きそうな程お互いの距離がとても近かった。


「まあ、理想は理想だからな。好きになれば、その限りではないだろう。たぶん」


二人はどちらからともなく動き出し、組手を開始した。


「だが今は、誰とも付き合う気はないな」


エルガーには、この学園に来た目的がある。それを果たすまでは、他のことは全て二の次だった。


二人の間で、拳を繰り出す音とそれをいなす音が続く。

彼等は雑談をながら軽く流しているつもりだが、体術実技で高得点を取り続ける二人の速さは他の生徒の追随を許さない。


「あー、なんか言ってましたね。で、見つかったんスか?」


「いや、まだだ」


「二年になって、もう半年近くっスよ。いくら広いからって、一年半見つからないのはおかしくないですか。ホント、ここにいるんスかね」


「泣き落としまで使って、養父上(ちちうえ)から直接聞き出した居所だ。必ずいらっしゃる」


エルガーの組手の速度が、徐々に速くなっていく。レクターは置いていかれまいと食らいつく。


「それに義兄(にい)様程の実力があれば、これほどの間を全く見つからずに身を隠すなど容易いことだろう」


「そんなに、すごいんですか?そのシュ・・シュル・・」


「シルヴェスター義兄様だ。間違えるな」


組手の型にはない、鋭い裏拳がレクターの顎を襲う。


「そうっ、そのっシルヴェスター様っ!」


レクターは、持ち前の反射神経で寸前のところをなんとか(かわ)す。


「侯爵家の嫡男の名前を知らないなんて、勉強不足だな」


どうやら、エルガーを不機嫌にさせてしまったらしい。レクターはとりあえず、謝ることにした。


「しょ、精進します」


レクターはエルガーの義理の兄、シルヴェスターに会ったことは一度もない。

だから、方々から囁かれる噂や大人達の評価を聞いて想像するしかない。それらを総合すると、どう想像してもその噂の義兄が実力者だとは思えなかった。

なのにエルガーは、どんな者を前にしてもその血の繋がらない義兄(あに)を賛美する。


義兄(にい)様は天才だ。何をするにも俺の上をいき、その深い思考は俺たちではとても到達できない高みにいらっしゃる」


世間ではオースティン家の長男は、引きこもりの変人だった。そんな噂が大人達の間で公然と囁かれているのをレクターも、そしてエルガーもちゃんと知っている。

人を噂で判断しちゃいけませんと乳母に文字通り身体で教えられているレクターだが、義弟エルガーとは違った意味で有名だったオースティン家嫡子シルヴェスターの噂は変人と言われるには充分なものばかりだった。


そして正直、エルガーの意見は偏っているから信用できないとレクターは思う。何故なら…


「ああ、そういえば。さっきの女の子達の話しなんだけどね。一つ付け加えることがあったよ」


「え、ああはい」


エルガー・オースティン。

彼は義理の兄シルヴェスター・オースティンに対してもう手遅れな程の重篤なブラコン患っているのだと養父に言わしめた男である。


組手の最後の礼を済ませて見えたエルガーの目は、冷たさを帯びる程に真剣そのものだった。


義兄(にい)様の魅力をわからないどころか、悪し様に言う奴らを好きになれるとは到底思わないのもあるんだよ」


どうやらエルガーにとって、いつの間にか彼女達は許すことのできない敵になったようだ。

レクターは暖かいこの昼下がりに、何故か背筋が寒くなる錯覚を覚えた。

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