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隠密科という学科について。(初級編)


生徒のお腹も満たされた、気持ちの良い昼下がり。

程よい涼しさと春の日差しで、教室中の眠気は天井知らずになっています。


「このように侵入・潜伏を経ての行動ですが、一つ一つを区切りながら動いていくと時として一瞬の空白が発生します」


ウチの蝙蝠だけじゃなく、何匹かのお使い動物と生徒も思い思いの場所で微睡んでいる。


「それは大きな隙に繋がり、皆さんを危険に晒します」


この八年制の隠密科に入学して、あたしはまだ二年しかいない。だのに、そんなあたしですら木に逆さ吊りにされながら爆睡できるかと問われればできると答えられる。


隠密科、恐ろしい所である。


「ですから、これらの動作を全て一つの流れとして動くのがよいとされています」


何とはなしに閑散とした室内を見回して、あたしもサボればよかったなぁとつくづく思う。


「その中で、もっとも気をつけないといけない時があります。それは、任務遂行直後です。その時に大抵の人が気を緩めたり、気が逸れたりします。そしてー」


半分以上の机がカラになっていて、カラの机には様々な置物が一つずつおいてある。


誰が始めたのか、それらはなかな個性豊かなラインナップだ。各々の机に鎮座したそのふざけたオブジェは、眠気を含んだ目にはかなり楽しく見える。


獲物(ターゲット)を仕留めた時、最初にしなければいけないのは速やか逃走です。しかし、ただやみくもに逃げれば良いというわけではありません。まず、ー」


隠密科。


この学園にある特殊学科の中でも、知る人ぞ知る少数精鋭の学科の一つである。

と、いうのが学園紹介のパンフレットの謳い文句。

その実態は、知らない人は知らない学園で一二を争う零細学科。

人気がないのに合格点が高めに設定されているから、毎年の定員割れは当たり前。入ったら入ったで、留年を視野に入れた八年制はなかなか卒業免状をもらえない鬼仕様。


でも就職率はほぼ十割なのは、かなりの魅力だった。


「情報というのは発生直後、正確な内容がすぐには広がることはありません。だから、その隙にー」


その特殊さから毎回のレポート提出を条件に監視や護衛を始めとする姿を現さない影働きに実技の単位がもらえる。


もともとは進級に必要な単位を実技に重点を置いている。だから、講義内容もかなり偏っていて、実技と座学で7:3の割合になっている。

課題さえクリアすれば、過剰に取られた座学の時間は比較的自由だ。

木の上で寝ようが、寮の自室に戻り趣味に時間を潰そうが学園側からはなんの問題もない。

もちろん、ターゲットの監視とか劇物調合とかの一応の言い訳は必要だが。


そんな訳で今、この三学年合同の小講義室はとても閑散としている。教師を入れても十人と人がいないんじゃないかな。

それにとりあえずは出席しているここにいる奴等も、当然やる気はない。


「逃走経路の候補の数はー」


そんな中、暇つぶしなのかさっきから私の机にゴミを投擲して奴がいる。


本気でやめて欲しい。


ほら、また。


軽い音とともに、紙を丸める音が後ろから聞こえてくる。すると紙屑が、あたしの机の真ん中にご到着。


確か後ろには、二年の男子が一人いるきりだったはず。


窓際のあたしの机から出入り口近くのそいつの席は確か、ほぼ講義室の端から端になる。

バカだが、相変わらず投擲の成績はいいようだ。


無視していても、机にどんどん紙屑を投げてくるのでとりあえずはそのノートの切れ端らしきそれを広げてみることにした。


『情報なんかない。もちろん、タダで。なんちゃって、てへぺろ』


・・・本当にただのゴミだった。


すぐさま持っていた学園支給の苦無に紙を括り付け、立ち上がり様に後ろの同級生目掛けてわりと本気で投擲する。


「うおっ!」


相手もすんでのところで避け切って無傷。避けられた苦無は深々と廊下に面した壁に刺さる。あたしは気を取り直して、席に座り直して前を向く。


「グリークさーん。授業中だから、席を立つのは僕が見てない時にしてくださいね」


シルヴェスター先生に怒られてしまった。くそう、カロルのせいだ。


「先生、俺の命は⁈」


「カロルくん。二年にもなってそれくらいが避けられないと、先生はその方を問題にしなきゃいけなくなります」


首を左右に振り、呆れているのか寄せた眉毛はしようのない子だとばかりに困り顔でシルヴェスター先生のふんわり感を上げていく。

それに、グリークさんも本気じゃないでしょう。と、宣う先生の顔は柔らかい。そんな笑顔の先生はさっさと黒板の方を向いて、授業に戻っていった。


「先生〜」


あたし達の学科は実技がモノをいい、カンニング上等、かかって来いや!を(むね)としている。

決して、座学が大切じゃないどうでもいいという訳じゃない。

けれどそれらはあたし達にとってあくまでも、あればいいなくらいの基礎知識としての重要度しかない。

隠密科はその特殊技能から卒業後の進路に、公儀隠密からフリーランスの暗殺者(アサシン)までが含まれる就職先の幅がとても広い学科。在籍するだけでも一通りの隠行スキルを身につけることができるところだ。


まぁ、能力を身につけないと絶対に充実した学生生活を送ることはできないとも言うが。


学園側も不正を止めるどころか、個々の能力が上がるからいんじゃね?的なノリで推奨してくる。


なので隠密科だけは、週に一二度の小テストもカンニングを前提にして行われてる。

それだけでも珍しいのに、さらには長期の休み前に行われる大事な進級試験すら例外ではない。

進級試験の筆記でも成功すれば点数加算で失敗すれば減点の、カンニング推奨仕様になってる。

試験官が本職の卒業生に依頼されているから、カンニング成功は至難の技。

しかし、あたし達は止まらない。それが、隠密科クオリティ。

持ち前の怖いもの知らずと培ってきたとりあえずやってみよう精神から、在学生の辞書に躊躇うという言葉はない。


そんな非常識が通常運転のこの学科ではカロルの行動はここじゃ咎められないし、あたしの切り返しも柔らかい対応ということになる。


ホントに、慣れとは怖いものだと自分の事ながら呆れてしまうな。

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