ちびコウモリ1
3月5日に加筆修正しました。
後書きには、某コウモリのプロフィールを載せました。初期紹介なので、謎な部分はご愛嬌。
まっすぐに背すじを伸ばして颯爽と、それが彼の生まれに求められているものなのです。
取り巻きや従者を引き連れて堂々と進む姿は、すれ違う人の視線を軒並み攫っていく。
廊下を歩く彼の人に、迷いや弱さは微塵も見受けられません。
空いた窓から入った風が、彼のうなじの髪を躍らせていきます。靡いて光を弾く金髪は、青年の人柄とあいまって凡人にはひどく眩しい限りです。戦術科の清廉な白い制服が、これまたよく似合う。
そしてここからは見えないけど、きっと彼の足もとには毅然とした白猫がツンとすまして歩いているのでしょう。
ホント、光の中を生きるために創り出されたような人ですよね。彼。
ああ、怖い、怖い。
僕達のいるところからは広大な校庭を挟んで建つ向かいの校舎では、そんな光景が繰り広げられています。
相も変わらずエルガー・オースティンは目立つ存在ですね。
それに引き換え、この人は…。
僕はフェンスにぶら下がりながら、残念な気持ちで隣で寝そべる女の子を見下ろす。
いつもの真っ黒くろの格好で双眼鏡を両手に構え、熱心にエルガー青年を覗いちゃってますよこの人。この人が僕の敬愛すべきご主人、アリス・グリーク。この学校に入って二年目の、本来ならうら若き女子。
乙女のご主人が学科別に支給された黒に一本白線の入ったあの可愛い制服を最後に着たのは、一体いつだったでしょう。思い出せないくらい前なのが、涙を誘います。
全身をすっぽり隠すフード付きの黒ローブに身を包み、うつ伏せで遠くの校舎を覗いている。ローブの中身も真っ黒な仕様になっていて、ぱっと見ただけじゃあ女の子と分かる人はたぶん少ないんじゃないかな。
掌まである袖と首を覆う襟の付いた使い古しの擦り切れたブラウスも、もちろん黒い。膝を上手く補修した黒い作業用ズボンに、塗装が剥げて爪先の金属が見え始めた履くと脛まで覆われる愛用の黒色安全ブーツ。極めつけは、鼻と口だけじゃなく耳まで隠すお手製の黒い防塵マスクだ。
姿形も不審者のそれなのに、マイナーな学科である隠密科に在籍しているご主人はその身のこなしからもう玄人のそれにしか見えない。
暗殺者と勘違いされそうだと思うのは、気のせいであって欲しい。
現在僕たちがいるのは、普段はまるで立ち入らない貴族や裕福な商人の子達が住む学生寮。学生達は白寮と呼んでいて、金にものを言わせて造られた最高級学生寮。
いやあ、ご主人達が暮らしている庶民派学生寮とは比べものにならない設備と警備でなかなか切ない気持ちにさせられちゃったよ。
でもそんな場所も僕のご主人にかかれば、ただの学校施設にしか過ぎません。
女を捨てた隠密科のエースに、入れない場所はありません。キリッ。
ところで、大半の方から誤解を受ける事をしていますがご主人は別に彼が好きでこんなことをしている訳ではないのです。
そんな色っぽい話だったら年頃のお嬢さんらしくて微笑ましい気持ちになるんだけど、現実は僕達に厳しく出来ています。
ご主人はこんななりですが、生まれも育ちも農夫の娘です。一家はあまり豊かではない土地で小さな畑を耕したり羊の放牧をしたりして、なんとかギリギリ生計を立てていらっしゃいます。当然、子供をこんな高い授業料の学校に通わせる余裕なんてありません。だからご主人は、この学校に通う費用を自分で稼ぐことにしています。
そしてこの監視も、おいしいアルバイトの一つです。
有名人の情報の横流し、これがかなりおいしい。
僕のご飯の階級は、彼の醜聞に直結しています。
そんな青年を、僕はご主人と一緒に改めて見下ろします。
ご主人の視線の先にいる彼、エルガー・オースティンは見目が麗しくて文武両道のオースティン侯爵家次男坊。現在は戦術科で、ご主人と同じく二年生をしています。
その輝かしくも末恐ろしい基本スペックから、同性に嫌われそうだと当初は誰もが予想していました。
でもその予想は大きく外れて、早々に学科で首席を獲得したのを皮切りに尊敬すら集めて学校の中心人物になってしまうのです。
例えば彼の後ろを付いて歩く人達の一人で、あちこち跳ねた赤毛のトカゲを肩に乗せた少年の場合はこうです。
同じ学科で後輩の彼は、今年の入学者の中では一番の優良株として有名でした。そんな優秀な後輩も一度の手合わせでしばらく熱く語り合い親睦を深めると、あっという間にあの通りの信者ッぷり。
人心の引きが強過ぎて、むしろキモ怖い。
その人柄もあって、エルガーの友人という名の信奉者は日夜着実に拡大中。
そしてまた、そんな嘘みたいな肩書きの好人物は当然ながら異性にだってモテにモテる。
彼に恋い焦がれる女性の種類は、驚くほど多彩を極めた。憧れを抱き遠くから慕っている庶民女子に始まり、玉の輿を狙う狩人系貴族令嬢とその幅は広い。
彼の後ろにまとわりつく人達の中に、ピンクブロンドの髪を後ろに流した藍色の制服の少女がいる。彼女は魔法科一年に在籍しているこの国の王女で彼を見つめる眼差しから分かる通り、彼女は幼馴染みのエルガーに昔から惚れている。
もうあまりの異常な人気に凄すぎて、同じ男としての嫉妬すら湧いてこない。
彼に集まる人々って、まるで砂糖菓子に群がるアリみたいで生物的恐怖を誘うんだよね。あの光景。
まあ、それを彼が望んでいるかは本人にしか分からないけどさ。
望む望まざるに関わらず、彼はいつも人の噂の中心となってる。
そんな彼が不意に立ち止まり、こちらに顔を向ける。
「…見つかった。逃げよう、ノヴァ」
「はーい、ご主人」
そうして僕は、フェンスからご主人の影の中へと飛び込む。
あ、僕ですか?僕はアリスの使い魔族で名前はノヴァーリス。数百年以上を生き続ける血統だけは確かな、激弱ヴァンピールです。普段はアリスの影に潜み、一緒に行動しています。
…なぜ激弱かというと僕はヴァンパイアと人のハーフであるヴァンピールですが、血を飲む事が大嫌いなんです。魔力の増強や維持に血を吸うことはヴァンパイアとしては欠かせません。でも僕は、この二百年近くで血を一滴も飲んでいない。というか、飲めません。
あの味は、…無理。
嫌いなものは嫌いなんだから、仕方ない。
ご主人からは、「お前のへなちょこは、ついに種族の壁さえも凌駕したか」と感心されたっけ。
でも、僕が魔族な事は僕とご主人二人だけの秘密なんです。
本来、魔族を使い魔にするのは国の許可が必要になってきます。
それによほどの特例でも無い限り、許可が下りることはありません。
勝手にしちゃうと、罰則対象にすらなって罰金が見たこともない金額になるそうです。
エルガー・オースティンの白猫や赤毛一年生の肩に乗っているトカゲ、今はいないけど王女の飼っているドラゴンなんかは国から許可が下りている羨ましい存在です。
その事実をご主人と僕が知ったのは、入学式の会場入り口でした。
〜 ◇ 〜
「ああちょっと、君。待って待って」
入学式の当日、会場に入ろうとするご主人を受け付けのヒゲの生えた方の職員が呼び止めてきました。
「はい、なんでしょうか?」
この頃のご主人は、まだ人並みに童顔を晒してちゃんと可愛い制服も着ていました。
「その鞄にぶら下がってるちびコウモリ、君のお使い動物?だったらここで登録していって」
「あ、はい。あの…でもお使い動物ってなんですか?」
「まぁ、普通の人は知らないか。使い魔ってのは、簡単なお使いを頼む為に魔力で知恵を付けさせただけの普通の動物と動物の姿になった魔族様の二種類がいるんだ」
「え…」
ごくごく一般人のご主人と、人里に入ったのは軽く五百年越えになる僕。恥ずかしながら、世間知らずの僕達はお使い動物なるものを初めて知りました。たまに見かけた人と一緒にいる動物は、みんな魔族か魔獣だとばかり思ってた。
「お使い動物は勝手に作っても全く問題ないんだけど、学校としては学生達を預かるからね。防犯上、名簿登録はしてもらうんだよ」
魔族じゃないことが、前提なんですね。なんだか、嫌な予感がする。
「…後学のためにお聞きしたいのですが、ちなみに魔族の方は…」
ご主人も雲行きがあやしいと思ったのか、顔には出さないが不安から恐る恐る職員のおじさんに訪ねている。
「契約が出来る程の魔族はみんな知性が高いから、強さも気位も洗練されたのが多いんだってさ。憧れるよなぁ」
俺は才能ないからお使い動物も持てない、お嬢ちゃんが羨ましいよ。なんて言ってくるけど僕たちはそれどころじゃない。
「…洗練ですか」
そう呟いて、僕を見る。「お前が?」って言葉を飲み込んだんですね、ご主人。分かります。
「あと、契約するような魔族は高貴な方が多いし、主人も貴族がほとんどだから言葉遣いには気をつけた方がいい」
つまり僕達が街で見た兵士や商人の肩や頭に居たのは、ほとんどがお使い動物ってことですか。
そういえば、確かに彼らと会話が成立したことがなかった気がする。あの時は、魔獣だと思って諦めたけど…。
「…ご忠告、ありがとうございます。次からは、気をつけます」
なけなしの理性をかき集めたその笑顔は、ご主人史上で一番下手くそな愛想笑いだった。
「まあでも、実際契約するとなると国への登録義務とか毎年の税金なんかでなにかと面倒らしいよ」
その言葉で、僕とご主人の顔色はいよいよなくなってしまった。
この時には僕とご主人が契約してから、もう何年も経ってしまっていた。
「まあ貴族や金持ちでもない限り、まず許可は下りないけどね」
「え…」
思わず僕は、声を出してしまった。
すると、すかさずご主人が僕を強く握ってきた。
「力が強くて危険だとか言ってるけど、魔族契約なんて模範貴族の象徴だからね。上の人達には何かと都合が悪いのさ」
ご主人の握力が増して、地味に痛い。
「おい、いつまで無駄話してる。つかえてるだろ」
ついにおじさんは、隣にいた職員から注意された。確かに話、長いよね。
その隙にご主人は、そっと僕を離した。
「悪い、すぐやるよ。でお嬢ちゃん、書けたかい?」
「はい、とっくに。どうぞ」
僕しか気づかなかったけど、登録用紙を渡すご主人の手は少し震えてる。
「へえ、フルーツバット。果物が主食だっけ?」
かわいいねと、覗き込んでくるおじさんから顔を背けて鞄の生地に擦り付ける。
なんだか、バカにされたようで悔しい。
「…はい、イチゴと桃が好物です」
好物なのは、事実だけどさっ。
〜 ◇ 〜
僕の中に残っていた小指の先くらいのヴァンピールとしての矜恃は、この時から徐々にすり減って今では欠片も残っていない。
入学式の後、さっそく魔族契約の一年間の税金と許可の条件を調べて僕等は恐れ慄いた。
およそにして、一般人の平均年収その半額近くを税金として毎年納めなければならなかったのだ。
その時点でもう詰んでいるが、許可の条件はそのさらに上をいった。
五大貴族の半数の当主から、もしくは王家一人の承諾が最低限必要である。
もうね、なんかね。許可する気ないよね、この決まり作った人。
そして違反したら、十年分の税金と同じ額の罰金と十数年の強制労働が科せられるらしい。
この法律を調べ上げた時から、僕とご主人はこの国の貴族が嫌いになった。
そんな訳で当然、成り行きで僕とご主人は僕の正体を隠すことを決めた。
「ノヴァ。もう、出ても大丈夫」
影から出ると、そこはご主人のクラスの前だった。
「もうすぐ授業だから、荷物のとこに戻ってな」
僕はいつものように、ご主人の荷物があるロッカーまでフラフラと飛んで行った。
実をいうと、飛ぶのはあまり得意じゃない。どうにもふらついてしまう。そして僕の昼寝用となった鞄のポケットへと潜り込み、早々に微睡み始めることにした。
今日も無事に、逃げられたようだ。
このまま、卒業まで逃げ切れたらいいなあ。
僕は、臆病なヴァンピールだ。ご主人のアルバイトに付いていくのだって、本当はすごく怖くて行きたくない。
でも、ご主人が行くなら僕もいく。
ご主人は寂しがり屋だと、僕は知っている。
僕がいなかったら、上京して夢を叶えようなんて思いもしなかった事。
家族と離れているのが、本当は寂しい事を僕は知っている。
ご主人は自分の生活費から毎月少しずつ実家に仕送りしているし、そんな生活の中からさらに罰金を払う為の貯金までコツコツしているのを僕は知ってしまっている。
ふと、あの澄ました白猫の視線を思い出す。
主人に似て抜け目がなさそうな雌猫は、おそらく一番に僕の正体に気づくだろう。
あいつらが魔族なんて、とんでもない。
あれは、真逆の存在だ。最初に見た時は、信じられないと驚いた。よくもあの高慢ちきで正義ヅラした種族がおとなしく従順に人の、それも貴族階級に従う気になったものだと自分の眼を疑った。
僕のことは近い未来、天使であるあの彼女にばれてしまうだろう。
でもご主人は、これからこの学校で暮らしていかなきゃならない。
それには、先立つモノが必要だ。
今は考えても、仕方がない。僕はただ、夢を追いながら家族や僕の為にがんばるご主人のそばにいるだけだ。
始まった先生の授業の声を聞きながら、僕は本格的に微睡み始める。
貴族共、せいぜい稼がせでもらうぜ。
なんて、言えたらいいな。
ノヴァーリス
通称:【???】【???】
年齢:推定1000歳 (本人も数えるのをやめた為)
HP:1000,000/???(???時1000,000)
MP:56/???(枯渇状態時56)
DEF:768
MD:1780
ACT:2317
LUC:98〜5
≪種族スキル≫
【超回復(スキル使用時毎にMPを消費する。効果はMD[マジックディフェンス]に依存する。)】【吸血】【高速飛行】【念動力】【闇魔法】【幻惑魔法】【変身】【肉体強化】【???】【???】
≪個人スキル≫
[魔法系]
【黒炎魔法】【水氷魔法】【???】【???】【召喚魔法 (無機物)】
[技能系]
【短剣技】【蹴撃技】【独奏者】【調剤】【???】
(なお現在、技能以外のスキルが長期の血液断食の負荷により威力を平常時の10分の1以下に引き下げられている)
≪契約スキル≫
主人となった者に【肉体強化 (低)】【闇魔法 (中)】【幻惑魔法 (中)】までの使用を可能にする。