人拐い
ジンの顔色は優れていなかった。早い話が疲労である。
爆発後、後方支援は異跡付近にはいないと考えたジンは早急に怪我をした左手と左頬の応急手当をした。異跡内での軽い怪我なら手当て出来る様に探求者は習得していた。
次いで、サラが怪我をしたか見るとその様子はなかった。しかし、ドローンに撃たれた足を思い出し、暗くてよく見えなかった部分を改めて丹念に見た。光線で撃たれたはずなのに服には穴が空いておらず、かわりに一部が小さく焦げていた。焦げてるということは火傷を負い我慢しているのではないかと考えたジンは一言サラに言い患部と思われる所まで服を上げさせた。上げてもらい見ると、撃たれたと思われる部分に火傷の痕跡はなかった。驚きと同時に安心すると服を下げる様に言った。
取り敢えず人がいる場所へと向かう事を説明した。候補は2つの村。どちらも小さいが、連絡を取る手段はある。
だが、そこまで行く移動手段はなく、歩くしかなかった。どちらも歩いて半日かかる事をジンは記憶している地図を思い浮かべながら考えた。もしかしたら、後方支援と合流出来るかもしれない。
ジンは装備品の確認を始めた。炎天下の砂漠を歩くからには装備品の点検が重要であったし、補給も望めない。
特に確かめたのは水と食料。水は砂漠を歩く上で重要であった。携帯用食料5つ、水が入った水筒3本。水は水分補給として、食料はもし異跡内で遭難した時に食べる物としてウエストポーチに入れられている。どちらも砂漠を歩く為の装備品ではないし、水が圧倒的に足りていない。だが、これで凌がなければならない事は明白であった。
これは急ぐしかないと装備品の点検を途中で切り上げるとサラと一緒に村へと歩き始めた。本来、太陽が出ている時に動く事は望ましくないが、仕方ない事と割り切った。
だが、サラが砂漠を歩く事に全く慣れていなかった。何度も転びそうになり中々進まない。ジンは異跡での逃走を続けていた為に疲労しており、一刻も早く村に着きたくて仕方なかった。表情には出さない様にしていたが、転びそうなサラを見る度に苛立ちを感じていた。
それでも、疲労しているとはいえ、探求者であるジンに付いて来れるだけの体力がある事に驚いていた。
これだけならまだよかったのだが、サラはジンに様々な質問を投げ掛けた。何故砂漠なのか、どうしてコロニーが砂漠にあるのか等々。砂漠である事はジンや世間にとっては常識的で、生まれついてから慣れ親しんでいた。古代と現代では環境は違うのかと頭の片隅で考えながら、そんな質問に半分聞き流し、質問には答えず無言を貫いた。同時に、さらに苛立ちを感じていた。
挙げ句の果てには、
「今さらですが、ジンさんの服変わっていますね」
と言われてしまう始末。
砂漠を歩いているジンの服装は上着であった探求者の服ではなかった。ウエストポーチに入れられていた遮蔽カンがなくなり、そのスペースが空いた事で無理矢理しまい込んで着ていない。今は探求者の服の下に着ていた白の薄いワイシャツであった。左裾は少し焦げているが。
これにはさすがのジンも、
「俺からしてみればお前の方がおかしい」
と不機嫌に言ってサラの目を丸くさせた。不機嫌な表情を見せたからか、それからサラの質問はなかった。
そんなこんなで涼しくなった夜を簡易式ペンライトと星明かりで深夜まで歩いた。明かりの強いライトは異跡脱出時、サラが落としてしまい手元にはない。休憩を少し長めにとると、日が出る少し前に出発し、丸1日かけて砂漠を歩く事となった。
その間、ジンは深夜の長い休憩時も含めて一睡もしていない。と言うか、出来なかった。
サラが疲れて眠る近くで様々な事を考えていた。異跡での事、サラの事、爆発の事等々。考えに考え過ぎて、疲れているはずなのに目をつぶっても開いてしまい眠る事が出来なかった。
ついでに、古代人とは言えサラは少女で異性である。ジンは隣で寝る事に抵抗があったのか、少し離れた場所で横になっていた。
水筒は1人1本とし、もう1本は予備として歩いていたが、村に着く前には既に3本の水筒の水はからになっており、2人は喉がカラカラで着くことになった。
本来、ジンが持っていた水筒は2人で1日持たない。1人2本でやっと1日、3本で少し余裕である。だから、2人が僅かな水で村に着けたのは、深夜遅くまで歩いた事と非常食をあまり口にしなかった事が大きい。非常食を口にしていたら体の水分が使われ更に水を欲する事となっていた。
そして、村に着いて後方支援と連絡手段のある場所を探した。
途中、水が溜まっている場所を見つけて足を運んだ。水は透き通っているように見えたが、サラは水がこのまま飲めるのか心配そうな顔をしていた。大丈夫なのかとジンを見ると、構わず飲んでいた。サラは覚悟を決めて両手ですくうと恐る恐る飲んで喉を潤した。そんなサラをジンは不思議に見ていた。
それから村を巡ると、後方支援は見つからず、やっとの事で役所で連絡手段である電話を見つけたジンは異跡探求者本部に電話をかけた。
そして…
『あんた一体何やってんのよ!!』
受話器から漏れんばかりの女性の声にジンは受話器から耳を外し自身の苦労と疲労が更に積み重なるのを感じていた。
『調査部から聞いているわよ!!突然爆発があったって!!それなのに、何であんたは生きているのよ!!!』
「生きてたら悪いか…」
『悪いとは言ってないわよ!』
まったく失礼で気遣いのない言葉である。気力のないジンの声に女性は気にもしていないのか話を続けた。
『けど、今回の件は納得いく説明をしてもらうわよ!あと、処罰もあるわよ!大切な異跡を丸々1つ壊したんだから!!』
「あれは俺のせいじゃないぞ!!」
ドローンが撃ったのが原因で起こった事だと言い訳をしようとしたが、一呼吸置いて、受話器から息を吐く音が聞こえてた。
『だけど、無事でよかった……爆発したって聞いた時、今度こそ本当に死んだんじゃないかって思ったのよ…』
さっきとはうって変わって気弱な声と心配したという言葉にジンは開いていた口を閉じて肩を下ろした。
「死んでたまるかよ」
ジンは小さく呟いた。
『それにしても、あの異跡から近い村って半日かかるはずよね?何で丸1日経って連絡をよこしたの?』
「それは…」
女性に言われジンは言葉が詰まった。この場合、報告としてサラの事を言うのが当たり前であるが、どの様に説明すればいいのまだ整理出来てないでいた。
『まあ、いいわ。近くにいる調査部に連絡して迎えを出すからしばらくはそこにいなさい。その時に報告を…』
ジンは話をする女性の言葉に割って入った。
「その事なんだが、今ここで報告したい事がある。いいか?」
『何を?』
ジンの予想外の言葉に女性は意図が読めず間の抜けた声を出した。
「その…」
ジンは恐る恐るサラを見た。
当のサラは役所の中を物珍しそうに見回していた。異跡で出会ったサラの事について少なくとも2つ言わなければならない事がある。それは後で報告という形で言えるかもしれない。しかし、連れて行くには相応の説明が必要である事は確かであった。ジンは意を決して口を開いた。
「あの異跡で、古代人を見つけた」
『……はぁ?』
ジンの口から語られた冗談ともとれる様な言葉に女性は再び間の抜けた声を出した。
『ちょっとジン!何冗談言ってんのよ!こんな冗談普通言う!?誰もそんな事言わないわよ!』
「俺が今置かれている状況で冗談言わないのはおばさんが良く知っていることだろ?」
『どうゆう状況か分からないわよ!あと、おばさんじゃなく副長と呼びなさい!仕事中よ!』
ジンが言う状況におばさんと呼ばれた女性にはどの様な状況なのか説明していないので殆ど伝わっておらず、分かっていないのが残念である。
そんな女性の注意をよそにジンは本命を声を上げて口に出した。
「だから生きていたんだ!あの異跡の中でずっと眠り続けて、今一緒にいるんだ!!」
◆
「……へ!?」
ジンのありったけの迫力ある言葉に連絡していた女性は信じられないという表情で手から受話器が落ちた。ガチャリという音を立てたが、落ちたという音は聞こえておらず、感覚も感じられなかった。
「どうしたのですか副長?」
受話器が落ちる音を近くで聞いた情報解析部の若い男が尋ねた。だが、副長と呼ばれた中年女性は受話器を落としたまま体を固めたままだった。
「ちょっ……ま………」
女性の口は震えていた。まさか、
こんな事があるのかと自分でも信じられないからだ。それをジンが言った。ジンはあまり冗談を言う様な人物ではない。状況が状況ならなおさら。それは電話で当の本人が言った通りだ。そして、ジンが置かれている古代人と共にいると言う状況が本当なら…
◆
「おばさん!?おばさん!!」
ジンは電話に出なくなった女性に向かって必死に叫ぶが出る様子はなかった。副長とも言っていない。
ジンは受話器を1度離すとサラがいた方に顔を向けた。
向けた瞬間、表情が変わった。いたはずの場所にサラがいない。
ジンは電話をしていたのも忘れ役所の目に見える範囲を見回した。あの特徴的な服を来た少女がどこにもいない。
「どこ行ったんだあの女ぁぁぁぁぁ!!!!」
ジンは乱暴に受話器を置くと猛スピードで外に出た。この時ばかりは疲れている事を忘れていた。
* * *
サラは役所の外から少し離れた場所にいた。サラの目は輝いていた。ジンの言う連絡手段を探していた為に村をよく見ていなかったのだ。
改めて見ると、一面の砂漠にレンガで造られた建物。それほど多くはないが人が水辺に集まっている。ジンは村と言っていたがこれはオアシスであり、オアシスを中心に村が出来たのだとサラは思った。
「よう嬢ちゃん!」
その時、声をかけられたサラは声のした方に振り向いた。
そこには美味しそうに何かを食べる子供に囲まれて笑みを浮かべる中年男性がいた。
「1つどうだい?」
男の手には小さな容器があった。サラはその容器を覗き込んだ。
「これは何ですか?」
「ありぁ?知らないのかい嬢ちゃん?」
男の言葉にサラは頷いた。
「これはタルトス特製ミルクアイス。一口食べれば口の中にミルクのコクが広がり、後味はさっぱりとした味だ。試しに食べてみて!」
サラは渡されたアイスクリーム、略してアイスを受け取りながら尋ねた。
「あの、タルトスって、人の名前なのですか?」
サラの言葉に一瞬男に沈黙が走ったがすぐにぶっと口から吐いた。
「あ~タルトスっておじさんの名前ね」
「そうなのですか!?」
予想外だったのだろうか、サラはアイスを売るタルトスに言われ非常に驚いた表情を浮かべた。
「そ、それより食べてみて、溶ける前に」
「あ、はい」
タルトスはサラの表情に戸惑いながらも渡したアイスを食べるように進めた。
サラは慌てながら一口食べた。そして、口に入れたアイスに表情が変わった。
「冷たくて美味しいです!」
「そうだろ」
サラの輝いていた表情にタルトスは頷きながら言った。
「それより、嬢ちゃん、この町の人間じゃないよな?いつ来たんだ?」
「少し前です」
「それと、見たことない服だな」
「そうですか?」
「ああ。おじさん、こう見えていろんな所に行っているから一通りは知っているんだが、嬢ちゃんの服は見たことないな」
「そうなのですか?」
そんな話をしながらもサラはせっせとアイスを口に運んでいた。暑い場所で冷たいものが欲しかったのだろうか、夢中になって食べていた。
「ところで、どこから来たんだ?」
「あっちです」
タルトスに言われサラは手に持つスプーンを来た方向に向けた。
「おいおい…あっちは異跡の方だぞ…」
「異跡?」
タルトスはサラが指した方角を見て唖然とした。
当のサラは異跡が何なのかわからなかった。いや、ジンがコロニーの事を異跡と言っていた事を今思い出した。
「どこぞの箱入りお嬢様だ?異跡を知らないって…」
タルトスは少し呆れていた。異跡はこの世界の常識であった。そして、それを調査する組織も常識である。
「まさか…異跡のある方角から1人で来たぁ~…とかないよな?」
タルトスは面白半分に尋ねた。
「違います」
そんなタルトスを笑みを浮かべたサラが言った。
「ジンさんと一緒に来ました」
「ジン!?」
サラの言葉にタルトスの顔に驚きの表情が浮かんだ。
「おいキミ!」
その時、再びサラに声をかける者がいた。サラは声のした方に振り向いた。そこには二人の若い男がいた。
「今暇か?」
1人の男の言葉にサラは首を傾げた。
「どちら様ですか?」
サラの言葉にタルトスは面白かったのか再び口から吹いた。
「いやいや、ここの町の人間なんだが、今暇か?」
「えっと…」
男の言葉にサラは考え始めた。暇と言うより、適当に歩いていたらここについてアイスを食べていただけなのだ。
「そういえば…」
そして、サラはある事に気がついた。
「ここ、どこなんですか?」
その瞬間、タルトスと男2人は予想外の言葉に凍り付いた。
「…嬢ちゃん、ひとまず聞くが、ここまでどうやって来たんだ?」
タルトスはサラがどの様にして来たのか尋ねた。
「えっと…あっちからジンさんと一緒に来て…その後、あそこの建物の中で何か小さな箱と備え付けの物に向かって話していたのですが、外が気になってこっそり出て来たんです。」
大雑把すぎてどの様に突っ込めばいいのかわからない。タルトスは何かがのし掛かったかの様に肩をガクッと下ろした。
一方の若い男は、
「あ~ちょっと分からないけど、他に行きたい場所があるなら案内しようか?」
「本当ですか!」
男の言葉にサラの目が輝いた。
「でも、私、全く知らないので…」
「いいんだよ!どうせ小さい村だ。見る所は少ないけれどいい所さ!」
そう言うと男はサラの腕を握った。
「行こうぜ!」
そう言うと男2人はサラを連れて裏路地へと入って行った。
残ったタルトスは裏路地を見たまま…
「ありゃ、人拐いだな」
そう言った。
子供にお代わりをねだられアイスを渡すとタルトスは再びサラの言った言葉を考え始めた。
「しかし、あの嬢ちゃん、ジンと言っていたな。まさか…」
タルトスの脳裏にはある人物が思い浮かんでいた。
その瞬間、目が見開いた。見ている先にジンがいたからだ。
「やっぱり」
タルトスは今さっきまで考えていた予想が当たると笑い声を含ませて呟いた。
ジンは血相を変えてサラを探していた。
「どこ行きやがったあの女ぁ~!」
もはや血相を変えたと言うより殺気を放っていると言った方が正しかった。
ここまで来る途中にサラの性格は大体理解していたつもりだった。
物事にはっきりと答え素直であるが、行動的で目を離すといない事がある。良くも悪くもマイペースである。これらを考えれば必ずどこかでいなくなると考え注意していたが、まさか一瞬目を離した隙にいなくなるとは思わなかった。
何も知らない古代人がこのまま見当たらないとなればどうなるか分からない。
「いよぉ~ジン!」
その時、ジンを呼ぶ声に足と体が止まった。聞き覚えのある声。いや、このタイミングで聞きたくない声であった。しかし、殺気立っていたジンはなりふり構わず振り向いた。
「何でおっさんがここにいるんだ!」
「仕事だからな」
殺気を放ち不機嫌なジンにタルトスは笑みを浮かべて言った。どうやら2人は顔見知りらしい。
「それより、1つどうだい?」
「おっさんの売るアイスは高いんだよ!」
「何だよ?まだ機材が少ないんだから仕方ないだろ?こうやって冷たいものが食べられるだけ感謝しろ。ほい、おじさんからのサービス!」
「そう言って倍にして払わせるつもりだろ!」
警戒心が強いジンである。
過去にサービスと言って受け取ったら値段の倍を取られた事があるのだ。
味は確かに美味しい。が、値段が一般的な菓子よりも高い。それは、冷たい食べ物だからである。
異跡調査をする前までは冷えた食べ物は存在していなかった。
それが、異跡探求者により冷やすと言う発想とそれを可能にする機械の原型が作られると、これまで感じた事のない冷たさに衝撃を受ける事となる。
この冷たさは様々な分野に応用、期待出来るとされた。その中でも食品の保存は大きな反響があった。
それまでは、熟すのが早かったり日持ちしない食材は日干しや塩漬けなどの加工、日が当たらない場所で保存されていたが、冷やすという新たな保存法により長持ちする事が分かった。これに飛び付いたのが富裕層や富裕層程ではないがある程度お金を持つ者達である。
生産量も少ない事から殆どがそういった者達に流れてしまい一般人が手にする事は今も難しい。
だが、ごく稀にタルトスの様な商売人が冷やす方法を利用して新たな食べ物を作り出しては売り歩いている。今も新しい食べ物は産み出され、アイスはその中の1つである。
そう言った意味ではまずまず冷たい食べ物は新たな食感として一般人に広まりつつある。
「おっさんがお金受け取る相手は金を稼いでいる奴だけさ。それ以外からは受け取らない」
「それでよく商売が成り立つな。胡散臭いのに」
「胡散臭いって酷いな…」
ジンは疑うような目でタルトスに言うとサラがいないか周りを見回した。
「誰か探しているのか?」
「関係ない」
タルトスはジンが何かを探している様に見え尋ねたが、突き放された。
「そうか。ま、俺としてはどうして探求者がここにいるのか聞きたいんだがな?」
異跡探求者に属する後方支援はいないのに何故探求者はいるのか気になっているタルトスは探るような目で言った。
だが、ジンは無言である。
タルトスはふうと小さく息を吐いた。
「どうして今日は変わった客と会うんだろうな?」
「変わった客?」
タルトスの言葉にジンが食い付いた。
「お、知りたいか?それじゃアイス1つで…」
「いいから話せ!!」
ジンの言葉に気をよくしたタルトスは調子に乗ってアイスを買わせようとするが、ジンの剣幕に続きが言えなかった。
(うわぁ~…こういう殺気立ってる奴に下手して言うと殴られそうだな……)
タルトスはアイスを買わせる事を諦めた。若いとは言え相手は探求者。下手に刺激して怪我なんか負いたくない。
「少し前に変わった服を着た女の子がいたんだよ」
「どこに行った!」
タルトスの話がサラの事を言っているのではと考えたジンはすぐに尋ねた。
「あっちの裏路地だ」
タルトスは指を指して言った。
それを聞くとジンはすぐさま裏路地に走った。
「あ、待て!まだ終わって…」
走り出したジンを止めようとしたが、既にジンは裏路地に入っており、諦めた。
「たく…ま、あいつの事だから人拐いくらい楽かもな」
小さく呟くとお代わりをねだる子供にアイスを渡した。
そんな人拐いといる事を知らないサラは周りを見渡しながら歩いていた。
そんな様子に人拐いの男が相方に小声で言った。
『ここの何が珍しいんだ?』
『さあ?』
サラの様子は2人にとって不可解な様であった。
しかし、2人にとってサラは大きな獲物であった。
2人の他にあと3人の仲間と共に村を訪れて売り物になりそうな人間を探していた。数日の内に何人か見つけて監禁し、もうそろそろ離れようと考えた時に大きな獲物を見つけた。それがサラである。変わった服を着てはいたが、金髪に白い肌は珍しく、値段価値も大きい。逃してはならないと声をかけると、疑いもなく付いて来ている。
『だが、簡単だったな』
『ああ』
2人は思ったよりも上手く行った事に頷き合うと一件の小屋に指差した。
「まずここだな」
男の言葉にサラは首を傾げた。
「ここは何ですか?」
「それは後々。行こうぜ!」
そう言うと男の1人がサラの手を引いて歩き出した。
もう1人の男は先に歩くと小屋の扉を僅かに開けた。
「この中を覗いてごらん」
男に言われサラは扉の隙間から中を覗こうと近づいた。
「きゃっ!」
その時、扉が大きく開かれ、同時に背中を思いっきり押されて小屋の中へと突き飛ばされた。
何が起こったのか分からないままサラは振り返るが、扉は既に閉まっており、周りは暗やみであった。
「本当に簡単だったな」
「ああ」
扉に鍵をかけると人拐いの男2人は顔を合わせ笑みを浮かべていた。まさか、これ程簡単に拐えられるとは思ってもいなかったのだろう。顔がほころんでいた。
「おい」
その時、喜ぶ2人に背後から突然、冷たい水をかけられたように男が声をかけた。
当然と言うべきか、2人は驚き顔が青くなって恐る恐る振り返った。
サラは暗闇となった部屋で扉の方を見ていた。何が起こってこの様になったのか状況が掴めないでいた。
扉に手をかけ開けようとするが鍵がかかっているのか全く開かない。
「あの…」
暗闇の部屋で背後からか女性の細い声が聞こえ、サラは暗闇の中で人がいる事に不思議に思い声が聞こえた方に振り向いた。
「あなたも捕まって…」
声の主の表情を確認出来ない事が残念であるが、声はどこか疲れきっていた。
そんな声の言葉にサラは意味が分からない様であったが、それよりも、
「どちらさまですか?」
声をかけてきた相手の方が気になっていた。
「ぐあっ!」
その時、外からサラを騙して閉じ込めた男の1人の声が響いた。
「貴様!」
続いてもう1人の男の声が聞こえた。が、すぐに、
「がっ!」
男の悲鳴と扉がドンという音を立てた。
すぐ近くで聞いていたサラは驚いて声が出なかった。だが、すぐに外からの物音は1つも聞こえず、静寂が広がった。
「何が起こったの?」
暗闇から先程聞いた女性の声とは違う男の声が響いた。声のトーンからして幼い男の子位である。
言い終わった直後、小屋の扉が開いた。
扉を開けたのはサラが知る人物であった。
「ジンさん!」
サラは鍵がかかっていた扉を開けてくれたジンに喜んでいた。
だが、当のジン本人は不機嫌この上なく、サラを睨んでいた。
嬉しく駆け寄るサラだが、ジンはサラの頭を鷲掴みにして止めた。
「あう!?」
「何拉致られてんだ!」
ジンの声は冷たく怒気が含まれていた。
怒るのは当然であろう。いくらサラが古代人とは言え危機感が無さすぎる。異跡での様子は何だったのだろうか。
鷲掴みにしている手に更に力が入る。突然いなくなり人拐いに騙され捕まったのだ。力が入らないはずがない。
「痛いですジンさん!」
サラは必死にジンの手から離れようとじたばたするが、ジンは小屋の中に目を向けていた。
十代後半の少女が2人、十代前半の女の子が3人と男の子が同じく3人。サラと同じ様に人拐いに騙され閉じ込められた事がすぐに分かった。
全員驚きと期待と不安の表情でこちらを見ていた。だが誰1人として声をかける者はいない。
ジンは妙だと思った。
「動くな!」
その時、ジンの背後から声が響いた。同時に中にいた少女達が恐怖したのか体が凝縮した。
ジンは構わず後ろを振り返った。
振り返った先には男が3人。その手には銃が握られ構えている。恐らくサラを騙した人拐いの仲間だと考えた。
「そのまま手を上げろ!」
ジンがその様に予想していると、男の1人が声を上げた。
ジンは後ろでしがみついているサラに小さく呟いた。
『そこから動くな』
ジンの言葉の意味が分からず目を丸くするサラを置いてジンは銃を向けられながら普通に歩いた。
サラは何か言おうとしたが、眼下に人が倒れている事に気付き見た。そこにはサラを騙して閉じ込めた男2人が気絶して伸びていた。
「動くな!」
動くジンに最初に声をかけた男とは別の男が声を上げた。ジンは小屋から一定の距離離れると人拐いに向かい合った。
人拐いの3人は銃を向けたままだ。
「手を上げろ!」
男の言葉にジンは何も呆れた様な表情を浮かべた。
「何故上げなければならないんだ?」
ジンの口から意外な言葉が出た。
さすがに銃を向ける3人の男、そして、サラも不意を突かれたように戸惑った。
「撃ちたければ撃てばいいだろ。むしろ、何故撃たない?」
「この!」
また意外な言葉が出た。
ジンの言葉に3人の男の1人が苛立ち銃の引き金に指をかけた。
「それと、撃つなら頭だ。体は急所が外れやすいからな。そこのお前、もう少し左側に寄せろ。外すぞ」
まるで殺してくれと言っている様である。
「ジンさん!?」
だから、その言葉を聞いた誰もが驚いた。サラは不安になり声を上げると、駆け寄ろうとした。
だが、ジンはそれを制した。
「来るな!」
鋭い声にサラはビクッと体が震え動きを止めた。
引き金に指をかけていた男がジンの言葉通りに銃の狙いを頭にし、少し左に寄せると声を上げた。
「そんなに死にたいなら殺してやる!」
「馬鹿!よせ!」
制止する男をよそに引き金を引いた。バーンという音が周りに響いた。
制止した男は1つ勘違いをしている。目の前にいる相手は喧嘩慣れ、もしくは腕っぷしが強いただの一般人ではない。探求者である。はっきり言って、ただ喧嘩なれしたり腕っぷしが強く、少し武道や戦い方、銃を持っていても探求者には敵わない。
探求者の身体能力はとても高い。そして、ドローンの光線を何度も目にし、時にはその光線から素早く避けなければならない。
光線と実弾どちらが速いか。答えは光線である。理由は光線の正体が光だからである。光は音速よりも速い。つまり、光線を見慣れている探求者には実弾は少し遅く見える。
だから、ジンは簡単に、いや、撃たれた実弾の起動をわざと外れる様に誘導していたとはいえ、銃声が響いた直後、ジンは頭部右側に向けられた反対側、左に体ごと反らして避けていた。そして、足に力を入れ、一気に3人の男に間合いを詰める為に走り出した。
「こいつ!?」
弾丸を避けられ驚く男達。
そして、また最初に撃った男とは別の男が引き金を引いた。だが、ジンは簡単にそれを避けると、その男の顔面を殴った。
「がっ!」
殴られた男は後ろに下がった。が、ジンはすぐに両手で男の首もとと左脇を掴むと近くにいた男に投げ飛ばした。
「うわあっ!」
近くにいた男はそのまま投げ飛ばされた男を受け止める事が出来ず共に後ろに倒れ、投げ飛ばされた男は間に仲間がいてクッションの役割をしていたとはいえ、勢いがすさまじかったのか、はたまた頭を打ったのか、僅かに呻くと気を失った。
「化け物!」
まだ何もされていない男はジンに銃を向けるとそのまま引き金を引いた。かなりの至近距離である。だが、ジンはそれに気にする様子もなく体を反らすと、その反動で体を回転し、頭に回し蹴りを食らわせた。
「がっ…」
そのまま横に倒れ泡を吹いて気絶した。
「くそ!」
投げ飛ばされた男の下敷きになっていた男がやっとそこから抜け出すとジンに銃を向けた。が、引き金を引く前にジンは既に目前におり、腹に膝蹴りを入れた。
あまりの痛さに男は呻くと腹を抑えた。が、ジンは息つく暇を与えず、頭部に回し蹴りを食らわせた。
男はそのまま吹っ飛ばされるとそのまま気絶した。
ジンはふうと息を吐いた。
疲労が貯まっている上に立ち回りさせられ更に疲れてしまった。
一方のサラといつの間にか扉から見ていた少女達は一瞬にして銃を持つ相手を行動不能にさせたジンに驚いていた。
そして、銃声に気づいた村人数人が様子を見るために走って来たのはそのすぐ後であった。
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冷やすは凍らせる意味も含まれています。
大地と空の温度に差があると雹が降るので氷の冷たさはそれで経験する事が出来るのですが、体感出来る人はごく僅かですね。
なので、作中では冷える、凍る、冷たいという感覚は非常に新鮮で、それを可能にした異跡探求者はさぞかし驚いたでしょうね。
アイスクリームの始まりは氷雪に蜜や果汁をかけたのが始まりです。今で言えばかき氷ですね。 古い資料では兵士に配ったり、千夜一夜物語に出てくる「シャルバート」はシャーベットの語源らしいです。
そのアイスクリームですが、世界に初めて出たのが17世紀のパリなんです。それまでは貴族しか食べられなかったり国家機密だったりとかなり秘蔵だったんです。
ちなみに、アメリカでは7月は「国民アイスクリーム月間」、第三日曜日が「国民アイスクリームの日」と決めています。
日本でも5月9日は「アイスクリームの日」とされています。