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02


「……驚きましたね」


「何にだよ?」


 学院の一角。学生食堂に面した外延部(テラス)に坐る二人が、そんな言葉を交わす。

 腰まで届く黒い髪の――学者然とした青年の言葉に、その隣で新聞に目を通していた白黒の斑髪をした青年が億劫そうに問うた。

 斑髪の問いに、学者然の青年は嬉々とした表情で彼方を指差す。自然、斑髪の視線はその指先が刺す彼方へと向いた。


「……ノエルの阿呆たれじゃねーか。また新入生に絡まれてるのか。どんくさい奴だ」


「確かにあそこにいるのはノエル君ですが、(やつがれ)が言いたかったのはそちらではなく、あの娘のことです」


 煩わしいとでも言わんばかりに渋面する斑髪に、学者然の青年はかぶりを振って眼鏡を押し上げた。


「見ていなかったのですか? 彼女、軍用の響律式を使っていました。それも通常の防御術式ではなく、他の術式を形成する響素に干渉することで無効化する高位の防御術式です。これは興味深いことだと思いませんか?」


「……なるほどな」


 青年の言葉に、斑髪は僅かにその双眸を鋭くした。そうして青年が指差した少女を睥睨し――懐から小型の操作端末(デバイス)を取り出して手早く操作。そして、


「――ノーワ・クルトア。十五歳。身長百五十八センチ。響律科の新入生。ペーパーテストの成績は新入生一八九人中十七位。実技試験、戦闘系の術式ではトップクラス。特に響素の充填にかかる時間の短縮技術は在学生の中でも随一との評価。しかし戦闘以外の術式制御には問題があり、今後の課題とする――だとさ」


 すらすらと口された情報に、学者然の青年は半眼で斑髪を見据え、


「……それは一体何処から仕入れた情報でしょうか?」


「今。此処から」


 さも当然という風に、斑髪は今自分たちのいる場所――即ちこの士官学院を指差した。そんな斑髪の態度に、青年は微苦笑と共に言う。


「この場合、微塵も隠そうとせずハッキングする君に苦言をすれば良いのか、情報保護(セキュリティ)の杜撰な学院を避難すればいいのか悩むところですね」


 そうは言っているものの、口にされた言葉には真剣さが欠如していた。多分言葉にしているだけで、そこに言葉通りの意思は存在していないのだろう。

 空っぽの、意思なき言葉を投げるだけの――単なる言葉遊び。そういうものだ。


「にしても、興味深いですねー。一学生の、それも入学したての少女があんな高等技術を当然に扱っているなんて!」


「一年前の自分を顧みてこい。お前も似たよ―なことしてただろうが」


「それはそれ。これはこれ、というやつです」


「なんだそりゃ……」


「待たせたな、二人とも」


 唐突に割言ってきた声に、二人は揃って声のしたほうに目を移す。声の主は、短めに切り揃えられた赤毛の青年だった。その隣には、仏頂面の白髪白衣の青年――シエル・スノーダストがいた。


「フォルテにシエルではないですか。その様子を見るからに、調整(メンテナンス)は終わったのですか?」


「ああ……」


 答えたのはシエルだった。彼は舌打ちを零しながらさっさと空いている席に腰を下ろした。


「機嫌が悪いですね。今度はどんな無茶で得物を壊したのですか、フォルテ」


「人聞きが悪いぞ、カルタ。別に俺は、無茶なんてしていない」


「どの口で言う……」


 赤毛の青年(フォルテ)の否定に、シエルは地の底から響くような声音でぼそりと愚痴る。


「この戦闘狂、今度はなにをやらかした?」


「……知りたいか、アルゴ?」とシエルが問うと、斑髪(アルゴ)は悪辣な笑みを口元に浮かべて「後学のために、是非――な」と言った。

 ならば仕方がない、とでもいう風に首肯するシエルを制止せんとフォルテが声を上げようとしたが、それよりも先にシエルが口を開く。


「この莫迦は、空禍(エイドン)を相手に剣だけで挑んだそうだ。騎竜艇(ドラグーン)搭載の響律式も使わず、銃器もなしに、騎竜艇に跨って剣を振り回し続けた――救いようのない莫迦だろう?」


「ああ、そりゃ莫迦だ。最大級の莫迦だな」


 シエルの言葉に、アルゴは同意を示すように『莫迦』と繰り返す。その横ではカルタが腹を抱えて笑い声を上げていた。笑いの種にされたフォルテは暫く居心地悪そうに顔を顰めていたが、どうにか話題を変えようとしたのだろう。


「……そういえば、二人は先ほどまでなにか話していたようだが」


「ん、ああ……そういえば」


 指摘され、思い出したようにアルゴが視線を動かした。釣られるように、フォルテとシエルの視線がその後を追う。そして、二人とも納得がいった――という風に首を盾に振った。


「またか……」


「あれは……本日何度目なんだ?」


「俺が知る限りで三度遭遇している。たぶん、あれで四度目だ」


 シエルが呆れ気味に答えた。「今年も忙しそうだな、彼は」とフォルテが零す。「違いねぇ……」と鼻で笑いながらアルゴが同意した。


「手は?」


「必要ないだろう」


 フォルテの問いに、アルゴは気のない言葉を投げた。実際問題、あの程度の相手ならノエルが後れを取るとは思えない。それに、


「……今回は助っ人もいるみたいだしな」


 小さく零したアルゴの言葉。同時に四人の視線が揃って一人に注視される。

「誰だ、あれは?」フォルテが問うた。


「ノーワ・クルトア。今年の新入生の一人。戦闘系響律式ではトップの成績」


 アルゴは先ほどカルタに説明したことをより簡略化した情報を開示する。カルタがにやにやとする横で、二人が揃って首を傾げる。


「新入生がノエルを助けているのか?」


「……酔狂な娘だな」


 驚きと呆れに似た嘆息が零れた。そんな科白を耳にしたアルゴは、かかと一笑いしてから言う。


「ま、お手並み拝見といこうじゃねーの」


 彼の言葉に同調するように、彼らはその場から静観の姿勢に入るのだった。





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