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プロローグ

 ――この世はつまらないことばかりだ。


 それが短いながらの人生の中で、少女(わたし)が見出した見解だった。

 物語の中に存在するような劇的な出来事も、胸躍る冒険も、世界を揺るがすような事件も――なにもない。

 小さなころに好きで仕方がなかった空想世界の冒険。その世界での不思議な出来事を描いた物語に心躍らせたのは、一体何年前のことだろうか。

 きっと自分も物語の中の登場人物(かれら)のように世界を旅して、様々な出会いと別れを繰り返し、冒険するのだと信じていた。


 それが空想による絵空事(つくりもの)だと気づいたのは――いつだっただろうか。


 以来、冒険(ゆめ)を見ることを止めた。

 世界には、不思議な出来事も出会いもない。それを痛感し――そして、絶望したからだ。

 少女(わたし)物語の中の登場人物(かれら)のようにはなれないのだと。それは年頃の少年少女なら誰もが通る現実への直面だろう。

 だけど、少女(わたし)にとってそれは耐え難い絶望だった。

 信じがたい、苦痛以外のなにものでもなかった。

 もし、神様というのが本当にいるのなら、是非に享受してもらいたい。


 ――どうして、少女(わたし)はこの世界に生まれたのか?


 こんな私だけの物語(きぼう)のない世界で生きる意味を、どうか教えてほしい。そう切望するけど、勿論――答えなんてない。

 答えてくれる存在なんて、何処にもいないのだからね。

 それからはずっと退屈と諦念が周囲を取り巻いていた。あるいはそれらは運命共同体のように少女(わたし)に寄り添っていた。

 世界に冒険(きぼう)は存在しない。

 世界は退屈(ぜつぼう)に満ちている。

 毎日そう囁かれるような錯覚。

 なにも望まず。

 なにも夢見ず。

 ご機嫌取りばかりを考える周囲の声を右から左に聞き流し。

 ただただ毎日(たいくつ)を感受する日々。

 いっそ死んでしまえば、この苦痛から解放されるのだろうか? 幼いながらにそんなことを考えるほど、少女(わたし)は世界に飽きていたのかもしれない。

 いや、違う。


 ――それは、諦めだったのだ。


      ◇◇◇


 諦めてからは何もかもがどうでもよかった。

 将来(みらい)希望(ゆめ)はなかった。

 流されるがまま。そして逆らうこともないまま、いずれは父の定めた相手と婚姻を結び、子を儲け、育て、大して面白味もない、ありきたりで何処にでもある――劇的な変化(ものがたり)のない人生を送るだけだろう。

 だけど、そうじゃない――と思えたのは、奇跡に等しかっただろう。


 彼らという存在がその場に現れたことも。


 彼らが現れたその場に少女(わたし)が居合わせたのも。


 この巡り合わせを、奇跡(ものがたり)と呼ばずにどうすると言うのか。

 王国主催の剣闘大会場。そこで開催されているのは、感応粒子物質――響素(ヒース)を用いた事象操作技術《響律式(コード)》の発展した現代においては珍しくなった、近接戦闘のみに限定された一対一の武芸大会である。

 一言でいえば、面白味のない大会だった。参加者たちは、手にする武器を力に任せて振り回すだけ。武芸――と呼ぶにはあまりにも拙く、雑な、技術もなにもない暴力の場。


「……欠伸が出るね」


 周囲が、観客たちが熱狂する中で、少女(わたし)だけは観覧席で思わずそんなことを言った。実際は、欠伸をするのすら勿体ないくらいだが。

 参加者の中には、王国の騎士団に所属する正式な騎士もちらほらいたのだが、その騎士たちも他の参加者たち同様、手にする得物を力任せに振り回しているだけだった。

 彼らもまた、武器を振るうことは滅多にないのだ。世界で必要なのは対人における格闘術よりも、空を飛び交う化け物を討つための響律式の技量こそが優先される。

 結局誰もが響律式と言う恩恵に溺れ、その強力な力の上に胡坐をかき、自己を磨くことを忘れているのが見て取れた。

 やはり、この世界には夢と冒険に満ちた展開などないのだ。

 目の前の武芸大会(おまつり)は、その事実を如実に少女(わたし)へと突きつけるものでしかない。

 

 いっそあの中に飛び込んで暴れれば、少しはこの空虚な気持ちも満たされるのか?


 そう考えていた時である。

 一つの試合が終わり、次の試合の選手たちが入場を始め……同時に会場がざわめき始めたのに気づいた。

 理由はすぐに判った。

 試合の選手の片割れが原因だった。

 現れたのは、茶味がかった黒髪の少年である。見たところ歳は少女(わたし)と大差ない――おそらくは十代前半の子供と言って差し支えないくらいの少年だった。

 武芸大会自体に年齢制限はないが、それでも年若く参加する者でも士官学院に在籍できる十五以上が基本だ。まだ第二次成長期に入って間もないような子供が参加したことは、過去の記録上一度としてない。

 当然、そんな子供が参加しているなど誰も思っていなかったのだろう。幼い少年の登場に会場はざわめき、それと同じくらい湧き上がっていた。

「いいぞー!」「がんばれ坊主ー!」「武芸大会舐めてんのかー!」「そんなガキとっとと潰しちまえー!」と、飛び交う野次は様々だが、総じて予想外の出場者(イレギュラー)を小莫迦にしたものが大半であった。

 そんな好奇の晒し者にされたも同然の少年はと言うと、遠目ながらその様子は落ち着いているように見えた。

 やがて試合の幕開けを知らせる鐘の音が鳴り――そして次の瞬間には決着がついた。


 勝者は少年だった。


 目にも留まらぬ――否、目にも映らぬような電光石火の一撃で、少年は自分の倍近い身の丈の男を場外へ手叩きだしたのである。

 誰もが我が目を疑い、言葉を失った。少年だけが微苦笑を浮かべ、審判に声をかける。呼ばれて我に返った審判が、慌てた様子で少年の勝利を宣言した。

 一部では反則――響律式の使用も疑われたが、それに異を唱えたのは騎士団の重鎮たち。主に師団を任される大佐階級の人間――歴戦の猛者たちだった。

 のちにしったことだが、少年の用いた武芸は《戦響技(アーツ)》と呼ばれる、近距離戦闘特化型した、響素を応用した戦闘術だという。

 響律式に似て、それでいて非なる――現代では殆んど扱う者のいないれっきとした『武芸』。

 なにより人間が響律式を扱うには、指揮甲と呼ばれる術式補助装置が必要不可欠なのである。

 それに対し、戦響技はその術の動作――これを『型』と呼ぶらしい――をひたすら身体に叩き込み、術の理念を動作に組み込むことで半自動的に――無意識と同じ感覚で扱うことが出来る『技術』であり、れっきとした『武芸』である。そしてその最たる強みは、『型』を正しくなぞらえれば、指揮甲なしでも響律式同等の破壊力を体現することにある。

 どうにもあの少年は、そういう『力』の使い手らしい。

 まるで闇に閃いた一条の光のような鮮烈さだった。

 なにより、大の大人を相手に自分と歳も変わらないような少年が圧倒すると言うその姿に目を奪われ、心を奪われた。

 そして更に驚いたことに――そんな常識を覆す存在が、もう一人いたことにある。

 先の少年とは真逆の――まるで穢れを知らぬような白髪を携えた小さな影。

 一見老人かと思ったが、その髪の間から覗く顔立ちは先ほどの少年と同じくらい幼さを孕んでいた。

 先の少年に比べ、こちらの少年もまた鮮やかな立ち振る舞いの中、神風の如き疾さで対戦相手を瞬く間に地に伏させたのである。

 両者は破竹の勢いで勝ち進んでいった。

 最初は子供の勝者に対して険しい表情を浮かべていた観客たちも、いつの間にか万感の歓声を上げて少年たちに声援を送っていた。

 他の対戦相手を次々と打ち倒していた二人が、決勝で対峙するのは最早必然と言ってよいだろう。

 片や黒髪、片や白髪の少年剣士が二人。雌雄を決するがために会場に現れた瞬間(とき)、会場が割れんばかりの鬨の声が響き渡っていた。

 少女(わたし)もその一人だった。

 いや、むしろ誰よりも心躍っていただろう。

 ずっと諦めていた夢物語(もの)の一端が、今まさに目の前に存在しているのだ。


 見せてくれ。


 どうか知らしめてくれ。



 ――この世界はまだ、諦めるには早いのだと!



 試合開始を告げる鐘の音と共に、二人の少年が激突する。

 それはのちに、史上最高峰の剣闘と謳われることとなる試合だった。

 目を疑うような疾さで振り抜かれた二本の剣が激突し火花を散らしたかと思えば、幾重もの金属音が木霊した。

 金属音(ガキン)ッ。

 金属音(ガキン)ッ。

 金属音(ガキン)ッ。

 まるで大演奏会(オーケストラ)のように鳴り響く剣戟に合わせ、少年たちの姿は掻き消えては現れ、掻き消えては現れ――疾うに人間の視認可能な速度の領域を超えて鎬を削る少年たちの姿に、誰もが息を呑んだ。

 その試合の間、観客たちはまさに刹那のようで永遠のようにも思えたことだろう。

 決着を望みながら、決着が訪れることを望まない二つの想い。

 この試合をいつまでも見続けていたいという羨望が渦を巻き、そしてそれと同じくらいこの試合の結末を望む想いが重なり合う。

 剣閃と剣閃が衝突した。剣閃同士の苛烈な威力によって生じた衝撃波が空気を震わせ、激しい衝突音を響かせる。

そして――静寂。

剣をぶつけ合っていた少年たちがお互いの顔を見合い、笑みを浮かべていた。

そして揃って荒くなった呼吸を整える。数度の深呼吸ののち――動く。

先に動いたのは白髪の少年。

雷光のような勢いで踏み込んだ。同時に剣を鞘に納めるような姿勢から、煙るような速さで剣を抜く。

 そして――瞬きの半分にも満たないような僅かな遅れで、黒髪の少年も動く。

踏み込みと同時に、裂帛の気合いを上げながら左逆手に握った剣を、渾身の力で振り抜いたらしい。

 轟音。

 閃光。

 そして――衝撃。

 剣戟の衝突によって生じた激しい震撼。空間そのものを揺り動かすほどの剣圧が大気を震わせ、会場を走り抜けた。あまりの衝撃に会場が罅割れ、衝撃によって弾け飛んだ断片が四散する。およそ剣と剣の衝突によって起きるとは思えないような光景だった。

 あまりの事態に会場の観客たちが悲鳴を上げて、飛んでくる破片を避けるために身を伏せる中で、少女(わたし)だけはその戦場(こうけい)を凝視していた。


 これだ。


 これこそが、少女(わたし)の望んだ世界だった。


 言葉にすれば、それは剣と剣によるせめぎ合いだった。しかし目の前で繰り広げられた光景は、世界すらも震え上がらせるような――まごうことなき常軌を逸脱した超常の有様。

 まさに物語の中の出来事のような光景に、少女の心は湧き立っていた。

 結局試合の結果は会場の損壊などによる理由で継続不可能と判断されて、この年の大会は優勝者なしという異例の結末で幕を閉じ、決勝に出場した二人の少年は中止宣言が下されるとほとんど同時に姿を消したそうだ。

 その行方はようとして知れず、彼らの名前すら定かではなかったそうだ。


 黒髪の少年の出場登録名義は『N』。


 白髪の少年の出場登録名義は『C』。


 恐らくは頭文字(イニシャル)だろうが、流石にこんな情報から個人を特定することは不可能だった。

 国としてもあれほどの逸材を是が非でも騎士団に引き入れようとしたようだが、結局足取りを摑むことすら叶わなかったという。

 その話を聞いて、余計少女(わたし)は愉快な気分なった。

 なんと痛快なことだろう。

 なんと感動的なことだろう。

 あれこそが、少女が初めて出会った――夢のような現実(ほんとう)物語(はなし)だった。

 望みは絶えない。願いは潰えない。

 まだこの世界には、希望(ゆめ)があったのだ。

 彼らと言う存在が、それを少女(わたし)に教えてくれた。知らしめてくれた。ならば――自分のするべきことはひとつだ。


 臨もう――もう一度。


 一度は諦めかけた夢を。一度は捨てようとした望みを。

 幸か不幸か、この身にはその一歩となれる力があることを少女(わたし)は知っている。だからきっと、運命は否応なしに少女を絵空事(ものがたり)に誘うだろう。

 それこそが望みだ。

 空虚で蒙昧な平凡はいらない。

 求めるものはただ一つ――一度は諦めた私のための物語(きぼう)だ。



 だからこの物語は、少女(わたし)が望んだ願い(ものがたり)であり、


 そして――


 どうしようもなく人類(ひと)が夢見てやまない可能性(ものがたり)なのだ。





 ――A・L著『少女が夢見た物語』より抜粋


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