こんなうまいもん たべたことねー!
母ちゃんが手術した。
子宮何とかと言う病気だそうで、子供の僕には、よく解らない。
何でも、おなかの中におできが出来、それを取らなければならないらしい。
母ちゃんが居ないから、父ちゃんは大変だ!
その頃の僕の家には、水道もガスも無かったので、
朝早く家の近くを流れる小川で水を汲み、その水を使って
ご飯や味噌汁を作らなければならない。
僕と妹が起きてくると、いろりには、
温かいご飯と味噌汁ができていた。
父ちゃんは、
「母ちゃんが入院して大変だから、お前らいい子にしてなーあかんぞ」と
ご飯を食べながら、僕らに向かいよく言った。
それを聞くと僕は、心が痛んだ。
算数の足し算は出来ないし、
国語の本もうまく読めないし、
体育も、音楽も全然だめで、
いつも学校の先生にしかられている僕は、心が痛んだ。
その頃の僕は、
鼻水がいつもたれており、
授業中それが口元までたれてくるので、
袖でふき取るのに忙しく、学生服の袖は、鼻水が乾き、
まるで糊付けしたように、「ぱりん、ぱりん」になっている子供だった。
母ちゃんが入院してから、10日ごろたったある日、
土方の仕事から帰ってきたとうちゃんが、急に
「母ちゃんの所へ、連れて行ってやるから」といいだした。
母ちゃんの入院している病院は、福井にあるらしい。
家からかなり離れてて、電車に乗っていかねばならないらしい。
私と妹は、母ちゃんに会えるのもうれしかったが、
2,3回しか乗った事の無い電車に乗れるのもうれしかった。
家でいっちょらいの服に着替え、父ちゃんに連れられ駅に向かった。
電車に乗ると座席は、空いていた。
僕らは、窓の景色が珍しくあいた座席の間を飛び回っていた。
「こら、おとなしく座ってえんか!」と父ちゃんは怒るが、
怒られた当座だけおとなしくなるだけで、又座席の間を飛び回りはじめた。
しかし、福井に近づくにつれ電車はだんだん込み合ってきた。
もう、電車の中を飛び回る事は出来ない。
そして、福井に近づくにつれ、電車に乗り込む人達の洋服も違ってきた。
男の人の洋服は、父ちゃんみたいな、仕事する時の服ではない。
又、女の人は、かちゃんがよくはいているモンペでなく、きれいなスカートをはいている。
僕の隣に座ってたスカートをはいた女の人からは、いいにおいがする。
「街の女の人は、母ちゃんと違い、いいにおいがするなー」と思いながらも、
見知らぬところに来ている事に気づき、不安になり、父ちゃんの隣で、小さくなっていた。
福井駅に着き、かあちゃんの病院に向かう。
ここは、自動車が多い、人が多い。
僕の住んでるところでは、馬車はよく通るが、自動車なんてめったに通らない。
道はでこぼこで、舗装なんてされてない。
「迷子になっては大変」と思い、
僕も妹も父ちゃんの手をしっかりににぎる。
僕は、母ちゃんにに会えるは、うれしいのだが、
チョット緊張もしていた。
それは、いつも怒られていたからである。
「鼻水を学校の服で拭いたらあかんやろ!同級生の芳男ちゃんは、しっかりしてる!
それに比べお前は何じゃ!母ちゃんは、情けない」とか
「新ちゃんは、勉強できるらしいよ!それに比べ、お前は、通信簿2ばっかりじゃないか!
母ちゃん、恥ずかしいやら、情けないやら」とか
ほめられた記憶なんてほとんど無く、
会えばまた怒られるのではないかと言う恐れからだ。
病室に入る。、
母ちゃんは、僕と妹を見て
「よぅ来たなー!よぅ来たなー!いい子にしてたか?」と言い、嬉しそう。
そして、二人の頭を「ゴシゴシ」となでた。
今日の母ちゃんは、いつもと違い優しそうだ。
父ちゃんと母ちゃんは、子供の僕等には、わからない大人の話をし始めた。
そしてそれが一段落したのか、
母ちゃんが、僕と妹に向かい
「お見舞いでもらった果物があるから、皆で食べよう!バナナって言うんだ。
とても珍しいものだよ。母ちゃん、1本食べたけど、こんなうまいもの今まで食べたことねえ!
こんなうまいもの自分一人で食べたら、罰があたると思い取っておいたんだ」
と言いつつ、バナナを取り出しにかかる。
僕も妹も、初めて見るバナナ!
まるで野球のグローブだ、
「父ちゃんの分、お兄ちゃんの分、洋ちゃんの分、それに母ちゃんの分」と言いながら、1本、1本房からちぎり、それぞれを手渡す。
「皮むいてたべんだぞ!」とお母ちゃんが言えば、
「そんな事知ってる。俺が東京でいた頃、バナナを何本も食べてる」と 父ちゃんは、怒ったように言う。
全員バナナの皮をむき始める。
僕は、バナナを一口パクリ。
「本当や、母ちゃんの言う通りや!本当にうまい!これなら、何本でも食べられる。こんなうまいもん、たべたことねー!」
父ちゃんも、バナナを一口パクリ。
何にも言わない。
でも、うまいに決まってる。
父ちゃんは、昔から無口なのだ。
母ちゃんも、バナナを一口パクリ。
「うまいのー。その上、味が上品だ。やっぱ高いバナナだけのことあるは!」
妹も、バナナを一口パクリ
「本当や、こんなうまいものくったことねー」
母ちゃんの手元に、まだ4本のバナナがある。
父ちゃんと僕と、妹に1本ずつパナナを手渡す。
僕は、今度はゆっくり食べようと思った。
早く飲み込んでしまうと、口の中からバナナの味が無くなってしまうから、
ゆっくり、よく噛んでだべた。
そして最後の一口のバナナを飲み込んだとき、
「次にバナナが食べられるのは、いつになるのかなー」と思い、さびしかった。
母ちゃんの病院から家の帰る途中
歩いてる時も、電車に乗ってる時も、
うまかったバナナの味が忘れないように、
頭の中で思い出す。
母ちゃんの事より、バナナの事で一杯だ。
家に着くと、
父ちゃんが僕と妹の布団を敷いてくれ
「もう遅いから早く寝ろ!明日、寝坊すんじゃないぞ」と言う。
僕は、
「父ちゃん、今日のバナナうまかったなー!あんな うめえーもん食えて本当に今日はよかった!
母ちゃん、早く治るといいなー。父ちゃん、お休み」と言い
布団にもぐり込んだ。