死なんて怖くない
どうも、林羽夢です。
二作目です。
『死』に現実感が湧かない私。やっぱり、まだ幼いからでしょうかね。
今回のお話は、固有名詞を一切使わずに書きました。
拙い文章ですが、少しでも楽しんでもらえれば幸いです。
テレビでは連日、血生臭いニュースが報道されている。
一昨日はどうやら、どっかの夫婦がやられたらしい。地名は言っていたけれど、知らない場所だった。そんな場所で起こった事件なんて、僕には全く関係ない。
昨日は街中で大量にやられたらしい。バスの中で暴れたそうだ。場所は、僕の町の隣だった。自分の町じゃないから関係ない。
そして今日は、僕の家の隣で起こったらしい。だいぶ高齢の女性が、息子に暴力を受けたんだとか。確かに痛がる声は聞こえてた。でも、僕はあまり近所付き合いが良くないから、隣のおばあさんなんて関係ない。
次の日の朝、警察がやって来た。警察は、僕の家のチャイムを鳴らしながら言う。
「警察の者だ。隣の家の件で、お話をうかがいたい。」
別に、追い返す理由なんてないからドアを開けてあげた。外には、偉そうなひげ男がいた。その中途半端なひげは、彼の鼻の下にちょびりと付いている。今に取れてしまうんじゃないだろうか。
「話はここで結構。」
男はそう言いながら、変な四角いものを内ポケットから取り出した。そしてそれを僕の前でパカリと広げると、
「もう一度断るが、私は警察の者だ。」
と念を押した。一回言われれば誰だってわかる。そう思いながらひげを見ると、意外と頑固にくっついている。
「貴方に、いくつか質問をしたい。
よろしいかね。」
「ええ、まあ。」
僕は気の無い返事をした。早く終わらせたい。早く終わらせて、今日するべきことをやってしまいたい。
「では、まず、事件の概要から…」
ひげの警官は胸ポケットから手帳を取り出すと、事件の概要を説明し始めた。
「知っていると思うが、被害者は、隣の家に住んでいる七十二歳の女性だ。事件が起きたのは昨日の…」
警官は、ニュースでやっていたことをそのまま話し始めた。もう知っている話だし、聞かなくていいだろう。
「…ということで、息子が容疑者として…」
それにしても話が長い。早く質問に答えて終わりにしたいのだが。たしか今日、僕には大事な用事があったはずである。しかし、それが何なのかは思い出せない。僕もだいぶボケたものだ。まだ三十前半だというのに。
「…わかりましたかね。」
やっと警官の口が止まった。あんなに激しく上下していたのに、ひげは全く動じていない。落ち着き払って口の上に居座っている。
話はろくに聞いていなかったが、話の内容はわかっている。僕は気の無い返事を引き連れてうなずいた。
「では質問に移るが、最近、隣から怪しい音などが聞こえてこなかったかね。」
警官は僕の返事を聞き流し、質問を始めた。
「ああ、してました。バシンって音とか、悲鳴とか。」
早く済ませて、今日の用事を確認したい僕は、適当に言った。だがまあ、嘘ではない。
「ふむ、それはいつ頃から。」
警官は、手に持った手帳に何やら書き込んでいる。
「えーと、一週間くらい前だった気がします。」
今の発言は、嘘も混じっているといってよいだろう。なぜなら覚えていないからだ。
「なるほど。では次に…」
僕は内心、まだあるのかとため息をついた。ひげは相変わらずガッシリとくっついている。
結局、警官から解放されたのは午後になってからだった。ひげは最後まで取れなかった。
僕は、警官を見送ってドアを閉めると、すぐに台所へ向かった。冷蔵庫の開き戸に、カレンダーを貼っているのだ。
台所は、フライパンやらアルミ鍋やらがゴチャゴチャになっていて目も当てられない。この様子を入院中の妹が見たら、何て言うだろうか。
僕の妹は病弱で、よく入院をしているのだが、中々のきれい好きなのだ。子供の頃は、部屋を散らかすと、母ではなく妹に怒られていたっけ。
だがそんな妹にも、可愛いところはある。入院中は寂しいから、月に二、三度は病院に遊びにこいと言うのだ。おかげで僕は、病院の受付の看護師に顔を覚えられてしまった。こっちが何も言わなくても、妹の病室に案内されるのだ。
そういえば今日の用事も、それだった気がする。カレンダーを見ると、やっぱりだ。今日の日付にしっかり、『病院』と書いてある。そうだった。今日は月に二度の、妹を訪ねる日だった。
僕はすぐに支度をして愛車に乗り込み、エンジンをかけた。
妹は、兄が部屋に入ってくると嬉しそうに口元をゆるめた。その顔は、前よりもやつれて見える。
「お兄ちゃん遅いよ。」
「ゴメンゴメン。警察が来ちゃってさー。」
妹は少し驚いたようだった。元々大きい目を一杯に開いている。きっと、自分の兄が何かやらかしたのかと思ったのだろう。僕は慌てて付け加えた。
「あー、いや、隣の家で殺人があって、その事に関して何か知らないかってさ。」
「ああ、そうなの。」
そう言う妹の目は、先程よりも大きく開かれた。そんなに開いて、目がちぎれてしまわないだろうかと心配になるほどである。しかし、そんなに驚くことだろうか?
「何をそんなに驚いてるんだ?」
「何をって…だって、そんな身近なところでそんな事が起こるだなんて…。じゃあ逆に、お兄ちゃんはどうしてそんなに落ち着いていられるの?」
妹は、信じられないとでも言いたげに眉を潜めた。
当然だろ。僕は言いかけて、やめた。よく考えてみたら、おかしいのは自分だ。隣で人が亡くなったというのに、関係ないと割り切っていたのだから。妹が驚く方が当然である。
「多分、僕が死に耐性を持っているからじゃないかなあ。」
一番妥当な答えを思い付いた。妹はハッと息を呑んだ。まずいことを言った、と手を口に当てている。
僕たちの両親は、僕がまだ小学生の頃に交通事故で死んでしまっていた。その頃妹はまだ小さく、両親の顔すら知らないと言う。しかし僕は、病院のベッドで静かに眠る両親をちゃんと覚えていた。
「ごめんお兄ちゃん、そうだよね。」
静かにそう言う妹の目は、明らかに困惑している。
「気にするなよ。僕はもう平気だから。」
「うん、でも…うーん。」
にこやかに笑ってみせても、妹の表情は変わらない。むしろもっと落ち込んだ気がする。
「どうした?」
聞いてみても、答えない。しかししばらく待っていたら、妹の重たい口が開いた。
「お兄ちゃんは、私がいなくなっても悲しくない?」
その場が凍りついた。悲しくないとは絶対に言えない。しかし、悲しいとも言えない。
こんなことを言い出すということは、きっと『その時』が近い証拠だろう。いつもより顔がやつれているように見えたのも、そのせいかもしれない。そんな状態の彼女に、プレッシャーなどというものはかけられない。
「そりゃあ悲しむさ。」
悩んだ末に出した答えが、これだった。これ以外に思い付かなかった。妹はうつむき、細い指で布団をつかんだ。
「死なない方がいいよね。」
その声は静かで、独り言のようだった。僕が何も言えずにいると、妹は顔をあげ、今度は少し明るい口調で話し始めた。わざとらしい声が、病室の白い壁に吸い込まれていく。
「看護士さんに言われたの。余命二週間だって。手は尽くしたけど、無理だったんだって。」
妹は一旦口を閉じ、僕の反応を待っていた。しかし、僕が微動だにしないのを見ると、また口を動かし始めた。その声は、さっきの作り声ではなかった。
「ごめんねお兄ちゃん…ごめんね、ごめん…。」
涙を拭いながら必死に謝る妹は、僕の目には一つの水彩画に見えた。
二週間という時間は、あっという間に過ぎ去っていった。この二週間、やはりテレビでは、僕には関係のないニュースをやっていた。ただ一つ関係があったのは、あの隣の家のニュースで、ひげ警官が、地元調査の結果、息子が犯人だと判明したのなんの言っていた。僕はずっとひげを見続けていた。やはり取れなかった。
そして二週間、僕は妹のもとに毎日通って、その度にリアルな水彩画を見てきた。
今日は運命の日である。
「お兄ちゃん、今までありがとう。」
枕元にしゃがむ僕に、妹は言った。二十代の女性とは思えない、か細い声が聞こえてくる。もうそろそろなのだな、と思った。
「こちらこそ、ありがとう。」
何を言えばよいのかわからない。とりあえず返してみたが、これでいいのだろうか。
妹を見ると、少し笑っている。端が少し曲がったその口が、少しずつ言葉を漏らし始めた。聞き取れないほど小さな声だ。何を言っているのかわからないから聞き返した。
「何?」
返事がない。
妹を見ると、微笑したままである。石像のように動かない。
側にいた医者が、妹の石像を調べ始めた。そして間もなく、首をゆっくり横に振り、言った。
「御臨終です。」
信じられない。僕は最初にそう考えた。次に、それが信じたくないに変わった。最後に、涙となって目の奥に溜まった。
眠る両親の横で泣きじゃくる幼い自分が、涙の中で渦を巻いている。それが今の自分と溶け合い、そして頬を伝った。
ああ、僕は忘れていた。死というものが何なのか、忘れていた。死に対しての、自分の無神経さを感じる。耐性を持っていると思っていたのは、実は死を忘れていただけに過ぎなかったのだ。
そして今、思い出した。歪む視界に映る屍は、石像ではなく、水彩画でもなく、『もう二度と会えない人間』だということを。
最後までお読みくださり、ありがとうございます
(>ω<
読者人数が、私の栄養分でございます。
さて、この作品、死をテーマにしたわけですが、難しいですね…
なんだか軽くなってしまいました。
申し訳ありません。
あと、前回、次回予告で高校の部誌に載せたものを~といいましたが、諸事情により、急遽変更しました。この話は、つい昨日から書き始めたものです。はい。
…まあ、変更して困る読者はいないと思いますけどね。
次回は多分、明るいの書きます。たぶん。
以上、日々成長してるはずの林羽夢でした~




