非日常
夜の街・・・パトカーのサイレンがあちらこちらで鳴り響いていた。
次々と捕まっていく仲間を尻目に、一台のスクーターを乗り捨て一人の少年が路地裏へと逃げ込む。
「・・・はあ・・・はあ・・。」
暴走族。彼らは心に受けた傷や、溜まっていったさまざまな辛さ。それを晴らすために、その苦しみから逃れようと彼らは集い、そして群れて夜の街を暴走しているのだ。
だが、身勝手な暴走がいつまでも許されるわけではない。
「・・くそ・・・くそ!」
少年の胸にやるせなさと苛立ち、そして恐怖が募る。彼らの仲間はすでに待ち構えていた警察に捕まって
いる。
警察官の怒号が少年の耳に木霊する。もつれそうなだが、それでも前に出ようとする足。だが、不幸にも少年の行く先は行き止まりであった。少年の目の前に金網が立ちふさがっていたのだ。
「見つけたぞ!」
追いつめられた少年。追いついてきた警察官の足音を耳にしながら必死に名って考える。考えすぎてパニックになるほどに。
そして、思い出してしまった。ポケットの中にある緑色の液体の入った注射器の存在に。
「・・・・・・。」
それは少し前、少年が仲間と一緒にとある男から筋肉増強剤として買った薬であった。価格は普通の風邪
薬を買うのと同じ価格。手軽な値段と男の巧みな話術に少年も買ってしまったのだ。
効果あるかどうか疑わしいものがあった。だが、藁にも縋る思いであった少年はそれを使う躊躇いを無くしてしまった。
ポケットから取り出した注射器を乱暴に腕にさす少年。腕に走る鋭い痛みに歯を食いしばって耐えながら、薬品を注入し始める。焼けるように痛む部分から冷たい異物が流れ込み、それが広がっていくのを少年は感じていた。
そして冷たいそれは血管を通り、凄まじい速度で全身に回っていく。
回っていくと共に、冷たさとは反比例するように体が熱くなっていき、少年は視界がぼやけていくのを感じ始める。
心臓が痛くなるほどに勝手に激しく鼓動している。
「うっ・・うあ・・あぅ・・・。」
そして、少年は自分の目を疑う事になる。よろけて膝をついた彼。その体を支える自分の手を見たのだ。それがおぞましい怪物の手に変わっていたのだ。
それが、少年の最後の記憶になってしまった。
少年を追い詰めた警官は信じられないものを見ていた。苦しむ少年の体が膨らんでいく。全身の筋肉、骨
格が膨張してそれに衣服が耐えられなくなり内側から破裂するように破れていく。
膨張した筋肉の表面が浅黒く固くなっていく。染められていた髪も伸びていき、真っ黒な髪になっていく。瞳は充血し、口からは肉食動物のような鋭い犬歯が出ていた。角こそは無かったが、その形相はまさに鬼というのにふさわしかった。
少年だった怪物が吼える。その咆哮に警官は我に返り、とっさに拳銃を手にする。怪物は警官に向かって突進してくる。
振り上げられた腕。それが振り下ろされるのと、銃声が鳴ったのはほぼ同時であった。
「こっ・・こちら××区。暴走族の一斉検挙中、謎の怪物が出現!拳銃で応戦するも多数の犠牲者が出ている。しっ・・至急応援を頼む!うっ・・うわああああぁぁぁぁ!!!
「・・・・なんだこれ?」
現場を訪れた祐司はあまりの悲惨さに言葉を失っていた。
彼は帰り際に、直ぐ近くで爆発音を耳にして駆けつけてきたのだ。夜のビジネス街は人気が少なく、爆発したというのにその現場にすぐ駆けつけてきたのは彼だけであった。
まず彼の目に付いたのは、爆発炎上するパトカー。その傍には警察官が血だまりの海に倒れていたのだ。彼だけではない。路地裏の傍では二人の警察官が拳銃を手にしたまま血の海に倒れていた。
何かとてつもない力が暴れたのか、道路はところどころひび割れ、コンクリートの壁が抉り取られていた。
とっさにカメラを手にする祐司。そして、己を殺しその現場を写真に収め始めた。
だが、何度かシャッターを切ったところで彼の手が止まる。
「うっ・・ううう・・・。」
燃え上がるパトカーの傍で倒れている警察官。その彼の体がかすかだが動く。
祐司は倒れている警察官のところへと駆け寄る。
倒れていた警察官は爪のようなもので胴体を袈裟に切り裂かれていた。傷口からは赤黒い血がにじみ出て
きており、彼の服を赤く染めていた。
傷の程度はわからないが、出血の量から早く手当てしないと命に関わるということは明白であった。
「くそ・・・。」
取材どころではなかった。祐司は携帯で救急へ連絡する。
「うっ・・・こっ・・ここは・・?」
「気がついたか。」
荒い呼吸と焼け付くような痛みで自分が生きていることを確かめる警察官は祐司のほうへと視線を向ける。
「
一体何が起こった。まるで何かの化け物か何かが暴れたような・・・。」
「少年が・・・突然怪物になって・・・・。」
「少年が怪物に?」
脈絡も無い警察官の言葉に、訳がわからず激しく聞き返してしまう。
「うわあああああっ!!」
二人の警察官が倒れている場所の反対側の路地から一人の少年が逃げてきたのだ。そして・・・その後を追うように一体の怪物が姿を現す。その大きさは三メートル近くあろうか。巨人とも鬼ともとれるような怪
物であった。
「なっ・・何?」
その怪物の出現と、応援が来たのはほぼ同時であった。二台のパトカーから降りてきた四人の警察官は、それぞれ現場の悲惨さと怪物の出現に動揺を見せていたが、すぐに拳銃を構える。そして、一斉に怪物に向けて発砲した。放たれた四発の弾丸はそれぞれ怪物に命中。赤い血が噴き出す。
だが・・怪物は倒れない。怯みこそはしたが、それほどダメージを与えた様子はなったのだ。拳銃が命中した箇所の出血もすぐに止まる。
痛みを与えてきたものに対する怒り。狂気で血走った瞳はその痛みを与えた者達へと向けられる。
怒りの雄叫びと共に、巨体に似合わぬスピードで突進してくる怪物。警察官達は何度も発砲するがその突進を止めることは出来なかった。鋭い爪が振り下ろされ、一人の警察官が体を切り裂かれて倒れる。もう片方の腕を振るい、二人の警察官をまとめてなぎ払い、壁に叩きつつける。そして、倒れていた警察官を助けようとした最後の一人が振り下ろされた腕で地面に叩きつけられる。
「・・・・・。」
そして怪物は祐司の目の前にいた。祐司達を見下ろすその瞳には明確な殺意と狂気が宿っている。怪物はためらうことなく生きている二人に向かって鋭い爪のついた腕を振り上げ、それを振り下ろす。
鋭い爪。それが二人の体を切り裂こうと迫る。
次の瞬間、祐司が目にしたのは血に染まった己の体ではない。
強烈な打撃音とともに宙に浮く怪物の体と拳を天に突き出した白い影であった。
ゆっくりと地面に倒れていく巨体の怪物。黄色いマフラーを靡かせながら、それを見る白い影。その光景を祐司ははっきりと目に焼き付けていた。
爆発騒ぎを耳にした赤い影の彼はビルの上から白い影を見ていた。
すばやい動きで割り込み、自分の数倍はあろう巨体を持つ怪物の体を拳で吹き飛ばす彼。
「・・・・まずは、お手並み拝見と行こうか。」
影はその戦いを今は静観していた。
拳を収めながら、白い影――白い稲妻は軽くため息をつく
「・・・・まさかは思っていたけど、こんなに酷いことになっていたなんて・・。」
地面に倒れていた怪物は起き上がりながら、白い稲妻を睨みつける。その狂った敵意を攻撃してきた彼に向けたのは明白である。
白い稲妻は後ろに視線をやる。
「・・・怪我人をよろしくお願いします!」
白い稲妻は後ろの彼――祐司の返事を待たずに走り出す。常人では考えられないくらいの速度の突進。それを捕らえていたのか、怪物は雄叫びを上げながら、その太い腕を振り下ろす。
だが、怪物の手に伝わってきたのは肉と骨を砕く感触ではなく、固いアスファルトを砕く感触であった。
そして、次の瞬間、軽く宙に浮いた白い稲妻の回し上段蹴りが怪物の頭部を捕らえた。しなやかな跳躍からの鋭い斬撃のような蹴り。それに打ち抜かれ怪物の体が大きくよろける。
怪物が体勢を立て直す暇も与えず白い稲妻は動き出す。怪物の目の前に着地し、膝を沈めて衝撃を吸収すると同時にためを作り、光を帯びるくらい高圧の電撃を纏わせた拳を胴体に叩きこむ。
その一撃に、怪物の巨体が吹き飛ばされ壁に激突する。そして・・そのまま怪物は動かなくなった。
動かなくなった怪物の体が急速に縮み出す。そして、あっという間に元の少年の姿に戻っていった。
「倒したら元に戻るというわけか。でも・・・本当に人間が変身していたのか・・。」
彼の視線が元に戻った少年から別の方へと向く。
「しかも、一体だけでなく、他にも何体もいるみたいだし。」
視線の先にある暗闇から同じような怪物が浮かび上がるように出てくる。
「手加減がわからないから、少し手間がかかるよな。」
拳を握り締め、怪物達を迎え撃とうとする白い稲妻。その口調にはまだ余裕があった。
怪物の一体が雄叫びを上げながら走り出す。
そしてその怪物は突然悲鳴を上げて立ち止まる。
「・・・・!?」
立ち止まった怪物の腕に一頭の巨大な銀の獣が鋭い牙を食い込ませていたのだ。
腕を振り回してそれを振りほどこうとする怪物。だが、獣はものともせずに怪物を引きずり倒してしまう。
もう一体の怪物が狼に殴りかかる。だが、その拳は派手な銃声とともに止まってしまう。
胸から血を噴出しながらよろめく怪物。
その銃声の主は白い稲妻の背後にいた。
黒いロングコートを羽織った長身痩躯の男。精悍な顔と短く切り上げた髪のさわやかな青年であった。
―――――えっ?
白い稲妻はその彼の姿を見て全身の動きを止めてしまっていた。
その男の左腕には銃口から硝煙の立ち昇る拳銃が握られていた。だが、その拳銃は普通の人間が使う銃よ
りも銃口が大きい。軍用で使われる五十口径の自動拳銃であった。
銃弾を受けた怪物がまた動き出そうとする。男は再び引き金を引く。その銃声は普通の拳銃よりも大き
く、そして派手だ。その威力もそれに違わぬものがあった。
普通の拳銃ではあまり効果が無かった怪物が大きく怯み、後退していく。男は怪物に向けて数発の弾丸を叩き込む。通常よりも遥かに破壊力もある分、反動も強い拳銃。男はそれを片手で、しかも正確に怪物に命中させていた。
度重なる銃撃によろよろと後退する怪物。その怪物に向かって男は走り出す。そのスピードは人のそれを超えており、瞬く間に怪物と自身の距離をゼロにする。そしてその勢いと共に、銀のナックルを握りこませ
ている右の拳を怪物の腹部に叩き込む。
怪物の体を凄まじい衝撃が突き抜ける。そして、その一撃で怪物は沈黙した。
それとほぼ同時に、狼も引きずり倒した怪物の首筋に鋭い牙を突き立て、そして力の限りその巨体を引きずるように投げ飛ばした。
壁に激突するもう一体の怪物。壁を破壊しながら、怪物は人の姿に戻りながら倒れていった。
「・・・この街での初めての実戦にしては悪くないぜ。」
男が狼に向かって声を掛ける。一方の狼も少しうれしそうに鼻を鳴らす。
『・・・!?』
だが、次の瞬間そんな一人と一頭の上を白い稲妻が飛び上がっていた。足には凄まじい量の電撃が凝縮され、バチバチと光と音を出していた。
アーチを描くように一人と一頭を飛び越えながら、足先から体をひるがえす白い稲妻。遠心力と落下していく全体重を乗せた踵を突進してきたもう一体の怪物に叩き込んだ。
凄まじい破壊力が込められた一撃に怪物は悲鳴を上げる暇も無く地面に叩き伏せられる。
そして、そのままその姿が人へと戻っていった。
「・・・・想像以上に強くなったな。」
怪物が人に戻った事を確認し拳銃を懐にしまいながら男は、白い稲妻に親しげに話しかけてきた。白い稲妻の方も固まったかのように男を見ている。
「何故・・・ここに?」
「偶然通りかけた・・・なんて理由にはならないよな。」
白い稲妻はゆっくりと息を吐き出し、男のほうを見る。どこと無くその仕草と口調に軽い戸惑いが見え隠れしている。
「細かい話は後にしたほうがいいみたい。」
だが、白い稲妻は直ぐに気を取り直して、身構える。
「まだ残っていたか。」
男も拳銃を再び取り出す。その動きに一片の無駄はなかった。
二人の視線の先にはもう一体の怪物。唸りながら今にも飛び掛ろうとしている。
白い稲妻が先手を仕掛けようと走り出した瞬間、閃光が白い稲妻に向かってきた。
「・・・・!?」
白い稲妻はとっさに後ろに飛び退く。
怪物と白い稲妻の間に赤い影がいつの間にかあらwれていた。。その手には黒い刀身の刀が抜き放たれている。
「そろそろ・・こっちもやらせれもらおうか?」
白い稲妻の足元は先ほどの閃光による切り傷が出来ている。そして・・・赤い影が背を向けているのにも関わらず怪物は微動もせずに固まっていた。
赤い影がゆっくりと刀を鞘に納める。その仕草は居合いの納刀そのものであった。
収めきったと同時に、怪物の体が袈裟に切り裂かれる。
「・・・強い。」
白い稲妻は怪物が斬られた瞬間を見ることが出来なかった。
悲鳴すら上げることもできず血を噴出しながら倒れていく怪物。それを背に赤い影は白い稲妻と対峙する。
白い稲妻はゆっくりと構える。左拳をやや前に、右拳はそれよりも手前にやり、体は半身。どこにでもあるファイティングポーズそのものだが、彼の構えは無駄がない。それだけで、急所が集中している体の中心線をすべてカバーしている。
赤い影はそれだけで彼はそれなりの格闘の技能を持っていることを見抜く。
鞘に収めた刀に手を当てる。白い稲妻と同じく半身だが、腰を落とし、重心はやや前に傾ける。
「・・・確かめさせてもらうぜ。お前が斬る価値のある相手かどうか・・・。」
その言葉とともに赤い影は飛び出すように走り出す。そして、強い踏み込みとともに手にしていた刀を抜き放った。
すみません…冒頭からバトルになっております。結構この話はバトルが多いので幕間に色々な形で日常も書いていきたいと思います。
次回予告 「刀鬼」
赤い影。白い稲妻との因縁がここよりはじまる。