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参謀

お城の奥底、あるじの背中を眺めながら、私は静かに筆を置いていた。

 

外の騒ぎは、もうすぐそこまで来ている。若くて威勢のいい「勇者」とやらが、正義という名の抜き身の刀を振り回して、この古びた門を叩き壊そうとしている音だ。


「……じい、あの子の目は、まだ綺麗か?」


 主が、ポツリと漏らした。その声には、魔王としての威厳などひとかけらもない。ただ、重すぎる荷物をようやく下ろせる旅人のような、酷く疲れ切った響きがある。


「ええ。眩しいほどに。……昔の主によく似ておいでです」

 私は嘘をいた。似ているはずがない。


 主がかつて、あちら側の「英雄」として、泥水をすすりながら村々を守っていた頃。人々は主を拝み、涙を流して感謝した。だが、腹が膨れ、夜道が安全になれば、人間という生き物は贅沢になる。強すぎる力は「不気味」に変わり、高潔さは「鼻持ちならない」と疎まれる。


 あのとき、主をこの椅子に座らせたのは、他でもない。昨日まで「正義」を唱えていたあいつらだ。

 誰かを「悪」に仕立て上げなければ、自分たちの至らなさや、内側に潜む醜さを直視できない。だから、一番強くて優しい男に「魔王」という汚れた衣装を着せ、城に押し込めたのだ。


 主は、その役割を黙って引き受けた。

 自分が「恐ろしい敵」で居続ける限り、人間たちは手を取り合い、共通の正義に酔いしれることができる。私たちが略奪を演じることで、彼らは「助け合い」という美しい芝居を打てる。


 立場が変われば、正義なんてものは、お天道様が昇って沈むのと同じくらい簡単にひっくり返る。

 あちら側にはあちら側の、こちら側にはこちら側の「守るべきもの」がある。だが、世間という奴は、常にたった一つの、分かりやすい「正解」を求めたがる。


「……さあ、参りましょうか」

 私は、主の肩にそっと手を置いた。


 これからあの若者がここへ踏み込み、主の胸に剣を突き立てる。

 その瞬間、世界は歓喜に包まれ、あの子は「英雄」になるだろう。

 けれど、私は知っている。


 熱狂が冷め、平和という名の退屈が訪れたとき。人々はまた、あの子の強さに怯え、影口を叩き始める。


 その時、あの子を「次の魔王」にさせないために、誰がその矛先を逸らしてやるのか。

 ……まあ、それは私の仕事ではない。


 私はただ、この因果な商売の幕引きを見届けるだけだ。

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