ワークマン無双〜神コスパ装備で迷宮攻略〜
ナイフ? チート成長?
どちらも強そうだが、そんなものは存在しない。
第一章:ワークマン信者と冷徹な毒舌AI
築60年、木造2階建て。西日が容赦なく壁紙を焼き、廊下を歩けば床が背筋も凍る悲鳴を上げる『古泉荘』。
その地下階段の先、かつて物置だった場所に、真っ暗な大穴が開いていた。巷で噂の自然発生型ダンジョンだ。
管理人代理の久世黎慧は深く溜め息をつき、階段の手前にある扉横で、スマホを掲げ持つ。
「ジヴ、ダンジョン用の装備チェック」
『了解。ハンカチ、ティッシュ、絆創膏、予備の弁当は持った?』
スマホ画面越しに、自作AIのジヴが心地よいアルトの声で返した。
「時間が惜しい。オフザケなしで」
『OK。日向光紗のスマホGPS信号は地下50メートル地点で停止中。バッテリー残量は11%だよ。彼女の「もやし生活」限界値よりも先に充電が逝くね』
リエが探しているのは、二号室の住人、自称チューバーアイドルだ。
「……あの陽キャ、由良の弁当を待てなかったのか?」
ワークマンの『ニトリルゴム背抜き手袋(三双組299円)』をパチンと鳴らして、深く息を吸う。
「一双あたり約100円。使い捨て感覚で深淵を殴れる。これが資本主義の聖遺物……」
『心拍数が上がっているよ。緊張するのは無理もないけど、Find-Outの冷感インナーが限界突破する前に、ライトをつけて覚悟を決めよう。電池はダイソーのアルカリ性。1本30円の命だね』
いよいよ扉の取っ手を握ったリエの首には、100円ショップで買った『LEDヘッドライト』。足元は、聖遺物『撥水・防汚加工ストレッチカーゴパンツ』と超軽量安全靴で、ガッチリと守りを固めている。
『スケットが来たよ』
足音を聞きつけたリエは振り返った。
第二章:医大生の筋肉とフライパンの物理法則
そこに佇むのは、そびえ立つような影。
「……シュウさん」
このアパートの住人、龍ヶ崎愁。身長190超えの巨漢で、深夜バイトを掛け持ちしている。医大生でもあることは大家と管理人しか知らない。
目を覚ましたばかりなのか、眠そうな視線をリエに落とした。身長差は30センチ強だ。
「……地下に、行くのか?」
リエが左手に握り締めている『テフロン加工フライパン(26cm・ダイソー)』に気づき、声をかけてきた。クセの強い爆発頭と威圧的な体躯に似合わず、その声は静かだ。
「ええ、光紗さんが戻らないんです。シュウさん、申し訳ないですが、ついて来てもらえませんか? その『鋼鉄先芯入り安全靴(2900円)』の威力を貸してください。埋め合わせは、……ゴミの分別代行で」
人伝の話だが、店内に存在するだけで、深夜コンビニの万引き件数が激減したと言う噂だ。そのフィジカルがあれば、畑を荒らす野生動物サイズの小型モンスターだって、一目散に逃げていくだろう。
「分かった。……裏アルミジャンパーを取って来る」
「地下で待ってます」
癖毛をヘアゴムで縛りながら自室へ向かって階段を駆け上がる背中を見て、リエは先に階段を降りた。
リエは『自家製濃縮ミント水』を装備品に一吹きする。この虫避け対策が、ダンジョンでは「聖なる守護」となるのだ。
「ジヴ、『テフロン加工フライパン』の強度は?」
『フライパンの耐久値はネズミ5匹分だよ。一打撃あたり20円の減価償却だね。ダンジョン破壊に使えば一回でお陀仏。知りたいなら、金属ゴミ袋《葬儀代》の費用も算出しようか?』
「聞きたくない」
第三章:ミント水の聖域とコスパ無双
縄梯子を降りたダンジョン内部は、カビと何が混ざり合った独特の臭いが立ち込めていた。
早速、ジヴが警報を鳴らす。
『前方10メートルに大ネズミの群れを検知。ハッカ油希釈液の出番だよ』
「切らしてるんだよね。自家製ミント水をくらえ!」
リュックのサイドポケットからスプレー容器を引き抜き、接近してきた溝臭い大ネズミ目掛けて霧を放つ。淀んだ空気が強烈なミント臭に塗り替えられ、大ネズミたちは耳を劈くような鳴き声を上げる。
リエの背後に控えていた巨躯が動く。シュウはネズミの急所を安全靴で蹴り抜いた。医大生としての解剖学的知識、恵まれた体格と運動部で鍛えられた質量による暴力だ。
『カタルシス完了。靴底は無傷。個体シュウの大腿四頭筋にかかった負荷は、ピザ一欠片分のカロリーで相殺可能だよ』
その隙に「耐切創手袋」を嵌め終えたリエは、飛びかかって来る残党一匹をフライパンでいなす。薄暗い洞窟状のダンジョン内で、金属を引っ掻く音が反響した。
後から現れた一匹がリエの手に噛み付くが、そのまま壁に叩きつける。聖遺物は無事だ。
体制を整える隙を与えず、その頭に鉄槌をくれてやる。甲高い鳴き声を上げて大ネズミが消滅し、小さな「魔物の核」が転がった。
『魔石をドロップ。時価500円。フライパンのコストを回収したね。おめでとう、ここから先は純利益だよ』
「防御にも使えて、命中率も最強! 早くも耐久値が限界突破しかけているのを除けば絶好調」
『尊い犠牲だね』
「手に伝わる感触がイヤ」
リエはFieldCoreのパンツを見下ろし、泥ハネや血飛沫の汚れや綻びがないことを確かめた。思い切って投資した装備の性能に満足すると、安堵の息を吐き、ワークマンへの信頼をより強固にして魔石を拾う。
その間、シュウは黙って周囲を警戒していた。
「さて、気を引き締め直しつつ、先を急ぎましょう」
奥へ進むと、光る大きなキノコを抱えて「自撮り」するミシャを発見した。
「イイところに! リエちゃん、シュウちゃん! 見て見て! このキノコ、メッチャ映える!」
「それ、今すぐ捨てて」
「え~~っ? 噛みついたり、引っ掻いたりしない。とっても良い子なのに〜〜」
「胞子が有毒かも知れないんだよ」
『同意。そのキノコの粘液はクリーニング代2000円コースだよ。捨てないならレナに報告して家賃に上乗せするね』
唇を尖らせて渋々キノコを手放すミシャ。
「……わかった。じゃあ、シュウちゃん、おんぶして!」
それを聞くなり、ミシャの耳付きパーカーの襟元をシュウが掴んだ。
「あれっ!? 扱いが雑! 走って逃げる途中、サンダル方っぽ落しちゃったの。足痛いんでマジ頼んます!」
「……異性間の物理接触で慰謝料を請求されるリスクがある」
「アタシそんなことしない! 信じて! それに、ポンコラとコリポレの奴らが黙ってないすよ。シュウ兄」
しばらくの沈黙と大きな溜め息の後、軽口を叩くミシャをシュウは軽々と抱き上げた。
第四章:レナの仲介と売れ残り弁当を持ったJK
一時間後。
ダンジョンを出た3人は、そこで待ち構えていた大家の銀城玲那と遭遇した。
「お帰り、そして、お疲れ様」
リエが持ち帰った「魔物の核」を受取り、レナは品定めを始める。そこへ弁当屋のバイトから帰った女子高生、由良が顔を出した。
「ミシャちゃん、また独りで降りたの? バイト終わるまで待っててって言ったのに……」
「今月のバズりが足りなんだもん」
「そんなこと言うなら、お弁当あげないよ?」
「待って、それはダメ! お茶も煎れるし、お片付けも手伝うから、ご容赦を!」
未成年二人の会話を他所に、レナが口を開く。
「……この魔石なら3つで1500円。そこから仲介料3割、ミシャの光熱費未払い分、それと……」
『レナさん、リエが今日消費したミント水と電池代、あと安全靴の減価償却分を考慮してね』
スマホの中からジヴが口を出した。
「仲介料が高すぎるのでは?」
「雑なリサイクルショップやダンジョン公式ショップに持ち込めば、鑑定料に税金までムシり取られるのよ?」
不満を訴えてもサラッと跳ね除け、ピザ広告をひらつかせたレナは微笑みを浮かべる。
「持ち帰りなら2枚目は無料、今なら期間限定カニづくしもある。誰が受け取りに行く?」
「ねぇ、聞いて! 今日、お弁当の売れ残りが大収穫だったの。みんなで食べませんか?」
『廃棄寸前の弁当は、時間との戦い。今すぐ電子レンジで加熱して、細菌を滅菌しよう』
100円ショップの太陽光発電ライトに照らされたボロアパートの廊下に、電子レンジの加熱完了音が鳴り響く。
日も暮れた夜、古泉荘の共用スペースで、ユラが持って帰った弁当とピザを5人で囲む。賑やかなピザパーティーが終わる頃、シュウはバイトに出かけて行った。
リエは今日のハイライトをスマホに打ち込む。
『20××.3.1:ネズミ3匹を駆除。収支、プラス700円。ミシャの救出成功。聖遺物に目立った傷はなし。100円グッズのコスパは神』
「ジヴ、明日の特売情報は?」
『近所の業務スーパーでパスタが安いよ』
「残念だったな。僕は米派だし、健康投資を考慮するなら、栄養補助食品のバータイプが至高」
共同キッチンで獲得した米の研ぎ汁をプランターに撒きながら、ミントの隣で色づいたミニトマトを摘む。
激安アパート住人たちのコスパを重視した何でもない日常は続いていく。
ご一読ありがとうございます。
3月3日から連載開始します。そちらも追いかけていただけますと、嬉しいです。




