考察ガチ勢の貴族令嬢転生〜2000年代のパッションを持つ社会人ヲタと花畑ヒロイン〜
脳にガムシロップが詰まった糖分過多ヒロイン襲来!
第一章:学びの楽園に「お花畑」の汚染
「……何が起きてるの? │古代遺物の再臨? 今どき脳にガムシロが詰まって、鼻水からも甘ったるに臭いがしそうな糖分過多ヒロインとか嘘でしょ? 無理。無理すぎて脳がバグる。│強制終了待ったなし」
学園の図書室、最奥の席。ユラは魔導書で顔を隠し、小刻みに震えていた。
「レナせんぱぁい、怖い顔しないでください。魔法ってぇ、ポワッとして、ピカッでいいんですぅ」
窓越しの向こうに見える昼下がりの庭園では、光魔法の素質を認められた編入生ミーシャが、「ええーん!」と高周波で泣き始める。彼女を囲む男子生徒たちは「先輩は思いやりがない!」と憤慨し始めた。
「ねえ、お兄様。あれが噂の『先に泣いた方が勝ち』理論を地で行く天然を履き違えた地雷女。歩く│脆弱性。無理ゲー極まりすぎてマジ笑える」
「ユラ、また言葉が乱れているよ。それに声が大きい」
氷の貴公子ロエルは呆れ顔でページをめくる。彼は、ユラの「メタ発言」を可愛い妹の「言語センス」として受け流す唯一の存在だ。
「いい? お兄様。あれは他者のリソースを食い潰す│寄生プログラム《マルウェア》よ。エンカウントしたら、精神の使用メモリに空き容量がいくらあっても秒で飛ぶわ」
実際、公爵令嬢レヴァナリア・オル・ラヴァンケスは「術式構成が粗いですわよ」と親切心から助言しただけだ。それを理解しないミーシャは「身分を盾にした後輩イジメ」と言い張り、観衆の前で泣きじゃくっている。
「レナお姉様こそ至高なのに、マジで解釈違い。炎上案件でしょ? 運営仕事しろ。今すぐ修正パッチ当てるべき……」
そこへ隣国の王子エシュネストが、ジヴリート王子直属の護衛執事セデルを伴って現れた。
「やあ、考察勢諸君。ジヴから伝言だ。『王家の守護具で魅了の干渉を遮断しつつ、内部より対象を観測中。分析に努め、作戦に備えよ』と」
「さすがはエシュ先輩。ジヴ先輩も『魅了されたフリ』で敵情視察とか、策士すぎて最高に推せるわ」
「君のニヤけ顔が目障りだ。失せろ」
波形情報の用紙を受け取りながら、世辞を混ぜたユラの横で、ロエルが噛みついた。それを憤慨するどころか、赤髪を揺らして喉の奥で笑う王子。
「無二の心友が訪ねてやったのだ。崇め讃えよ」
「黙れ。腹黒」
舞台役者のような優雅さで指を鳴らし、情熱的に火の粉を舞わせる。ロエルは本を閉ざして、妹の手から用紙を摘み上げ、足早に立ち去って行った。冷気を残して遠ざかる友の背を見送り、意味ありげな視線をユラに送る。
ご褒美の提供に大歓喜で身震いするユラだったが、すぐに状況を察して自身の頬を叩き、身なりと姿勢を正した。
「分析に集中すると、我が友は警戒が疎かになる」
「そこも兄の魅力ですよ。殿下」
微笑みを浮かべ、ユラはカーテシーを披露した。
推しは必ず護り通す。そう胸に誓って。
第二章:騎士の救済と「上書き保存」
事件は噴水のある中庭で起きた。
ミーシャの取り巻き男子たちの「魅了」が悪化し、彼女に迎合しない女子生徒を攻撃し始めたのだ。暴行に及ぼうとする彼らの前に、正義感の強い騎士爵サハルが、レナを守るために割って入った。
「危ない!」
喧騒に乗じて、ミーシャの指先がサハルの手に触れる。
刹那、サハルの瞳から光が消えた。彼は剣を抜き、あろうことか守るべきレナに切っ先を向けた。
「ミーシャを……いじめるな……!」
「嘘でしょ!? 尊い公式│CPが不正アクセスによって破壊される! 待って、これバッドエンド直行ルートじゃん!」
物陰から見ていたユラは、わなわなと震えながらロエルとエシュを急かした。
「お兄様、エシュ先輩! 私の知識によれば、これ系はショック療法一択!」
指を鳴らす音が響き、派手な炎魔法が吹き荒れる。怯んだミーシャと取り巻きの前に氷壁が作られ、サハルの脚を氷が捕らえる。その隙を突いて、ユラは混乱するレナに駆け寄った。
「お姉様! 今すぐサハル様に熱い『上書き保存』をブチかましてください! つまり、キスです! 唇と唇による│デフラグメンテーション《データ復旧》です!」
「えっ!? ユラちゃん、何を……!」
「強制再起動しかありません! 身分差なんて、データベースの書き換えで捻じ伏せましょう!!」
エシュが炎剣でサハルの剣を受け止め、ロエルの氷弾が鉄剣を弾き飛ばす。意を決したレナがサハルの襟首を掴んで、その唇を強引に塞いだ。
両手で目を覆ったユラは、指の隙間から全貌を見届け、鼻息と奇声を発しながら地面を転げ回って跳ねた。
瞬間、サハルの瞳に正気が戻る。彼は真っ赤になり、その場に崩れ落ちた。
「……俺は、何を……」
「ハル! 無事なのね!」
ユラはガッツポーズを決める。
「ハルレナのフラグ完遂。これ、後の歴史に語り継がれる伝説の神回だわ。瞼の裏に永久保存してぇ」
第三章:断罪と「再構築」の衝撃
満を持して迎えた作戦実行日。
全校生徒が集まる広間の中心で、ジヴ王子による「婚約破棄」が始まった。
「レヴァナリア。ミーシャを虐げた罪、多くの目撃証言が届いているよ。残念だけど、貴女との婚約を破棄する!」
会場が凍りつく。ミーシャは「勝った」と言わんばかりの歪んだ笑みを浮かべた。
その時、パチンと指を鳴らす音を響き、会場内の燭台から灯りが消えると、ミシャをジヴの光魔法が照らす。
「……というシナリオを望んでいたんだろう? ミーシャ」
ジヴの瞳は氷のように冷たかった。
「ひ……ひどい。……王子様、可哀想な私を捨てるの?」
ミーシャの脳内では、「自分は悲劇のヒロインで、泣けば世界が解決してくれる」という価値観が今も動いていた。
セデルが特殊な魔導具(と見せかけた何の変哲もない小箱)を開けると、ミーシャから禍々しいオーラが吸い出されていく。動揺した生徒がザワザワとどよめきつつ、忌避の視線を向けた。
「異常な魔力波形の痕跡が見つかり、調べさせて貰いました。ミーシャ嬢が身に付けている星形の髪飾り。それこそが男子生徒たちの思考力を奪っていた『呪いの触媒』です」
セデルの指摘にミーシャは呆然とする。
「だって、泣けば、お菓子もドレスも、みんなパパが……。ママが言ったもん……」
セデルが手配した身辺調査報告書を眺め、ミーシャの生い立ちを知ったユラは溜め息の後、冷ややかに毒づいた。
「ママに貰った│古い価値観《クソ仕様OS》、修道院で更新してきなさい」
貴族子息のお手付きとなった若い娘が娼婦に身を落とすのも、我が子の魔法適正を理由に認知を求めることも、世間ではよくある話だ。
こうして、主演女優ミーシャ、禍々しい演出はユラの闇魔法、脚本・監督・解呪はジヴという断罪劇は幕を降ろした。
第四章:それぞれのハッピーエンド
数ヶ月後。
レナは王妃の座を辞退し、王家直属の「魔導研究機構」の長に就任した。魔導式の解明に目を輝かせる彼女の隣には、正式に婚約した護衛騎士サハルの姿がある。
「ユラの手掛ける『すちる』は、どれも前衛的だね?」
「│紙に保存・布教する。これも推し活ですわ」
図書室で論理パズルに耽っていたロエルが、ユラのスケッチブックを覗き込み、寄り添う二人のイラストを見て呟く。ユラは恥ずかしげもなく即答した。
そこへ修道院で教育を受け直したミーシャが、セデルの監視付きで顔を出した。
「……私、パパの家に引っ越すまで他の生き方を知らなくて。文字も、十二才から習ったけど、迷惑かけちゃって……」
「彼女の復学に納得する生徒は多くありません。とは言え、光魔法による『浄化』は修練を積むほど重宝されます」
奉仕活動と光魔法の修練を兼ねて、図書室の清掃に従事するミーシャを眺め、ユラは小さく独り言を溢す。
「なるほど。│再構築は自己努力と環境次第。立ち直ろうとする彼女を見守り、応援しようってことね」
今日もユラは大好きな兄と過ごし、お姉様の助手という将来設計を立てながら、│紅茶《最高の一杯》を啜る。
「やっぱり推しが幸せな世界線こそ、至高のコンテンツだわ」
2000年代を謳歌した『旧OSヒロイン』へ。
記憶の中で、じっとしていてくれ。




