最果て村の牛飼い〜最強の魔王(ドラゴン)をモフりながら勇者を待つ〜
注意:この先、聖女の誘拐多発地帯。
(※野生の聖女を見かけても、むやみに触れないでください)
1. 聖女拉致と王都での「オーディション」
「エル、元気でね。 村のみんなのために、立派な聖女になってみせるから!」
「無理するなよ、ユラ。嫌なら断っても良いんだ」
最果て村のギルド受付嬢をしていたユラが、大聖堂の使者に「聖女の素質あり」として、S級魔法使いが護衛する馬車で連行された。
後日、引っ込み思案な幼馴染を心配して、王都まで追いかけたロエルだが、待っていたのは無情な門前払いだった。
路銀を使い果たしたロエルは、渋々ギルドの扉を叩く。大賑わいのギルドで行われていたのは、予見の王女と異世界から召喚されたという「勇者」による選考会だ。
「鑑定! ……プッ、なんだお前、職業『家畜の世話係』? 牛飼いが勇者の俺様と釣り合うわけねぇだろ。出直しな!」
手帳サイズの不思議な薄板を片手に、派手な装備をチャラつかせた勇者が鼻で笑う。隣にいたベテラン冒険者のサハルが身を乗り出した。
「白髪混じりのオッサンは加齢臭がキツいから論外。ハーレムに男は二人もいらねぇんだわ。はい、ちゅぎ〜〜」
次は、辺境にまで名が轟く王都ギルドのトップランカー。傾国の美女と歌われるレナを相手に、ニヤけ顔で近づく勇者。
「銀髪のエルフか。肉付きが残念だけど、魔力値は高いね。特別に合格させてやるよ」
レナはニッコリと微笑んだ。それを見たサハルは胸を射抜かれたように悶絶し、勧誘成功を確信した勇者はヘラヘラと表情を緩ませる。
「お断りするわ。私、ボクちゃんのオシメの世話係を請け負っていられるほど、暇じゃないの」
「それもそうだ。S級冒険者にしか達成できないクエストが山ほどあるからな」
ギルド内が静まり返った。C級冒険者サハルは憧れと敬意を込めて、訳知り顔で相槌を打つ。
「んだとコラ!? 下手に出たら調子に乗りやがってロリババア! ぜってぇ泣かす!」
「黙れ、クソガキ! 王族や神殿から指名依頼を受ける『救国の魔女』レナさんに失礼だぞ? 本当の下手ってもんを分からせてやる!」
激昂する勇者と彼を殴ろうとしたサハルは、王女の近衛兵たちによって取り押さえられた。
結局、勇者のパーティは、予見能力を持つ王女ジヴリエーレ、お目付け役の老騎士セデル、奴隷商から買った金髪の獣人少女ミシャ、見習い聖女ユラで結成された。
「……はぁ、疲れた。モフりたい」
他の冒険者たちから称えられ、レナに宥められるサハルを背に、ギルドの依頼掲示板を見たロエルは深く溜め息を吐いた。
「討伐依頼。提出部位の義務……気性が荒い個体? 臆病なだけでメリーちゃんは良い子なのに、草をたくさん食べるからって害獣認定されてる?」
少し背伸びをして、依頼用紙の似顔絵を睨む。
「小柄だし、可哀想なくらい痩せてる。……もっと広い場所へ放してやれないかな? 面倒だけど、ギルドの人に相談。億劫だ。でも、必要な手続き」
2. 伝説の魔王は「ブラッシング」に抗えない
王都の山林から新たな家族を引き連れ、故郷へ帰ったロエルは、日常生活を取り戻していた。
晴れた日の午後、いつもの丘で家畜を散歩させていると、空から巨大な影が降りてくる。
「……グヌォォォォ! 心地よい陽だまりだ」
捻れ曲った二本の黒い角を持つドラゴンが、原っぱを占領して爆睡する。王都の人間なら裸足で逃げ出す光景だ。
「そんなところで寝たら、メリーちゃんたちの邪魔じゃないか。……それにしても、随分と立派な鱗だね」
千年以上を生きる伝説の魔王とは知らず、ロエルは家畜用ブラシを取り出す。慣れた手つきで、背中の赤黒く硬い鱗の隙間に入り込んだ泥をガシガシと掻き出し始めた。さらには角や爪を磨き上げ、炎のような鬣をモフる。
「……なんだ? この感覚は!!」
あまりの心地よさにドラゴンは声を震わせ、身を捩らせて喉を鳴らす。
「そこ、もう少し強く」
「注文が多いな。ほら、動くなよ」
ドラゴンは真赤な腹を見せてゴロゴロと転がった。こうして、最果て村の平和は守られたのである。
3. 無能勇者の迷走と、最強パーティの訪問
その頃、勇者一行は悲惨な状況にあった。
雑魚スライム相手に聖剣を振り回しては転んで擦り傷を作り、見習い聖女に泣きつく勇者。見かねたセデルが指導を始める。
「勇者様、剣を振り降ろす際は、敵から目を離さず正確に! 腰が引けておりますぞ!」
「うっせぇな! 上から目線うざっ! 俺様には勇者補正ってチートがあるんだ。修行は必要ねぇの!」
終いには、王女ジヴが「勇者様、そっちには罠が……」と予見しても、「指図すんな!」と突き進んで自爆しては、見習い聖女のスキルをマックスまで育て上げた。
その傍らで、猫耳の獣人少女ミシャは「技術を磨けば奴隷から解放される」と信じて、セデルの指導を受け、メキメキと実力を上げていく。
「あの、邪魔してゴメンね。また……怪我してる」
「聖女様、擦り傷くらい舐めれば治るにゃ」
人懐こい性格で偉ぶらず、文句も言わずに人助けをするため、行く先々で好かれる。聖女の影が霞むほどの大活躍を見せていた。
「聖女様は料理上手で優しいにゃ。……聖女様?」
「その呼び方、まだ慣れなくて。なんか、……こんなこと言っていいか分からないけど、すごくイヤ」
「もしかして、ずっと我慢してたにゃ?」
「村の外は危険で、治すしか上手くできなくて、だから……」
落ち込んだ聖女の悩み相談も受け、お姉ちゃんを遂行する健気さまでも発揮し始める。
王命を受け、ベテラン冒険者を代表して、勇者一行に冒険の手ほどきをしたのは、レナとサハルだった。その後、彼らは勇者のワガママに耐えかね、書き置きを残して逃げ出したのだ。
行く当てに困った二人は、最果て村を訪ねた。
ギルドの受付カウンター前に立つと、「外出中・御用の方は裏の丘まで」とある。緩やかな傾斜を登りながら、魔王討伐の先行きを憂う二人の会話が続く。
「……はぁ。本当に底抜けのおバカさんだったわ」
「全くだ。嬢ちゃんたちは素直な子ばかり。見習い聖女が作るスープはパーティ全員の心を繋ぎ止めていたのに、最強の魔王を名乗るドラゴンに攫われちまって……」
「もう王都には戻れないわ。引退しようかしら?」
「俺もいい年だ。野獣狩りと解体業で余生を楽しみたい気分だぜ。……って、あの赤い山は何だ!?」
サハルが腰を抜かした。そこには、赤いドラゴンの鬣に包まり昼寝をするロエル、噂の元見習い聖女ユラ、草を食む大型家畜(王都では魔獣と呼ばれる凶暴生物)たちの姿があった。
「お二方とも、お久しぶりです。ようこそ最果て村へ」
「ぬ? ロエルの友人か。ならば火を吐かんでおいてやろう。ゆるりと寛いで行け」
伝説の魔王が尻尾を振ってブラシを要求する姿に、S級魔法使いとベテラン冒険者は絶句した。
4. 決戦(?)最果て村
数日後、勇者が「聖女」と「魔王」を追って村に現れた。
「ついに見つけたぞ! 魔王に誘われた見習い聖女!」
しかし、勇者一行ではなく、勇者一人きりだ。
「おっ、生意気エルフもいるじゃん? 全員まとめて俺様のもんにしてやるよ! ホラ吹き王女め、何が『魔王討伐の必要はなくなりました』だ! コケにしやがって」
勇者が聖剣を引き抜き、斬りかかる。
「どけよ、雑魚に用はねぇ! 魔王は勇者である俺様に倒される。それがセオリーで設定だ。俺様は伝説の勇者として、女に囲まれて遊び暮らすんだ!」
その攻撃が届く前に、空が割れるような咆哮が響いた。
「小童が! 余の眠りを妨げ、『専属マッサージ師』に手を上げるなど、命が要らぬようだな?」
赤いドラゴンが勇者の前に立ち塞がる。その眼圧だけで、勇者はガタガタと震え出し、聖剣を草むらへ落とした。
「な、なんだよ? かっ鑑定できない!? レベル差で測定不能ってゴミかよ? 勇者だぞ! 俺は、ひっ……ひぃぃぃ!」
巨大ドラゴンの口元に牙と火の粉が燦めく。それを見た勇者は、無様な悲鳴を上げて逃げ出した。全力で丘を駆け降り、茂みへ向かう彼に、素早さで上回るミシャが飛びかかった。
「捕まえたにゃ。勇者様、修行はサボっちゃダメですよ? お姫様、セデル師匠、こっちです」
「うむ、よくやった我が弟子よ。勇者様、今度こそ性根から叩き直して差し上げましょうぞ」
泣き叫ぶ勇者は暴れて抵抗するも、セデルとミシャの師弟コンビには敵わず、引きずられて行く。
「ユラちゃん、元気そうで安心したにゃ。オシャベリしたいけど、帰らなきゃ。きっと、また会いに来るにゃ」
「ありがとう、ミシャちゃん。また会おうね。王女様とセデル様も、お元気で」
涙ぐむ二人の別れの後、最果て村に再び静寂が訪れた。
「さて、終わったぞ。……続きを」
次は尻尾の付け根だと言わんばかりに、尻尾を振るドラゴン。原っぱの風を切る音の後に、草と色付いた落ち葉が舞い散る。
「はいはい。……あ、レナさん、サハルさん。せっかく来たんだし、村の特産豆で作ったユラ特製の豆スープでも飲んでいってよ」
「もう肉はないのか? 余が狩って来た肉だ」
「ああ、冬の備えで……」
「何? 全部干し肉にしただと?」
「ご近所と物々交換で賄っているんだ。仕方ないよ」
ドラゴンは重い腰を上げ、大きな両翼を広げた。
「しばし待て。民を飢えさせては王の名折れよ」
「日暮れ前に帰っておいでね。ジェニー」
最果て村の原っぱで、皮肉屋な村人とモフモフ魔王、引退聖女と冒険者たちのスローライフは続いていく。
マッサージを望んだ魔王は倒れ、ハーレムを望んだ勇者は武者修行へと旅立った。
それは後の歴史に語り継がれる。




